『本人は謙虚、周囲は英雄視。頼光さまの望まぬ脚光』

@nino72s

第1話 頼光さま、また誤解されました


———ある日、都で騒動が起きた。


何やら小鬼が人々を襲っているという。

人々がちょっかいをかけてしまったのか、それとも小鬼が腹を空かせて問題を起こしたのか、今となっては誰もわからない。


そんな報せは、頼光の元へすぐ届くことになる。



「殿、町の者が小鬼の被害に遭っているとの報告が。」


頼光に報告するのはたいてい渡辺“綱”の役目になっている。頼光にとっても頼りになる(なりすぎる)存在で、自分にとって勿体無いくらいの存在なのだが、本人たっての希望でこうして頼光一派に名を連ねているのである。


「またですか?このところ頻繁に事件が起きてますね……」


頼光は書斎にて直近の事件などを報告書にまとめていた。現場であやかし退治だったり、野盗の討伐などという荒事は、自分よりも配下達の方が適任だと信じきっている。


「では直ちに対応しましょう。綱さん、今すぐ動ける者を募って、場を制圧してください。」


(その規模なら、わたしが行っても大して役に立ちそうにないのでここに残って……事後処理に注力します!)


このところ大小に関わらず、各地で問題が発生している。そういった報告や要請を数多く受けており、頼光も迅速に対応する。


「さすがは殿!では直ちに報告を。まず被害に遭われた者は、近隣に住む一家の母と子。二人とも命に別状はありません。母親は子を庇って腕に軽い怪我を、子の方は逃げる時に転倒したのか擦り傷と打ち身をしていました。母親の傷は適切な処置を施しましたので、後遺症などの心配はおそらくありません。問題の小鬼の数は三匹。おそらく近隣の山から出没してきた野良でしょう。特徴は見聞に相違なく特別な個体などは確認できませんでしたのでご安心を。こちらがそれらの証拠の品です。ご確認ください。制圧後、周辺をくまなく調べましたが、隠れた気配や仲間がいる様子はありませんでした。念の為、本日から数日間は見張りの者を手配し、警戒に当たらせています。」


「はい、、、、えっ??」

手には綱から渡された討伐の証とされる小鬼の尻尾。

思考が再び動き出すより早く、綱によって説明がされる。



四天王が現場へ向かい、

綱が制圧し、

貞光が被害を収め、

季武が処理をし、

金時が鬼の尻尾をつかんで帰ってきた。


もちろん頼光は戦っていない。だって今聞いた。むしろ終わってた。


「今回の件は、事後報告となってしまい申し訳ありません。たまたま出先で騒動に遭遇し、我ら4人の独断では町の者も安心できないと思い、万事が上手くいったあと、“頼光”さまの采配で行動した、と知らしめておきました。これで皆も安心して過ごせます。」


部下たちが有能すぎるおかげで、関わっていなくても、なぜかいつも頼光の手柄とされる。もちろん彼らは頼光を心から慕っているので自然とそのようになってしまう。その慕われ方から周囲の人も自然と同調してしまう。


「綱さん、今回の功績は全てあなた達のものです!」


頼光は真剣に頷く。

もちろん本心だ。これは謙虚さなどではない。だって知らぬ間に終わってるんだもの。何これ。文句の付けようなんかない。


「よし。今回はわたしは何一つ関わってはいない。皆さんの働きを正しく伝え、事実をありのままに報告します!」


——その意向は本物だった。少しくらいは皆が大活躍と報告しても良いのでは?むしろ好都合とも言える。

自分が直接出向いてもいないのに、功績なんて残りようがないし、実際助けてもらった母子は頼光に会ってないのでわざわざ名前を出す事はない。


頼光は嬉しそうに微笑み、早速報告書を書いた。


「今回の小鬼騒動の件、渡辺綱、碓井貞光、卜部季武、坂田金時らの活躍により制圧。

頼光は現場には出向かず報告を受ける——」


と、正直に。



———その報告書を読んだ上官は、目を輝かせた。


「な、なんということだ、、、!

