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@tachibanadaiji

序章 : 呼ばれた場所

第1話『白とノイズ』

序章 : 呼ばれた場所


 気がついたら、白い場所にいた。

 上も下も右も左も、全部が白。継ぎ目もなければ果てもない。乳白色の霧の中にでもいるみたいだった。

 いや、霧じゃないな。もっとこう、のっぺりしている。

 まるで書きかけの原稿用紙の中に放り込まれたような、そんな現実感のない白だった。


 なんでここにいるんだっけ。

 思い出そうとしても頭の中に靄がかかったみたいに、何も浮かんでこない。最後の記憶は……なんだ。コンビニで買った安酒を飲んで、安物のベッドに倒れ込んだ。そこまでは覚えている。

 それで? そのあとは?


 ざ……ざ……。


 耳の奥で微かなノイズが聞こえる。テレビの砂嵐みたいな音だ。

 目を凝らすと、目の前の空間に淡い光の文字が明滅しているのが見えた。半透明で、焦点が合わない。


【着座】名もなき神A

【着座】名もなき神B


 文字は次から次へと流れ、そして消えていく。意味は分からない。神? 座る? 何の話だ。

 右上に目をやると、そこには【天覧者数:17】という表示が、時計のデジタル数字みたいに浮かんでいた。これも光っている。

 天覧者数。てんらんしゃすう。天の、ご覧になる者の数か。

 つまり十七人の誰か、あるいは何かが俺を「見て」いる。そういうことらしい。らしいと言われても。


【神託】:ここどこ?

【神託】:新番組か?


 今度は違う種類の光の文字が流れた。【神託】。神のお告げ、なんて意味の言葉だったか。ずいぶんとまあ俗っぽいお告げだな。まるでネットの掲示板の書き込みみたいじゃないか。


「……誰か、いるのか」


 声を出してみた。自分の声なのにやけに響く。白い空間に吸い込まれて、どこにも届いていないような虚しい声だった。

 返事はない。ただ、光の文字だけが増えていく。


【神託】:お、喋ったぞ

【神託】:主人公、地味顔じゃね?

【神託】:まあ、最初はこんなもんか


 主人公。俺のことか。

 訳が分からない。頭がぐちゃぐちゃになる。これは夢だ。そうに決まってる。頬でもつねれば、安アパートの汚い天井が目に入るはずだ。

 そう思って、自分の腕を思い切りつねった。


 痛い。


 普通に痛かった。夢じゃない。

 その事実が、じわじわと腹の底から冷たい恐怖を湧き上がらせてくる。なんだ、ここ。なんなんだよ、一体。


 グルルルル……。


 背後で獣のうなり声がした。

 振り向く。いつの間にいたのか。そこには、犬みたいな狼みたいな、とにかく牙をむいた四つ足の獣が立っていた。全身が真っ黒で、目が血のように赤い。よだれをダラダラと垂らし、明らかに俺を獲物として見ていた。


「ひっ……」


 情けない声が出た。腰が抜けて、へなへなと尻餅をつく。後ずさろうとするが、体が言うことを聞かない。

 獣はじりじりと距離を詰めてくる。死ぬ。食われる。そう思った。


【神託】:お、さっそく戦闘イベか

【神託】:武器なしでどうすんだよw

【神託】:とりあえず、そこの棒でも拾っとけ


 棒?

 神託に言われて視線をさまよわせる。あった。すぐ近くに手頃な木の棒が転がっていた。なんでこんなところに? さっきまで何もなかったはずだ。

 でも、今はそんなことを考えている暇はない。震える手で必死にその棒をつかんだ。思ったより、ずしりと重い。


 獣が地面を蹴った。

 一直線に俺の喉を狙ってくる。

 もう無我夢中だった。目を瞑って、やけくそで木の棒を振り回す。


 ゴッ、と鈍い音がした。


 何か硬いものに当たった感触。恐る恐る目を開けると、獣が頭から血を流して少し離れた場所に転がっていた。キャンと悲鳴を上げて、そのまま動かなくなる。

 ……やったのか? 俺が?

 ぜえ、ぜえ、と肩で息をする。心臓がバクバクうるさい。手はまだ震えている。

 すると、目の前の空間がひときわ明るく輝いた。


【祝福 +100】

【祝福 +30】

【祝福 +50】


 祝福。神々からのボーナスポイントみたいなものだろうか。何に使えるのかは分からないが、数字が増えていくのは悪い気がしなかった。

 そして、ひときわ大きな光の文字が画面の中央に躍り出た。


名もなき神より【恩寵:500祈力】を賜りました。


 恩寵。おんちょう。神からの特別な恵み。

 投げ銭という言葉が、なぜか頭に浮かんだ。たぶん、そういうことなんだろう。俺の今の戦いぶりに五百円くらいの価値を見出してくれた神様がいた、ということか。

 祈力というのが、この世界の通貨単位なのかもしれない。


 よく分からないことだらけだったが、一つだけ確かなことがあった。

 俺はここで、何かを演じなければならない。

 この天覧者とやらを、楽しませなければならない。

 そうしないと、たぶん本当に死ぬ。


 まだ熱の引かない木の棒を、強く、強く握りしめた。

 白い世界は、どこまでも続いていた。

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