死にたがり屋の異世界転生

Wshin 俊介

第1話 死にたがり、転生する

死にたい。解放されたい。

いや、正確に言えば死んでみたい。

 俺は、ビルの屋上で腕を組み地面を覗き込んだ。


今の気分はバットマン。


高さは十分。

飛べば多分いける。


「でも今日、雨なんだよなぁ……滑って転ぶの嫌だし」


いや、死ぬのに転ぶとか関係ねえだろ、と自分でも思う。

だけど痛いのは嫌だ。

死ぬまでの“途中が痛い”のはもっと嫌だ。


悩んだ結果、俺はスマホで「痛くない死に方」と検索し始めた。


……が、その直後、足が滑った。


「おい!! 結局滑るんかいッ!!」


叫びながら落ちていく俺。


あれ? 意外と気持ちいい?


「やっふぉ~~い」




目が覚めた瞬間、俺は思わず舌打ちした。


「……なんだよここ。真っ白すぎて目ぇ痛ぇんだけど。」


周りを見ても壁も床もわからない。

どこまで行っても白。

白。

白。


「は? 死後の世界ってこんな低予算なのかよ。」


そう悪態をついたところで、背後から声がした。


「おぬし。」


「うおっ!? チッ! 後ろから声かけんなよ、心臓止まるだろ……いやもう止まってんのか?」


振り返ると、白ローブの爺さんが立っていた。

神々しい……と言うより、目の下のクマがひどくてキモイ社畜事務員にしか見えない。


「なんで自殺したんじゃ。

 予期せぬ死でな……どうも対応ができん。」


「は!知らねーよ。俺だって別にあんたの仕事増やすために死んだわけじゃねぇし。」


爺さんは眉間を押さえてため息をつく。


「おぬしは寿命で来るんはずじゃったんじゃ。

 じゃが、勝手に飛び降りると、書類がのぅ……」


「はいはい、お役所仕事お疲れ様でーす。で? 俺どうなんの?」


「開き直りおったなコイツ……」


ぶつぶつ文句を言いながら、爺さんは杖をコツンと床(?)に突いた。


「もうよい。異世界に回す方が処理が早い。

 おぬし、転生じゃ。」


「は!おい、決定早すぎるだろ。俺の意見は?」


「ない。」


「即答かよ!」


爺さんは無視して書類をめくり始めた。


「まったく……昼飯食っとらんのに……」


「知らねぇよ。まず俺の転生先ちゃんと説明しろって。」


「おぬし、態度が悪いのう!」


「死後もクレーム受け付けねぇなら、張り紙でもしとけや。」


ぴしん、と空気がつめたくなる。


爺さんはしばらく俺をにらんでいたが……


「……まあよい。そういう性格の魂もおる。」


と、諦めたようにため息をついた。


「おぬしの転生先は“エルドア”という世界じゃ。剣と魔法があり……あーまぁ、人も魔物もおる普通の異世界じゃよ。」


「普通の異世界ってなんだよ。剣と魔法って時点で普通じゃねーだろ。」


「王国がおぬしを“勇者候補”として召喚したがっておってな。

ただ、正式な勇者ではない。あくまで“候補”じゃ。」


「候補って……バイトの面接かよ。落ちる可能性あんのか?」


「うむ。たいてい落ちる。」


「じゃあ行かねぇよ。死んでんのにまた人生ガチャとか聞いてねぇし。」


「死んだ者に選択肢はない。これも輪廻の流れの一部じゃ。」


「クソめんど……。」


俺が頭を抱えた瞬間、爺さんは長いため息をつき、手元の巻物を広げた。


「では、最後に確認しておくぞ。“エルドア”行きは決定事項じゃ。拒否権はない。」


「いやだから聞けって。俺、別に異世界で頑張る気とか——」


「——心配せずとも、おぬしに期待しておる者など誰もおらぬ。」


「言い方、言い方よ。」


「そもそも勇者候補は百人おる。そのうちほとんどは途中で死ぬ。」


「いやもっと言い方よ!? 完全にブラックやん!」


爺さんはコホンと咳払いして、事務的に続ける。


「おぬしは“死にたがり屋”と判定されておってな。ならば、異世界の流転に放り込んでも問題あるまい、という結論じゃ。」


「人を性格で転生させるなよ……。」


「だが安心せぇ。おぬしの魂は“しぶとい”と診断されてもおる。」


「どっちだよ。死にたがりでしぶといって矛盾してんだろ。」


「矛盾こそ魂の個性じゃ。」


爺さんはそう言うと、巻物を軽くはじいた。

途端に、俺の足元の“白い床”にヒビが入りはじめる。


「おい待て、まだ心の準備が——」


「準備などいらん。人生はいつも突然じゃ。」


「おい、ジジイ。ふざけんな」


「ハー」

 溜息を吐いた爺さんは白い空間の床を杖でコツコツと叩いた。

そのたびに淡い光が広がり、俺の足元へ集まってくる。


「では――おぬしには最低限の加護を与えてやろう。」


「加護? いらねぇって。どうせロクなもんじゃねぇだろ。」


「いらんと言われても渡す。儀式じゃ。」


光がさらに弱まり、俺の視界も黒く染まっていく。


「ちょ、ちょ、待てよ! 話まだ終わって――」


「終わったのう。がんばれ、勇者候補。」


「いや、だから候補って……せめて本採用で――」


ズンッ。


身体が急に重くなり、世界が沈むような感覚に飲まれた。


胸の奥に、わずかだが“何か”が流れ込んでくる。

熱でも冷たさでもない、変な感覚。


「……はぁ? なんだこれ。気持ちわりぃ……。」


爺さんの声がだんだん遠ざかる。


「そういえば言い忘れておったが。転生直後、おぬしは王国の召喚陣の中心に落とされる。」


「落とされるって物扱いかよ!!」


「まあ、がんばれい。」


「おいクソジジイ、てめ――」


床が砕け、視界が闇に飲まれる。


「クッソ……もう……めんど……」


こうして俺は異世界に転生した。

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