頼光殿は現場には出向かずとも、

四天王が独断で動いても問題ないほどの“信頼と掌握力”をお持ちなのか!」


頼光(え!?)


「まさに“大将の器”!! 

彼が動かずとも部下だけで完勝、、、これは統率の極みだ!」


頼光(いやいやいや、そういう意図では、、、!)


「これからも頼光殿のその素晴らしき手腕で都と民の安寧を頼む!」


報告書の意図とは違ったが、都と、そこに住む民に対する守りたいという気持ちは少なからず、頼光の中に確かにあった。


結局のところ強く否定もできずに頼光は

「微力ながらお力添えできるよう、努めてまいります、、、」


そう言われて満足そうに頷く上官に、頼光の“慎ましくありたい”真意はどこまで伝わっているのだろうか。熱い眼差しを受けるに、不発だろうなというのは実感できてしまった。


頼光(大人しく帰ろう、、、)




———報告から帰って数日、頼光が書斎で一息ついていたところ、何やら表が賑わっている。


「来客でしょうか、、、?」


すると、大きな足音がドンドンとこちらに近づいてくる。


「大将ォ!お客です!」


良く通る声で、大将と頼光を呼ぶのは、坂田“金時”である。足音の時点で、頼光は概ね予想がついていた。


「お客さまですか?金時が私を呼びに来るのもなんだか珍しい気がしますね。」


そう言われた金時は満更でもない表情。

そんな金時にまるで弾かれたように部屋を連れ出され、向かうは頼光の屋敷の入り口。


向かう先に、見慣れた3人の後ろ姿があった。


「おーい!大将を連れてきたぞー!」


遠くまでハッキリ良く通る声で、金時が手を挙げ近づいていく。


「おい金時!大将なんて呼び方はやめろと何度も言ってるだろう?」


そういって指摘するのは碓井“貞光”。普段は冷静で頭も良く切れるのだが、金時にとっては良い兄貴分のよう。頼光にとっても見慣れた光景である。


「まあまあ。頼光さまもその呼び方に関して寛容ですし、金時さんも頼光さまを慕っての事ですよ。」


金時が場を明るくさせる天性とすれば、この卜部“季武”の品性があって凛としている声色は、場を和ませる天性と言える。頼光は季武との会話は、つい没頭してしまうほど。


「それにここまでお連れしたのは、このお二人が頼光さまに用事があっての事でしょう?」


そう言われて頼光も初めて気がつく。

見覚えのない女性と男の子がやや恐縮してこちらを伺っている。側に居た綱が頼光に説明をしてくれた。


「このお二人は、先日の小鬼騒動で助け出した親子です。経過観察のもと警備についていたところ

、我々に気づき、先日のお礼をしたいと声をかけてきたのです。我々としては、職務を全うしただけだと対応していたのですが、、、」


「金時が礼なら、『俺達じゃなくて大将に!』って言ってしまったんですよ。それであれよあれよとここまで、、、」

貞光が申し訳なさそうに補足する。


「この親子も助けていただいたお侍さまに、という厚意だったのでしょう。しかし、金時に連れてこられた先があの“頼光さま"のお屋敷という事で、恐縮してしまっていて、我々が対応していたところでございます。」


視界の片隅で金時は「やりましたよ!」と言わんばかりに頼光にグッと親指を立てる。

すぐさま貞光が、膝で金時の横腹を小突く。いつものやり取り、思わず笑みが溢れてしまう。


それのおかげか親子の二人も少し緊張がほぐれたのか、男の子が駆け寄ってくる。


「ら、らいこうさま!たすけてくれてありがとうッ、ございました!

