世界に二度殺された俺は、“悪”として全部ぶっ壊す

@aikaname

第1話 クラスが消えた日、俺だけが残った

 刺された瞬間って、もっと劇的なものだと思っていた。


 時間がゆっくりになって、走馬灯が流れて、「ああ、ここで俺の人生は――」みたいな。


 実際は、もっと雑だった。


 胸のあたりに、ぬるっと冷たい感触が走って。

 そのすぐ後に、焼けるような熱と、肺の中に入り込んだ血の味。


 視界がぐにゃりと歪んで、アスファルトと空の境目がどこか分からなくなる。


 目の前には、包丁を持った中年女の顔。

 見覚えは、ある。クラスメイトの母親だ。


「返してよ……」

「返してよッ……うちの子を……!」


 何を、とは聞かなかった。聞かなくても、分かったからだ。


 彼女の背後には、スマホを構えた誰か。

 遠巻きにこちらを見ている通行人。

 「やば……」「マジで?」と、半笑い混じりの声。


 胸の中で、何かが妙に冷静に整理されていく。


(ああ――また“正義”に刺されたな、俺)


     ◇


 最初の“刺し傷”は、もっとささいなものだった。


「おーい、カゲヤマ。今日も頼むわ」


 休み時間のたびに聞かされていた、坂上マサトの声。


 二年三組。サッカー部のエースで、クラスの中心。

 女子からは「マサト」、男子からも「マサト」。


 出席番号三番、影山ショウマ。

 それが、俺の名前だ。


 クラスの呼び方は、もっと分かりやすい。


 空気。不要。パシリ。


 どれも、俺に向けられる呼び名だ。


「パン二つと、アイスコーヒー。銘柄は任せるけど、砂糖無しな。

 あ、ついでに職員室でプリントもらってこいって藤原がよ」


「……自分で行けよ」


「は? お前今、暇だろ。

 お前が行く → 俺休める。誰も困らない。

 あーでもショウマはいなくなっても誰も困らないか〜? な? 二年三組?」


 笑い声。

 クラスのあちこちで、くすくすと笑いが漏れる。


 誰も、「やめろよ」とは言わない。

 代わりに、誰かが黒板の隅に落書きを足した。


 出席番号三番、影山ショウマの欄に、マジックで大きく。


『空気』

『不要』


 担任の藤原は、それを見ても苦笑いするだけだった。


「坂上。あんまり影山をパシらないの」


「えー、でも先生も助かるっしょ?

 職員室行くとき影山に頼んでたじゃん」


「……まあ、そうだけど」


 結局、誰も止めない。

 俺が教室から出て行くのが“当たり前”として扱われる。


 そうやって、俺は少しずつ、“枠の外”に追いやられていった。


     ◇


 その日も、いつもと同じだった。


 ホームルーム前。

 教室には、いつもの騒がしい声。


「カゲヤマ、今日コンビニ寄ってさ、あの新作の――」


「おい、お前今日も購買ダッシュ頼むわ。俺、腹減って死にそう」


 いつものように、坂上が軽いノリで肩を叩いてきて。


「……分かったよ」


 そう答えて、俺は廊下に出た。


 教室の扉が閉まる瞬間――

 チラッと中を見た。


 ふざけ合うクラスメイト。

 笑っている藤原。


 あのとき、なんとなく嫌な予感がしていた。

 でも、そこから一歩外に出てしまった以上、もう戻れない。


 購買でパンを買って、職員室でプリントを受け取って。

 戻ってくるまで、およそ十五分。


 教室の扉を開けた瞬間――

 眩い光が視界を塗りつぶした。


「……は?」


 白い。

 目が焼けそうな、真っ白な光。


 耳鳴り。

 誰かの叫び声。


 でも、その光が収まったとき――

 教室には、誰もいなかった。


 机と椅子だけが残っている。

 開きっぱなしの出席簿。

 黒板の隅の『空気』『不要』の落書き。


 そして、俺の机の出席欄だけが――

 白紙のままだった。


「……は?」


 呆然と立ち尽くす俺の口から、それしか出てこなかった。


 あとから分かったことだが、

 あの瞬間、教室の中にいた二年三組全員と、担任の藤原は、まとめて“消えた”。


 誰かが後から名付けた名称は、


 『二年三組集団失踪事件』。


 ニュースとネットを騒がせた、あの事件だ。


     ◇


 警察。

 学校。

 マスコミ。


 俺は、そのすべてに“順番に”囲まれた。


「どうして君だけが残ったの?」

「失踪の直前、教室の様子に変わったところは?」

「坂上くんや他のクラスメイトと、トラブルはなかった?」


 あったかって聞いてんだろうな、それ。

 あったよ。山ほど。


 でも、俺が何を言っても――

 どうせ、信じない。


「……いつも通りでしたよ」


 そう答えると、

 大人たちは「そうか」と言いながら、裏でこう書いていた。


『唯一の生存者。

 事件に何らかの“鍵”を握っている可能性』


 その文字列が、俺の肩書きになった。


     ◇


 ネットは、すぐに燃え上がった。


『クラスごと異世界召喚とか熱すぎwww』

『唯一の生存者って絶対なんかあったろ』

『陰キャがクラスごと消した説、わりとありそうで草』


 最初は、そんな“ネタ”の範囲だった。


 けれど、少しずつ、色の違う連中が混ざり始める。


『この世界は今、光の使徒を名乗る人間達に選別されつつある』

『彼らは異世界で神に仕え、悪を討つ勇者となる』

『唯一残された少年は、“試されている者”だ』


 ――光の使徒。


 どこから出てきたのか分からないワードだった。

 妙な宗教めいたサイトやら、自称預言者やらがSNSで騒ぎ始めた。


 勝手に物語を作るな。


 そう思っても、そういう連中に限って、勢いがあって、声がでかい。


 ワイドショーは、その言葉を面白がって拾った。


「ネット上では、彼らを“光の使徒”と呼ぶ声もありますね」

「異世界勇者もののアニメやゲームの影響でしょうか」

「唯一の生存者である影山さんは、何かを知っているのでしょうか」


 知るか。

 俺は、教室の外にいただけだ。


     ◇


 それでも最初のうちは、まだ“他人事”のノリが混ざっていた。


 スタジオの笑い声。

 コメンテーターの軽口。


 テレビの向こう側の人間にとって、

 『二年三組集団失踪事件』は、怖くて面白い“コンテンツ”でしかない。


 ――そのコンテンツには、

 「唯一の生存者」という、便利な役回りが必要だった。


 それが、俺。影山ショウマ。


 このときの俺は、まだ知らなかった。


 その肩書きが、

 この先、どれだけ俺をすりつぶすことになるのか。


 そして、あの日の“失踪”が、

 どんな形で俺の人生にとどめを刺しに来るのか――


 まだ、何も知らなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る