第2話 出会い

 皐月は裏山登山の半ばで後悔し出した。


裏山は山と言っても散歩の感覚で山頂付近の展望広場まで登れるような低く傾斜の緩やかなものだ。だから、皐月は飲み物も持たず帽子も被らずふらりと出てきてしまった。


しかし、容赦ない日光とまとわりつく湿度の高い空気は、皐月の不快度指数をあっという間に引き上げた。喉はカラカラだし、服はぺっとりと肌にくっついている。


整備された山道には、木陰がない。だからといって戻るには怠い程度には登って来てしまった。皐月は道から外れて、小さいころ遊んでいた竹藪を通り抜けて行くことにした。


竹藪には通り抜けやすい箇所がいくつもあった。今でもここを秘密基地と称して遊んでいる子たちがいるのかもしれない。想像していたよりは楽に、皐月は展望広場まで登ることができた。


広場に出てすぐ、皐月は足を止めた。


「えぇ!?……えぇっ!?!?」


皐月の語彙力を奪ってしまったその生き物は、白いうろこで覆われた20m程の全長を夏の日差しに輝かせ堂々と展望広場に立っていた。


おとぎ話の中によく出てくる、所謂「龍」がそこにはいた。





 皐月が驚きのあまり何もできないでいるうちに、龍と皐月は目が合ってしまった。濃紺の瞳が夜空のようで綺麗だ―と一瞬見とれてしまった。


と、次の瞬間フラッシュを焚いたかのように周りが真っ白に輝き、皐月は思わず目を閉じた。


次に目を開けた時には、龍の姿はなかった。


「暑さで龍の幻覚を見たのかな…。」

「幻覚でない。」


額の汗をぬぐおうとした腕を、皐月はぴたりと止めた。すぐ横で男の声がした。


「話しやすいよう今この姿に変化したのだ。さあ、この団子をやろう。」


おそるおそる首を回して隣を見た。深緑色の着流しをきた涼し気な顔の男がにこりと笑い、皐月に笹の葉に包んだ団子を差し出している。一つに結ばれた黒髪は腰の辺りまで届いている。男の目は、先ほど目撃した龍の目と同じ濃紺色をしていた。


「いや、団子じゃないでしょ、今!冷たい水とかさぁ!!」


他にも突っ込むべきことはたくさんあるのだが、あまりにも自分の求めてないものをさも嬉しかろうといった風に差し出されたことが皐月には許しがたかった。カラカラの喉に、団子て。


「いや、しかし…言い伝えには、仲間にするには黍団子だと…。」

「桃太郎か!私は犬、猿、雉じゃねぇんだわ!!」


ねぇんだわ…ねぇんだわ…とわんわんと皐月の声は響いた。男は衝撃を受け、固まってしまったようだった。


皐月ははっとして今のうちに逃げよう、と思い踵を返して竹藪へ走り込もうとした。しかし、手首をがしっと掴まれてしまい逃走は叶わなかった。


「所望していない黍団子を差し出してしまったことは申し訳ない。しかし、そなたは竹から出てきたお人。我らの探し人で間違いない。話を聞いてほしい。」

「かぐや姫か!?」


恐怖心よりも突っ込みたい気持ちがどうしても勝ってしまい、またもや大声を出してしまった。


「望むのならかぐや姫とそなたのことを呼ぼう。とにかく、我らは今深刻な問題に直面している。そなたの助けが必要だ。」

「いや、かぐや姫とか全然呼んでほしくはないんだけど!私の名前皐月だし。」


どうにも調子が狂い、言葉を返してしまう。皐月は男の顔をまじまじと見た。真剣そのものだ。


「皐月殿、そなたの力で我らの龍王様をお救いしてほしい。」


龍王…ってことは龍の王様?目撃した龍の姿を幻覚ではない、と言った男の言葉が皐月の耳の中にもう一度響いた。





 害はなさそうな感じがしたので、皐月は男の話を聞くことを了承した。何より、実際先程龍を見てしまった。姿形は違うが、龍と男は同じ人物(?)であるとなぜか皐月にはわかった。


2人は展望広場のベンチに並んで腰かけた。蝉の声が2人を包む。


「私は龍王様の護衛兵として働いている。この度、龍王様をお救いする助っ人を連れて帰るため特別に人間の世界へと来ている。」

「龍だけじゃ解決できない問題なんだ?」


うむ、と皐月の言葉に男は頷いた。普通に「龍」と発言している自分を皐月は可笑しく思った。


「龍王様の腹の中に悪い虫が入って暴れているのだ。酷い腹痛で食べ物は喉を通らず、龍王様は衰弱していく一方だ。腹痛を治すには、龍王様の口から腹の中に入り直接その虫を倒すしかない。そこで、口の中に入れるちょうどいい大きさで戦うことができるのが人間というわけだ。」

「いや、一寸法師かよ。」


龍が不思議そうな顔をしたので、皐月は「なんでもない。」と言って話を続けさせた。


「皐月殿には、もちろん虫退治が終われば礼もするし、ここに戻ってこられる。」

「断ったら?」


黍団子を拒否された時と同じ表情で、龍は固まってしまった。どうやら断られることは想定していなかったらしい。


「それは…その…皐月殿は言い伝えの通り竹から出てきた。我らの助っ人で間違いないはずだ。それに、私の名前は五月雨さみだれで、同じ5月関連の名前であるからこれは何か運命のようなもので…。」


龍は…五月雨は、なかなか苦しい理由を並べ立て始めた。あまりにも必死の形相に皐月は噴き出してしまった。


「へぇ、五月雨って名前なんだ。格好いいな。」


五月雨の表情は、ぱっと明るくなった。


「そうであろう!では、了承いただいたということで、ひとまずこれを。」


五月雨は黍団子を皐月の口の中に放り込んだ。そして自分の口にも。


皐月は何も言い返せず勢いで黍団子を飲み込んでしまった。飲み込んだ瞬間、激しく強い風が皐月に吹き付け、腕で目を覆った。





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