第2話 頼光さま、盗賊退散への道案内
頼光には四天王と呼ばれる有能な部下がいる。
後世にまで語り継がれる数多くの伝説。
彼ら四天王の働きのみで頼光の伝説を形作っていったわけではなかった。
頼光自身もまた、世の為、人の為と力を正しく振るう事に抵抗があるわけではない。
その力がどのようにして、人々に受け入れられていくかは全くわからないものである。
———時は少し前に遡る。
ある春の夕暮れ、山裾の道を歩いていた若き頼光。刀を帯びながらもどこか柔らかな雰囲気をまとっていた。
当時はまだ十代後半。武芸も文事も真面目に励んではいたが、武功を轟かせ、名を上げることよりも
本人は「いずれは静かな書庫で文官として働けたらいい」
と考えている、温厚で控えめな青年だった。
その日も、散策を兼ねた視察の帰り道、頼光はゆったりと歩いていた。
「う、うわああぁぁ……!」
突然、泣きじゃくりながら走ってくる子供が目の前に飛び出した。
頼光は驚きながらも膝を折り、子供の目線に合わせる。
「どうしたんだ? 迷ったのかい?」
子供は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら言う。
「おいらの村に帰る道が……わかんなくなって……
おっかぁが待ってるのに……」
頼光は微笑んだ。
「そうか。なら心配しないでいい。ここからなら、川沿いに南へ行けば村だ。」
木の枝を拾い、土の上にざっくりと道筋を描いて見せる。きっと言葉よりも絵を見せた方が分かりやすい。幼い頃の自分の経験が自然とそうさせた。
「ほら、この分かれ道をこう行って……」
子供は目を丸くして頷き、涙を拭った。
「ありがとう、お侍さま!」
その声を聞き、頼光は安心と、ほのかな誇らしさを覚えた。
──—人の助けになるのは、いつだって悪くない。
自然と笑みが溢れる。
「気をつけて帰るんだよ。」
子供は小走りに帰っていった。
頼光はふと、その場に“落ちていた手ぬぐい”に気づき、拾う。
「持ち主に届けるべきかな……」
などと思いながら空を見上げた。
———本当に、それだけの出来事だった。
しばらく手ぬぐいの行方を考えながら歩いてた。
頼光が何気なく視線を横に向ける。
──—草むらが、ゆらりと動く。
次の瞬間、頼光は気づく。
草むらの奥に、盗賊らしき一団がざっと二十名ほど潜んでいた。
(あ、あれは、盗賊か? ここで出くわすとは運が悪い……)
身体の内側がひやりと冷えた。
様子を伺いながらも、頼光は静かに歩みを止める。
武芸を磨き、修練してきたが、もともと争い事に向く性格ではない。ましてやこの人数差。
最善は、そっと引くことだと判断する。
(どうしようか……今のところ気づかれてはいない、はずだ……)
とりあえず頼光は、
“できる限り気配を消し、そっと後ずさりする”ことに決める。
緊迫した空気の中、頼光は無意識に拾った手ぬぐいで顔の汗を拭った。そして音を立てないように軽く手首を返す。
———それはただ手ぬぐいを“仕舞おう”と動かしただけだった。
だが、その動作が、盗賊たちの目にはまるで違って見えた。
先に頼光に気付いた盗賊の一人が静かに仲間に告げる。
「っ!お、おい!あれ見たか?あの若造、何かの“構え”に入ったぞ……!?」
「は?構えってなんだ?手ぬぐいを持ってるだけだぞ……?」
「馬鹿!よく見ろ!!
いいか、あの仕草は武家の間では“手ぬぐいを握ったら本気”って意味があるらしい!
返り血で刀が滑らねぇようにだ!」
「そ、そうなのか……!?」
盗賊達は次々と口にする。
「…ヤツの目を見ろ……落ち着き払ったあの眼……
あれは、十人でも百人でも斬るって覚悟の目だ……!!」
「ヤベぇ……俺たち、こんなとこで、今日死ぬかもしれねぇのか……!!」
盗賊も人間だ。人里を離れ、神経を擦り減らしもすれば、柳も幽霊に見える。彼らの恐怖は限界に達していた。
本来、頼光の瞳は穏やかで優しい。現に頼光は、じっと様子を伺っているに過ぎない。
だが山に篭り、懐疑的になっている盗賊たちには、
“一瞬で状況を見抜き、一人残らず斬り伏せる算段と覚悟を決めた、無慈悲な武将の眼”
に見えた。
その恐怖が伝染し、盗賊達が慌てて動きだす。
「…よし……退くぞ。
このままじゃ全滅するっ……!!」
「に、逃げるぞ!! あの若武者、絶対ヤベェやつだ!!」
———瞬く間に、盗賊団は全力で撤退した。
盗賊たちが一斉に逃げ出した方向を見て、頼光はぽかんとする。
「おや?一体……何が起きたのだろうか……?」
そこへさっきの子どもが、数名の村人を連れて戻ってきた。もしや村人総出で盗賊退治を?と思ったが様子がおかしい。
どうやら頼光に礼を言うため連れて戻ってきたようなのだ。
「お侍さま!あのね!あのね!」
子どもは興奮して言った。
「お侍さまがチラッと見ただけで、盗賊がぜんぶ逃げてったの!!」
「へ?」
頼光は間抜けな声を漏らす。
「ほう……?あの大勢を“睨み”ひとつで退けたと!」
「若いのに……なんと恐ろしい武勇か!!」
頼光は状況がのみこめない。
「いや、私はただ道を──—」
村人たちは頼光の発言を遮るように頷いた。
「自らの武功を誇らぬとは……
心まで立派な御方だ……!」
「いやいや、本当に私は──—」
しかし誰も聞いていない。
村人たちは頼光の謙遜を、
「武功を誇らない立派なお方」
と誤解し、感動した。
助けた子どもの村は、都へと続く重要な行路にある村だったこともあり、その噂はあっという間にその村から村を越え、街へ行き、そして都へ辿りつく。
———その夜、都に届いた風聞はすでにこうなっていた。
「若武者・頼光殿、二十余名の凶賊を
“眼力のみで退散させる”!!!」
頼光の名は、この日を境に
“控えめだが底知れぬ武勇の持ち主”
として語られ始めることになる。
あの時の報せが頼光本人にようやく届いた頃には、
「咳払いと眼力で追い払った」
「臭いを辿って、盗賊団を追い詰めた」
「近隣の村と結託し、探りの者を忍ばせた」
「ひとり残らず改心させた」
なんて尾鰭がこれでもかと大きく振れまわっているものや、
「実は盗賊団は鬼が化けたもので、一匹残らず討ち取った」
「神仏が頼光殿に宿り、刃を抜くことなく賊を祓い給わった」
などと、完全に神秘化されたり伝説になっていたり、原型のないものまであった。
頼光は届いた文書を読みながら、額に手を当ててため息をつく。
「私は、ただ道を教えただけだと言うのに、……」
しかしその控えめな態度さえも、
“武芸と人格を兼ね備えた逸材”
“謙虚なる名将”
として、頼光の評価をさらに上げていくのであった。
──—これが、後に四天王たちを惹きつける
“誤解された頼光伝説” の最初の一歩でもあった。
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