はじめは、おいらたちとおんなじくらいの子が、あそんでるくらいにしか思ってなかったんだ……でもむこうが近づいてきたときには鬼だって気づいちゃって、そしたら、そしたら……!」


男の子を見る限り、大きな怪我はしていないようだ。


頼光は屈んで男の子の頭に手をやり

「二人が無事で良かった。ちなみに私は、その時その場に居なかったんだよ。助けてくれたのは私以外の4人だね。だからお礼はこの人達に言ってあげてくれるかな?」


頼光ははっきりと言い切る。無事を確認し、事実を伝えるその姿に、四天王の面々はそれぞれ感動している。頼光はそれに気づくと少しむず痒くなった。別に謙遜でも何でもないのだ。


「だ、だからね!らいこうさまにお礼がしたくて!はい、これ!」


男の子はそうして手に持っていた、艶のある丸くて綺麗な石を頼光に手渡した。

これはもしかして、この子の大事な物では?と思い、一声かける間もなく

「すみません、あたし達からはうちで育ててる野菜ぐらいしかお渡しできませんが……」と母親も揃って、籠に溢れそうなほどの新鮮な野菜を頼光に渡す。


石を持ったまま籠を受け取ってしまったので、男の子に理由をつけて返すこともできない。


「あっ、いやっ、ちょっ……!!」


威厳のカケラもないが、頼光はそんなことは一切気にしていない。四天王たちも微笑ましく側に侍っている。まさしく忠臣たる姿だ。頼光は助けを求めているのを分かっているが、母子の厚意を理解して気づかぬ振りをしている。


「大きくなったら、らいこうさまのように強くなる!

鬼も退治できるくらいになったら、家来にしてください!」


目を爛々とさせて子供は宣言する。


頼光をよそに、周りは暖かい空気に包まれる。結局はなんの否定もできないまま、母子は何度も振り帰り、礼をして帰っていった。


「また誤解が……それに、らいこう?私、頼光ですよ?一体……」


ふと我に返った頼光だが、すぐに違和感に気づいた。四天王の4人がわざわざ名前を出さない限り頼光の存在が知られることは無かったのだ。


「いえ、間違いなどではございません。」

綱がそそくさ付け加える。

「殿は、自分の名があまりに広まる事を良しとしない。というのは我々も存じております。深謀遠慮、慎ましさも殿の美徳。ですが、このような世では皆の心の支えとなる強い英雄が必要なのです。」


貞光が重ねて言う。

「そこで我ら四天王が一計を案じました。殿が不必要に名を出されるのを拒まれるなら、殿でありながら、殿ではない者として別の名を出してしまおう、と。“らいこう”という架空の将とし、その方の命により、我らが動いた。とすることを。これにより我らも大手を切って声を上げることができます。」


「金時さんは、頼光さまの名声を広めたくても、言えないことに少々歯痒い思いをなさっていました。」

季武が、やや申し訳なさそうに口にする。


「ああ!コレで大将の活躍がやっとみんなに広まるんだ!俺達なんかよりもっとカッコよく、鬼なんざバッサバッサと一太刀で切っちまう!さっきのボウズにあの時そう言ったら目を輝かせてたな!」


眩しい笑顔をこちらに向けて何を言ってるんだい。頼光は声も出なかった。


「頼光さまの顔を知らぬ民たちは、想像の“らいこう”さまに感謝をするだけです。今回は浮かれた金時がやや暴走してしまいましたが、安心してください。今後はこの貞光が金時にお縄でもつけて目を光らせておきます!」


ほんと、是非そうしておくれ。頼光の目は真剣に訴えていた。



ともかく、ある日の小鬼騒動は、有能?な部下の元で迅速に解決される。そんないつもの頼光とその四天王の日常であった。






———とある屋敷にて。


「しかし、頼光殿の“神算鬼謀”と言える采配には、毎回驚かされる!自身の存在を神格化させると言っても過言ではない“らいこう”の呼び名は、都の民に瞬く間に広がっておる!」


先日、頼光が報告書を挙げた上官が、頼光の一計?にしきりに感動している。


「それにしても天晴れ!野心家の一面も合わせ持つとは恐れ入る。報告書に書かれる“頼光”は文官の誰が見ても、“らいこう”と読める!我らの評と民の評を一つに纏め上げるとは!」


頼光の一計?が、余程に上官のツボを押さえたのか、いつか頼光に極上の酒でも、と褒美を考えるであった。




———頼光の知らぬところで、勝手に評価が上がる。



「結局、また誤解されました……」


頼光は、満足気な四天王たちの顔を見て、少しため息を漏らすのであった。








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