第2話 クリスマスプレゼント

 リビングに戻ってキッチンに目を向ける。

 先ほどの美女がネギを切っていた痕跡が残っていた。

 どうやら今見た光景は、夢でも幻でもないらしい。


 まな板の上では青ネギがみじん切りされており、ネギ特有の匂いを放っている。

 僕はネギを全て味噌汁の入った鍋にぶち込んだ。

 さすがに量が多すぎる。

 味噌汁の表面は鮮やかな緑で染まった。


 まな板と包丁を洗い、ふと先ほどの女性について考える。

 勢いで追い出してしまったが、大丈夫だろうか。

 別に心配する義理もないわけだが、さすがに冷たくしすぎたかと良心の呵責にさいなまれる。


「話くらい聞いても良かったかもな」


 僕は玄関まで行くと、覗き穴から外を見た。

 誰もいない。

 どこか行ったみたいだ。


 鍵を開けて、恐る恐る扉を開く。

 扉から頭だけ出して周囲を確認した。

 やはり彼女の姿はない。


 冷静に考えれば、あれだけの美女と話す機会などそうそうない。

 素直にクリスマスプレゼントだと受け取っていたらよかったかもしれない。


 少しだけ後悔の念が渦巻くのを感じながら扉を閉めようとした。

 しかし何故か閉まらない。

 何か挟まっているのかと視線を下にやる。


 女性の頭部が挟まっていた。


「酷いじゃないですかマスター。このご時勢に外に放り出すなんて」


 先程の女がサンタ服に身を包んだまま横たわり、頭を扉に挟んでいた。

 僕は悲鳴を上げた。


「ば、化け物ぉ!」


「ちょ、マスター! 死ぬ! 死ぬから! 待って! あ痛ぁっ!」


 *


「私はクリスマスプレゼントなんですよ」


 リビングにて。

 赤外線ストーブの前で、彼女は手を擦りながら言った。


「クリスマスプレゼント?」


「はい。今業界ではクリスマスキャンペーンと言うものを行っていまして。全国のモテない男性方に神様からプレゼントを与えようと言うことになったんです」


 どこの業界だよ、とはこの際突っ込まないことにする。


「つまり、今頃僕のように全国各地の男性に彼女がプレゼントされているってこと?」


「もちろん、願わなければ与えられませんけどね。それにプレゼントされるには条件があるんです」


「どんな?」


「彼女いない暦と年齢が一致している。非童貞以下、つまり童貞と素人童貞である。ノンケ、もしくはバイである。恋愛対象が三次元の女性である。二十歳以上である。そんなところです」


「なるほど、つまり女性をプレゼントしても問題ない人間がチョイスされたわけか」


「そういうことです。お分かりいただけましたか?」


「まぁ大体は。うん、プレゼントか……なるほど」


「マスターは非常に適応性と言うか、柔軟性と理解力が早いですね」


「ある日、突然美少女が目の前に現れてトラブルに巻き込まれる。アニメではよくあることさ」


「現実ではまず起こり得ないと思うんですけど……」


「もちろんその通りだ。現に僕はこうして物分りが良い人間のフリをしているが、君の話など微塵も信じていない。両親の留守を狙って我が家に無断で入り込んだ詐欺師か泥棒か強盗の類ではないかと思っている。君が妙な行動をすれば躊躇せずに拘束して警察に突き出すつもりだ」


「本音出しすぎです……」


 傷ついたような表情だ。

 だが仕方ない。

 顔には出さないが、僕だって一応混乱しているのだ。


 それでも彼女をこうして家に上げているのは『もしかしたら本当に神様がクリスマスプレゼントをくれたのかもしれない』という祈りにも似た願いがあったからだった。


「一つだけ確認したいことがあるんだけど」


「何でしょう」


「君は確かに僕の……彼女なんだよね」


「はい」


「君の話が本当だとすれば、早い話、君は僕の願いが具現化した存在なわけだ」


「そう思ってもらって構いません」


「しかしそうだとすると分からないことがある」


「なんでしょうか」


「僕の願いを具現化したくせに君はどう見ても僕の好みではない。僕が求めていたのはGカップのロリっ子美巨乳なのだが、君はCカップのお姉さん系美女だ。貧乳に用はない」


「そんなはっきり言わないで下さいよ……」


 辛そうな表情だった。

 女性にこのような顔をさせるなど、僕としても心苦しい。

 すると彼女は小声で言った。


「……ほら、マスターの願いがそのまま形になったら、色々まずいでしょう? 法律とか」


「大人の事情が配慮されたってことか……」


「そうなんです。特に最近規制が厳しいし、ネットでも炎上しやすくて……色々すみません」


「せめて巨乳だけでも通してくれたら……」


 悔しさがこみ上げるのを感じた。

 重い沈黙が満ちる。

 すると場の雰囲気を和ませようと彼女がパンと手を叩いた。


「まぁ……ほら! せっかくのクリスマスに女の子がいるんですよ? 元気出してください!」


 僕は優しく微笑むと、軽く頷いた。


「そうだね。こんな機会滅多にないんだから」


 では、と不意に彼女が手を叩いた。


「どこか出かけましょうか、マスター」


「どこかって、どこへ?」


「デートですよ、デート。クリスマスに男女がいてデートもしないなんて馬鹿げたことがありますか」


「でも僕お金ないよ。今大学の三年生でもう時期就活だから貯金しなきゃ駄目だし、使いたくないんだ」


「そういう現実的な問題を持ってこないで下さいよ……」


「すまないね」


「大丈夫です。私が奢ってあげます」


「奢るって……そもそも君、お金あるのかい?」


 僕の問いに彼女は頷いた。


「ちゃんと天界から軍資金を提供されています。一千万ほど、私名義の口座に」


「提供し過ぎだろ……」


「じゃあマスター、早く着替えてきてください。行きましょう、デート」


 こうして夢のようなクリスマスが始まった。

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