第4話「妹との模擬戦、無意識の一撃」


魔族との戦いから三日が経った。


学園は表面上、平穏を取り戻していた。だが、俺の中では何かが変わり始めていた。


毎晩見る夢。二人の師匠たち。


そして、確実に強くなっていく自分。


「カイ君、今日の実技は模擬戦だ」


グレン教授が告げた。


「魔法と体術を組み合わせた、実践形式の訓練だ」


教室がざわつく。


模擬戦——つまり、生徒同士の戦闘訓練。


「ペアは、実力が近い者同士で組む」


教授がリストを読み上げていく。


そして——。


「カイ・アストラルとリゼ・アストラル。兄妹対決だ」


「えっ……」


俺とリゼが、同時に声を上げた。


周囲の生徒たちが、期待に満ちた顔でざわめく。


「勇者の妹vs問題児の兄!」

「これは見物だな」

「どっちが勝つと思う?」


リゼが困ったような顔で俺を見る。


俺も、複雑な気持ちだった。


妹と戦う。それも、周囲が見守る中で。


***


訓練場に、全生徒が集まっていた。


円形の闘技場。周囲には観客席があり、生徒たちが座っている。


「準備はいいか、二人とも」


担当教師が確認する。


「はい」


リゼが剣を抜く。光の魔力が刃を包む。


俺は杖を構えた。心臓が激しく鳴っている。


「では——始め!」


***


リゼが先制攻撃を仕掛けてくる。


速い。さすが勇者の再来と呼ばれるだけある。


剣が俺の首筋を狙う。


俺は咄嗟に杖で受け止めた。


ガキィン!


金属音が響く。


「兄さん、手加減しないよ」


リゼの声には、決意が込められていた。


「俺も……本気で行く」


二人が離れる。


リゼが魔法を詠唱し始める。


「光よ、我が刃となれ——」


光の魔力が収束し、無数の光弾が生まれる。


「ホーリーバレット!」


光弾が俺に向かって飛んでくる。


俺の右目が疼いた。


魔眼が、自然に発動する。


光弾の軌道が、全て視える。


『右、左、上、下——』


体が勝手に動く。


夢で黄金の影に教わった回避技術。


俺は光弾を、全て避けた。


「嘘……」


リゼが驚きの声を上げる。


観客席も、ざわついた。


「全弾回避!?」

「あの速い光の玉を?」


「兄さん……いつの間に」


リゼの声が震えている。


俺は自分でも驚いていた。


体が、勝手に動いた。考える間もなく。


「リゼ、続けて」


俺は構え直した。


***


リゼが剣を構え、突進してくる。


「せやああっ!」


完璧な剣技。無駄のない動き。


でも、俺の魔眼は全てを見抜いていた。


『左足に重心。次は右から横薙ぎ』


体が反応する。


俺は杖を捨て、素手で対応した。


リゼの剣が横薙ぎに振るわれる。


俺は一歩踏み込み——リゼの剣の軌道の内側に入った。


「えっ——」


リゼが驚く。


そのまま、俺の手がリゼの剣を掴んだ。


いや、掴んだというより——剣の動きに合わせて、力を受け流した。


夢で学んだ、気の操作。


「これで——」


俺はリゼの剣を、優しく、でも確実に——。


パキィン!


剣が、真っ二つに折れた。


「あ……」


時間が止まったように感じた。


リゼの愛剣が、俺の手の中で折れている。


観客席が、静まり返った。


「嘘だろ……」

「勇者の剣を……素手で?」

「あの問題児が……」


リゼが呆然と、折れた剣を見つめている。


「リ、リゼ……ごめん、俺——」


「どうして……」


リゼの声が小さい。


「兄さん、どうして……こんなに強いの……?」


その言葉には、驚きと——ほんの少しの、戸惑いが混じっていた。


***


「勝者、カイ・アストラル!」


教師の声が響く。


観客席から、拍手が起こった。


だが、その拍手は——称賛というより、困惑に満ちていた。


「あの問題児が、勇者を……」

「信じられない……」

「どうなってるんだ?」


俺は、リゼの前に膝をついた。


「ごめん、リゼ。剣を……」


「……ううん」


リゼは首を振った。


「兄さんが謝ることじゃない」


でも、その目には涙が浮かんでいた。


「私が、弱かっただけ……」


「リゼ——」


「一人にして」


リゼが立ち上がり、歩き出す。


「リゼ!」


俺が追いかけようとすると——。


「今は、一人にさせて」


その背中は、小さく震えていた。


***


訓練場を出ると、エリカが待っていた。


「カイ、大丈夫?」


「……ああ」


「リゼちゃん、ショックを受けてたね」


「うん……」


俺は、自分の手を見つめた。


この手が、妹の剣を折った。


この力が、妹を傷つけた。


「カイ、あなたは悪くない」


エリカが優しく言う。


「あれは事故だよ。模擬戦なんだから」


「でも……」


「リゼちゃんも、分かってくれるよ。時間が必要なだけ」


エリカの言葉は優しかったが、俺の心は晴れなかった。


***


その日の午後、俺は一人で図書館にいた。


気を使った攻撃について調べていた。


なぜ、俺は剣を折ることができたのか。


『気を込めた攻撃は、物質の構造を破壊する』


文献にはそう書かれていた。


「だから……剣が折れたのか」


俺は自分の手を見つめた。


夢で黄金の影に教わった技術。


それが、現実でも使えてしまった。


「強くなりすぎてる……」


自分でも制御できないほどに。


コンコン。


ノックの音に顔を上げると、レオンが立っていた。


「よう、カイ。さっきの試合、すごかったな」


「レオン……」


赤髪の明るい男子生徒。最近、よく話しかけてくれる。強いやつが好物らしい。


「落ち込んでんのか?」


「……ああ」


「そっか」


レオンが隣に座った。


「でもな、カイ。お前が強いのは、悪いことじゃないぞ」


「でも、妹を——」


「傷つけたくなかった、ってことだろ?分かるよ」


レオンが肩を叩く。


「でもな、リゼは強い子だ。きっと乗り越える」


「そして、お前の強さを認めるようになる」


「……そうかな」


「絶対だ。だって、兄妹なんだろ?」


レオンの言葉に、少しだけ救われた。


「ありがとう、レオン」


「おう!困った時はお互い様だ」


レオンが立ち上がる。


「じゃあな。元気出せよ」


「うん」


***


夕方、俺は中庭のベンチで空を見上げていた。


夕日が、雲を赤く染めている。


「兄さん」


声に振り向くと、リゼが立っていた。


「リゼ……」


「隣、いい?」


「もちろん」


リゼがベンチに座る。


しばらく、二人とも無言だった。


「ごめん、兄さん」


リゼが先に口を開いた。


「私、さっきは動揺しちゃって」


「いや、俺の方こそ——」


「聞いて」


リゼが俺の言葉を遮る。


「私ね、ずっと勇者の再来って呼ばれてきた」


「みんなが期待して、称賛して」


「だから、自分が一番強いって、思い込んでた」


リゼが空を見上げる。


「でも、兄さんはもっと強かった」


「私が知らないうちに、ずっとずっと強くなってた」


「それが……怖かったの」


「怖い……?」


「うん」


リゼが俺を見つめる。


「兄さんが、遠い存在になっちゃうんじゃないかって」


「私の知らない、別の世界に行っちゃうんじゃないかって」


その目には、涙が浮かんでいた。


「でもね、考えたの」


「兄さんが強いのは、悪いことじゃない」


「むしろ、嬉しいことなんだって」


「リゼ……」


「だって、兄さんは誰よりも頑張ってる」


「制御できなくて苦しんで、それでも諦めなかった」


「そんな兄さんが、強くなるのは当然なんだって」


リゼが微笑んだ。


「だから、兄さん。謝らないで」


「兄さんは、何も悪くない」


「私が未熟だっただけ」


「そんなことない。リゼは十分強い」


「ううん」


リゼが首を振る。


「私、もっと強くならなきゃ」


「兄さんに負けないくらい」


「そして、一緒に——」


リゼが俺の手を握った。


「一緒に、強くなろう。兄さん」


その手の温かさに、俺は涙が溢れそうになった。


「……うん。一緒に、頑張ろう」


二人で手を握り合い、夕日を見つめる。


妹との絆が、より深まった瞬間だった。


***


その夜の夢は、いつもより鮮明だった。


神殿のような場所。今ではかなり細部まで見える。


「よく来た、器よ」


紫黒の影——もう顔はほぼ見える。


美しい女性の顔。知的で、優雅で、そして少し寂しそうな微笑み。


「今日の戦い、見事だった」


「でも……妹を傷つけてしまいました」


「それは避けられぬことだ」


影が俺の隣に座る。


「お前が強くなれば、周囲との差が生まれる」


「それは、孤独を意味する」


「孤独……」


「そうだ。強さとは、時に孤独なものだ」


影が遠くを見つめる。


「だが、お前には妹がいる。友がいる」


「彼らが、お前の孤独を癒してくれる」


「大切にしろ、その絆を」


「はい……」


影が立ち上がる。


「さて、今日は新しい技を教えよう」


「魔眼と魔術を組み合わせた、応用技だ」


***


「小僧!」


黄金の影が豪快に現れた。


「今日の戦い、見たぞ!」


「あの剣を折る技、完璧だった!」


影が満足そうに笑う。


「だが、制御が甘い」


「気を込めすぎた。本来なら、剣を弾くだけで十分だった」


「すみません……」


「謝るな!」


影が俺の頭を叩く。


「失敗から学べばいい。それが修行だ」


「今日は、気の制御を細かく教える」


「力を込めるだけでなく、加減することも大切だ」


影が俺の前に立つ。


「さあ、拳を握れ」


俺は拳を握る。


「気を込めろ。だが、半分の力で」


俺は集中し、気を拳に集める。


でも、半分に抑える。


「そうだ!その感覚だ!」


影が嬉しそうに頷く。


「力とは、出すだけでなく、抑えることも重要だ」


「それが、真の制御だ」


「はい……先生」


「よし!では、型を繰り返すぞ!」


黄金の影との修行が始まった。


***


翌朝、俺は爽やかに目覚めた。


昨夜の修行で、また一つ成長できた気がする。


「よし、今日も頑張ろう」


食堂に向かうと、リゼが手を振っていた。


「兄さん、おはよう!」


「おはよう、リゼ」


リゼの笑顔は、昨日と同じように明るかった。


「今日、一緒に訓練しない?」


「え、いいの?」


「うん!兄さんの技、もっと見たいの」


「私も強くなりたいから」


その前向きな姿勢に、俺は嬉しくなった。


「うん、一緒に頑張ろう」


エリカとレオンも合流し、四人で朝食を取る。


賑やかで、楽しい時間だった。


***


午前の授業が終わり、昼休み。


俺は校舎の屋上にいた。


風が気持ちいい。


「カイ君」


グレン教授が現れた。


「あ、教授」


「昨日の模擬戦、見ていたよ」


教授が隣に立つ。


「君の成長は、驚異的だ」


「ありがとうございます」


「だが、気をつけなさい」


教授の顔が真剣になる。


「強すぎる力は、周囲を傷つける」


「それは、君自身も理解しているだろう」


「はい……」


「制御を学べ。力の加減を」


「そして——」


教授が俺の右目を見つめる。


「魔眼の使い方も、慎重に」


「真実を見抜く力は、時に残酷だ」


「人の本心を見てしまうことは、辛いこともある」


「覚悟して使いなさい」


「はい、肝に銘じます」


教授が微笑んだ。


「君なら大丈夫そうだ。信じているよ」


そう言って、教授は去っていった。


***


午後、約束通りリゼと訓練場で練習をした。


「兄さん、あの動き教えて」


「どの動き?」


「剣を避けた時の、あのステップ」


「ああ、これか」


俺は動きを見せる。


リゼが真剣に見つめ、真似をする。


「難しい……でも、できそう」


リゼが何度も練習する。


俺はそれを見守り、アドバイスをする。


「足の位置をもう少し後ろに」


「そう、それでいい」


「できた!兄さん、見て!」


リゼが嬉しそうに動きを披露する。


その笑顔を見て、俺も嬉しくなった。


妹と一緒に、成長できる。


それが、何より幸せだと感じた。


***


夕方、二人で寮に戻る途中。


リゼが突然、立ち止まった。


「兄さん」


「ん?」


「私ね、決めたの」


リゼが真剣な顔で言った。


「私は勇者として、人々を守る」


「兄さんは、きっと別の道を行く」


「それでも——」


リゼが俺の手を握る。


「お互いがいれば、強くいられる。でしょ?」


「だから、離れても大丈夫」


「それぞれの道を、信じて進もう」


その言葉に、俺は深く頷いた。


「うん。でも、いつでも帰る場所はここだ」


「うん!」


二人で笑い合う。


遠くで、祠のある山が夕日に照らされていた。


***


理事長室。


グラディウスが、モニターを見つめていた。


「カイ君とリゼ君の兄妹の絆……美しいものだ」


「しかし、理事長」


部下が報告する。


「封印の不安定化が加速しています」


「祠からの魔力の波動が、日に日に強くなっています」


「そうか……」


理事長が立ち上がる。


「もうすぐだな」


「器の真の覚醒が」


窓の外を見つめる。


遠くの山が、微かに光っている。


「カイ・アストラル……お前はもうすぐ、全てを思い出す」


「そして、運命と向き合うことになる」


モニターの中で、カイとリゼが笑い合っている。


「その時まで——この平和を、楽しむがいい」


---


【第4話:完】


次回、第5話「孤独と記憶の断片」に続く。


カイの周囲に広がる孤独と、失われた記憶の真実とは——?

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