第2話「幼なじみは、天才と呼ばれる作家だった」
その夜、俺は一睡もできなかった。
ベッドに横になっても、目が冴えて仕方がない。
頭の中をぐるぐると回るのは、昨夜のLINEのやり取り。
『実は私も、カクヨムやってるんだよね』
『ペンネームは、「春告鳥」』
「嘘だろ……」
何度思い返しても、信じられなかった。
あの心春が。
小学校からの幼なじみで、俺の創作活動を「よく飽きないよね」とからかっていたあいつが。
カクヨム日間ランキング1位、PV50万超え、完結作15作の――春告鳥。
「……マジかよ」
俺はスマホを開いて、もう一度『君が隣にいた世界線』のページを開いた。
著者名:春告鳥。
間違いない。
これが、心春の作品。
「くそ……全然気づかなかった……」
いや、気づくわけがない。
だって心春は、俺の前では一度も小説の話なんてしなかった。
むしろ「異世界とか転生とか、よく飽きないよね」と馬鹿にしていたくらいだ。
「……なんで、黙ってたんだよ」
複雑な感情が胸に渦巻く。
嬉しさ。
驚き。
そして――少しだけ、悔しさ。
俺は三年間、完結作ゼロ。
心春は三年間、完結作15作。
「……才能、あったんじゃねえか」
呟いて、俺は天井を見上げた。
翌朝。
寝不足のまま学校に向かうと、教室にはすでに心春がいた。
いつもと変わらない制服姿。
いつもと変わらない表情。
だけど――俺の目には、もう違って見えた。
(こいつが……春告鳥……)
「おはよ、ゆーま」
心春が、いつものように声をかけてくる。
「……おう」
俺は素っ気なく返事をして、自分の席に座った。
心春は少し不思議そうに俺を見たが、すぐにスマホをいじり始めた。
(……何を、話せばいいんだ?)
昨日までは、普通に話せていたのに。
今は、何を言えばいいのか分からない。
「ねえ、ゆーま」
「ん?」
「昨日のLINE、見た?」
「……見た」
「そっか」
心春は、少しだけ笑った。
「驚いた?」
「……まあな」
「だよね。私も、ゆーまが小説書いてるって知ったとき、びっくりしたもん」
「いや、お前は最初から知ってただろ」
「あ、そうだっけ」
心春はあっさりと言って、スマホを閉じた。
「でもさ、ゆーま。私がカクヨムやってるって知って、どう思った?」
「……どうって?」
「嫌だった?」
(嫌?)
俺は少し考えた。
嫌じゃない。
むしろ――嬉しいのかもしれない。
同じ趣味を持っていたなんて。
でも。
「……ちょっと、悔しいかも」
「悔しい?」
「だって、お前は完結作15作で、ランキング1位だろ。俺は三年間、完結作ゼロで、PV1,000ちょっとだぞ」
心春は、少しだけ目を丸くした。
「……ゆーま、私の作品、読んだの?」
「ああ。昨日、一話だけ」
「そっか」
心春は少し俯いて、それから小さく笑った。
「ねえ、ゆーま。私、ゆーまの作品も読んだよ」
「……は?」
「『異世界転生したら村人Aだった件』。昨日、全話読んだ」
(マジか……!?)
俺は思わず立ち上がりそうになった。
「お、お前……なんで……」
「だって、気になったから」
心春は真っ直ぐに俺を見て、言った。
「ゆーまがどんな小説を書いてるのか、知りたかったから」
「……で、どうだった?」
「うーん」
心春は少し考えるように首を傾げた。
「正直に言っていい?」
「……言えよ」
「めちゃくちゃ、もったいない」
「……は?」
「だって、設定は面白いのに、途中で投げてるじゃん。主人公の成長も描ききれてないし、伏線も回収されてない。読者は続きが気になってるのに、更新が止まってる」
心春の言葉が、胸に刺さる。
「それに、文章も硬い。キャラの感情が伝わりにくい」
「……そこまで言うか」
「でもね」
心春は少しだけ笑った。
「ゆーまの作品、嫌いじゃないよ。むしろ、好き」
「……え?」
「だって、ゆーまの"想い"が伝わってくるもん。AIには出せない、人間らしい温度が」
心春は俺の目を見て、続けた。
「ゆーまは、ちゃんと"物語"を紡ごうとしてる。それが、伝わってくる」
「……」
「だから、もったいないの。完結させないなんて」
心春の言葉に、俺は何も言えなかった。
だって――その通りだから。
俺は、いつも途中で諦めてきた。
「……なんで、お前は完結できるんだ?」
「え?」
「だって、15作も完結させてるんだろ。どうやったら、最後まで書ききれるんだよ」
心春は少し考えてから、答えた。
「私は、"読者"がいるから」
「読者?」
「うん。私の作品を読んでくれる人がいる。感想をくれる人がいる。だから、最後まで書かなきゃって思える」
「……そんなもんか?」
「そんなもん」
心春は笑って、立ち上がった。
「ねえ、ゆーま。私、ゆーまに提案があるんだけど」
「提案?」
「うん」
心春は、真剣な顔で言った。
「私と、一緒に小説書かない?」
昼休み。
俺と心春は、誰もいない図書室の奥で向かい合っていた。
「一緒に小説を書く、って……どういうことだよ」
「文字通りだよ。共同執筆」
心春はノートを開いて、ペンを取り出した。
「ゆーまは、設定や構成を考えるのは得意だよね。でも、文章を書くのと、完結させるのが苦手」
「……まあ、な」
「私は逆。文章を書くのは得意だけど、設定や構成を考えるのが苦手なの」
「嘘だろ。お前の作品、めちゃくちゃ構成しっかりしてるじゃん」
「それは、時間をかけて何度も練り直してるから。でも、ゆーまみたいに"面白い設定"を思いつくのは苦手なの」
心春は少し恥ずかしそうに笑った。
「だから、ゆーまと組めば、もっといい作品が作れると思うんだ」
「……」
俺は少し考えた。
共同執筆。
確かに、面白いかもしれない。
でも――
「なんで、俺なんだ? お前、他にもっと上手い作家と組めるだろ」
「それは……」
心春は少しだけ頬を染めて、視線を逸らした。
「……ゆーまとなら、楽しそうだから」
「は?」
「だって、私たち幼なじみじゃん。お互いのこと、よく知ってるし」
「……そういうもんか?」
「そういうもん」
心春は笑って、手を差し出した。
「どう? やってみない?」
俺はその手を見つめた。
(……やってみるか)
どうせ、このままじゃ完結作なんて生まれない。
だったら――心春と一緒に、本気で物語を紡いでみるのも、悪くない。
「……分かった」
俺は心春の手を握った。
「やってみよう」
「ほんと!?」
心春の顔が、ぱっと明るくなった。
「じゃあ、まずは企画会議だね!」
「企画会議?」
「そ。どんな作品を書くか、ちゃんと決めないと」
心春はノートを開いて、ペンを走らせ始めた。
「ジャンルは? 異世界? 現代? 恋愛? ファンタジー?」
「おい、待てよ。いきなり決められるか」
「じゃあ、今から一緒に考えよう」
心春は楽しそうに笑った。
「ゆーまと私で、最高の物語を作るんだから」
その日の放課後。
俺と心春は、ファミレスで向かい合っていた。
テーブルの上には、ノートとペンが広げられている。
「じゃあ、まずはジャンルから決めよう」
「……お前、本気なんだな」
「当たり前じゃん。私、ゆーまと一緒に作品作るの、めっちゃ楽しみなんだけど」
心春は目を輝かせている。
(……こいつ、こんな表情するんだな)
いつもは冷静でクールな心春が、こんなに嬉しそうにしているのを見るのは初めてだった。
「で、ゆーまはどんなジャンルが書きたい?」
「俺は……やっぱり異世界ファンタジーかな」
「ふーん。でも、異世界ってAI作品が多いよね」
「だからこそ、手書きで勝負したい」
心春は少し考えてから、頷いた。
「分かった。じゃあ、異世界ファンタジーで行こう」
「マジで?」
「うん。ゆーまがやりたいなら、それでいい」
心春は笑って、ペンを走らせ始めた。
「じゃあ、設定を詰めていこう」
それから二時間。
俺たちは、ひたすら設定を練り続けた。
主人公の性格。
世界観の構築。
魔法システムの設定。
ヒロインのキャラクター。
「ここは、もうちょっと掘り下げたほうがいいんじゃない?」
「いや、これ以上やると説明過多になる」
「でも、読者が混乱するかも」
「だったら、序盤で少しずつ開示していけばいい」
議論しながら、少しずつ物語の形が見えてきた。
(……楽しい)
こんなに真剣に、誰かと創作について語り合うのは初めてだった。
「よし、これで大枠は決まったね」
心春は満足そうに頷いた。
「じゃあ、次はプロット作り」
「プロット?」
「そ。全体の流れを決めるの。起承転結、各話の展開、クライマックスまでの構成」
「……めんどくさくね?」
「めんどくさいけど、これやらないと途中で迷走するよ」
心春は真剣な顔で言った。
「ゆーまの作品が完結しないのは、プロットを作ってないからだと思う」
「……ぐっ」
図星だった。
「分かったよ。プロット作ろう」
「うん!」
心春は嬉しそうに笑った。
その夜。
俺は自室のパソコンの前で、心春と通話していた。
「ゆーま、第一話のプロット送ったから、チェックして」
「おう」
俺はLINEで送られてきたプロットを開いた。
そこには、びっしりと文字が並んでいた。
「……お前、これ全部書いたのか?」
「うん。一時間くらいで」
「化け物か」
「ひどっ」
心春の笑い声が聞こえる。
「でも、ゆーまの設定があったから書けたんだよ」
「……そっか」
俺は画面を見つめた。
心春のプロットは、俺の設定を完璧に活かしていた。
主人公の動機。
世界観の描写。
読者を引き込むフック。
「……すげえな、お前」
「ありがと」
心春は少し恥ずかしそうに笑った。
「じゃあ、このプロットでOKなら、明日から執筆開始しよう」
「おう」
「楽しみだね、ゆーま」
「……ああ」
俺も、少しだけ笑った。
「楽しみだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます