第3話「魔眼覚醒、真実を映す眼」
「人間じゃない……?」
俺の右目が捉えた光景に、背筋が凍った。
中庭の隅に立つ生徒——その周囲を、紫色の瘴気が渦巻いている。
人間の魔力とは、明らかに違う。禍々しく、冷たい気配。
「兄さん?どうしたの?」
リゼが心配そうに声をかける。
「あの……あそこにいる生徒、見覚えある?」
俺が指差すと、リゼは首を傾げた。
「茶髪の子?確か、二年生だったと思うけど」
「そう、か……」
右目の疼きが治まり、視界が元に戻る。
瘴気は見えなくなった。まるで、何もなかったかのように。
「気のせい、かな……」
「兄さん、最近疲れてるんじゃない?少し休んだ方がいいよ」
「そうだね」
でも、心の中では確信していた。
あれは、人間じゃない。
***
その夜も、俺は夢を見た。
いつもの暗闇。だが、今回は以前よりもずっと鮮明だ。
足元の光の線がはっきりと見え、遠くには何か建造物のようなものまで見える。
「来たか、器よ」
紫黒の影——今回は、顔の輪郭が少しだけ見えた。
美しい顔立ち。鋭い目。長い髪。
「今日は、魔眼の使い方を教える」
影が俺の前に座る。
「魔眼とは、真実を映す眼。表面の嘘を剥ぎ取り、本質を見抜く力だ」
「今日、お前は何かを見たはずだ」
「……人間じゃない存在を」
「そうだ。お前の魔眼は目覚めつつある」
影が立ち上がる。
「だが、まだ不完全だ。コントロールができていない」
「どうすれば……」
「意識して発動させろ。右目に意識を集中し、真実を求めるのだ」
影が俺の右目に手をかざす。
また、紫黒の魔力が流れ込んでくる。
「魔眼は諸刃の剣だ。真実を見ることは、時に苦痛を伴う」
「だが、お前には必要な力だ。器として、世界の均衡を保つために」
「世界の均衡……」
「そうだ。お前の使命は、いずれ分かる」
影が遠ざかっていく。
「修行を続けろ。我は常に、お前と共にある」
***
「おい小僧、我の時間だぞ!」
黄金の影が、豪快に現れた。
「今日は気の流れを教える」
「気……?」
「そうだ。魔力とは違う、生命の力だ」
黄金の影が、俺の体に手を当てる。
温かい感覚が、体中に広がる。
「気は体の中を流れている。これを意識すれば、肉体は飛躍的に強化される」
「感じるんだ。お前の中を流れる、生命の川を」
俺は目を閉じ、集中した。
すると——確かに感じられた。
体の中を流れる、温かい何か。
「見えるか?」
「はい……これが、気……」
「そうだ。この気を操ることで、お前の体術は完成する」
黄金の影が俺の背中を押す。
「さあ、型を繰り返せ。体に刻み込むんだ」
影が見せる動き。
踏み込み、回避、カウンター。
俺はそれを必死に真似する。
何度も、何度も。
「いいぞ!その調子だ!」
影の声が、励ましてくれる。
「お前には才能がある。我が見込んだだけのことはある」
「ありがとうございます……」
「礼はいらん。お前が強くなることが、我の喜びだ」
影が満足そうに笑う。
「さあ、もう目覚める時だ。今日学んだことを忘れるな」
「はい!」
「よし、また明日だ。小僧」
黄金の影が、光となって消えていく。
そして、俺は——。
***
「はっ!」
目覚めると、朝日が差し込んでいた。
体が軽い。昨夜の修行のおかげか、体の中を気が流れている感覚がある。
「気……か」
俺は手を握りしめた。
確かに感じられる。体の中の温かい流れ。
「よし、今日も頑張ろう」
***
朝食の時間、俺は食堂に向かった。
「カイ!」
エリカが手を振っている。隣にはリゼもいた。
「おはよう、二人とも」
「おはよう、兄さん。一緒に食べよう」
三人で食事を取る。
昨日よりも、周囲の視線は優しくなっていた。
魔力を制御できたことで、少しずつ認められてきているのかもしれない。
「ねえカイ、今日の午後、一緒に図書館行かない?」
エリカが提案する。
「封印のこと、もっと調べたいんだ」
「いいね。俺も気になってる」
「じゃあ決まり!」
リゼが少し寂しそうな顔をした。
「私も行きたいけど、午後は剣術の特訓があるんだ……」
「大丈夫だよ、リゼ。また今度一緒に行こう」
「うん!」
穏やかな朝の時間だった。
***
午前の授業は、再び魔法理論。
グレン教授が、魔眼について説明していた。
「魔眼とは、稀に生まれる特殊な能力だ」
教授が黒板に図を描く。
「真実を見抜く眼、未来を視る眼、魔力を操る眼——様々な種類がある」
「その中でも最も稀なのが、『真実の魔眼』だ」
俺は真剣にメモを取る。
「真実の魔眼は、対象の本質を見抜く。嘘、偽装、変装——全てを看破する」
「かつて、魔王ゼルダが持っていたとされる力だ」
魔王ゼルダ——夢の中の、紫黒の影。
もしかして、俺の魔眼は……。
「ただし、この魔眼は諸刃の剣だ」
教授の表情が厳しくなる。
「真実を見ることは、時に苦痛を伴う。人の本心、世界の闇——見たくないものまで見えてしまう」
「だからこそ、コントロールが必要なのだ」
授業が終わり、教授が俺を呼び止めた。
「カイ君、少しいいか」
「はい」
人気のない廊下で、教授が真剣な顔で言った。
「君の右目……気になっていたんだが」
「え……」
「時々、金色に光っている。それは、魔眼の兆候だと私は睨んでいる」
教授は俺の右目を見つめる。
「もし魔眼が覚醒しているなら、十分に気をつけなさい」
「コントロールを誤れば、精神が壊れることもある」
「は、はい……」
「だが、恐れる必要はない。君なら大丈夫だ」
教授が優しく微笑む。
「何かあったら、いつでも相談しなさい」
「ありがとうございます」
***
昼休み、俺は一人で校舎の裏を歩いていた。
人が少ない場所で、魔眼の練習をしようと思ったのだ。
「よし……やってみよう」
俺は右目に意識を集中させる。
『真実を映せ』
すると——。
右目が疼き、視界が変わった。
世界が、別の色で見える。
魔力の流れ、生命の気配、感情の波動——。
全てが、色となって視える。
「すごい……これが、魔眼……」
その時、背後に気配を感じた。
振り向くと——。
「……君が、カイ・アストラルか」
見知らぬ生徒が立っていた。
茶髪の、二年生らしき男子。
でも、俺の魔眼は捉えていた。
この男の周囲を渦巻く、紫色の瘴気を。
「君は……人間じゃない」
***
男の表情が、一瞬だけ歪んだ。
「……魔眼で看破したか」
男の姿が揺らぎ、変わっていく。
人間の外見が剥がれ落ち、現れたのは——。
灰色の肌、鋭い爪、赤い瞳。
「魔族……!」
「その通り。俺はこの学園に潜入していた」
魔族が不敵に笑う。
「目的は、器の確認だ」
「器……俺のこと?」
「そうだ。お前が本当に器なのか、試させてもらう」
魔族が襲いかかってくる。
俺は咄嗟に避けようとするが——。
体が、無意識に動いた。
一歩踏み込み、魔族の腕を掴む。
そのまま、完璧な投げ技。
ドスッ!
魔族が地面に叩きつけられる。
「な、何……?」
俺自身が驚いた。
今の動きは、夢で黄金の影に教わった技だ。
「ほう……体術も使えるのか」
魔族が起き上がる。
「面白い。では、こちらも本気で行くぞ」
魔族の体から、禍々しい魔力が溢れ出す。
「くっ……」
俺は杖を構えた。
でも、魔法を使えば暴走する可能性がある。
「どうする、器よ?」
魔族が魔法弾を放つ。
俺の右目が光った。
魔眼が、魔法弾の軌道を完璧に読み取る。
『左に三歩、そこから右に回避』
体が指示通りに動く。
魔法弾を完璧に避けた。
「魔眼で軌道を読んだか!」
魔族が連続で攻撃してくる。
でも、俺の魔眼は全てを見抜く。
避ける、避ける、避ける。
「くそっ!」
魔族が苛立つ。
その隙を、俺は見逃さなかった。
踏み込み、一撃。
黄金の影に教わった、完璧な打撃。
ドゴッ!
魔族が吹き飛ぶ。
「ぐはっ……!」
「どうして……こんなに強い……」
魔族が信じられないという顔で俺を見る。
「お前、本当に新入生か?」
「俺にも……分からない」
俺は自分の手を見つめた。
なぜこんなに動けるのか。なぜ魔眼が使えるのか。
全てが、不思議だった。
***
「そこまでだ」
凛とした声が響いた。
振り向くと、剣を抜いたリゼが立っていた。
「兄さん、離れて!」
リゼが魔族に斬りかかる。
光の魔力を纏った剣が、魔族を追い詰める。
「ちっ……勇者の末裔か」
魔族が後退する。
「今日はここまでだ。だが、覚えておけ」
魔族が俺を見つめる。
「お前は、間違いなく器だ」
「そして、封印は不安定になっている」
「もうすぐ、世界は動く、人間たちよ震えろ!」
そう言い残して、魔族は消えた。
***
「兄さん、大丈夫!?」
リゼが駆け寄ってくる。
「ああ、なんとか……」
「今の、魔族だよね。どうして学園に……」
「分からない。でも、俺を狙ってた」
俺はリゼに、魔眼のことを話した。
真実を見抜く眼。魔族を看破したこと。
「兄さん……魔眼を習得したんだね」
リゼは驚いていたが、すぐに真剣な顔になった。
「なら、もっと危険な目に遭うかもしれない」
「私が守る。絶対に」
「リゼ……」
「兄さんは、私の大切な血の分けた兄妹だから」
妹の強い意志に、俺は胸が熱くなった。
「俺も強くなる」
「この力を、ちゃんとコントロールできるようになる」
「うん。一緒に頑張ろう」
二人で校舎に戻る。
***
その日の午後、約束通りエリカと図書館へ行った。
「カイ、なんか顔色悪いよ?」
「あ、ちょっと色々あって……」
「そっか。無理しないでね」
エリカが本を積み上げる。
「それで、今日は魔眼について調べようと思って」
「魔眼?」
「うん。カイの右目、時々光ってるでしょ?」
エリカは鋭い。
「もしかして、魔眼が覚醒してるんじゃないかって」
俺は少し考えて、エリカにも魔眼のことを話した。
「やっぱり!」
エリカが目を輝かせる。
「魔眼って、すごく稀な能力なんだよ。特に真実の魔眼は、何百年に一度しか現れない」
「そうなんだ……」
「でも、使いこなすのは大変らしい。ほら、この文献」
エリカが古い本を開く。
「魔眼の使用者は、精神的な負担が大きい。真実を見すぎて、心が壊れることもあるって」
「そんな……」
「だから、コントロールが大事なんだよ。意識的に発動と解除を切り替えられるようにならないと」
エリカが真剣な顔で言う。
「カイ、一緒に練習しよう。私も手伝うから」
「エリカ……」
「なんでそんな顔をするの?友達でしょ?」
その言葉に、俺は救われた。
***
その日の夜、俺は自主練習をした。
魔眼の発動と解除。
何度も繰り返す。
『発動』
右目に意識を集中。世界が別の色で見える。
『解除』
意識を緩める。視界が元に戻る。
最初は時間がかかったが、徐々に早くなっていく。
「よし……慣れてきた」
汗を拭いながら、俺は空を見上げた。
星が綺麗だ。
「父さん、母さん……見てますか」
「俺、少しずつ強くなってます」
風が、優しく答えるように吹いた。
***
その夜の夢。
いつもの暗闇が、さらに鮮明になっていた。
建造物がはっきりと見える。古代の神殿のような場所だ。
「よく来た、器よ」
紫黒の影が、以前よりもはっきりとした姿で現れた。
美しい顔立ち。知的な瞳。威厳のある立ち姿。
「今日、お前は魔眼を使いこなした」
「はい……まだ完璧じゃないですけど」
「十分だ。よくやった」
影が俺の頭に手を置く。
「お前の成長は、我が予想を超えている」
「それは……あなたが教えてくださるから」
「我か……」
影が微笑んだ。
「お前は、我のことを覚えていないな」
「はい……すみません」
「謝る必要はない。それが器の運命だ」
影が遠くを見つめる。
「だが、いずれ思い出す。全てを」
「その時が来るまで、我らは導き続ける」
「ありがとうございます……先生」
影が驚いたような顔をした。
「先生、か。悪くない響きだ」
そして、優しく笑った。
***
「小僧、上達したな!」
黄金の影が現れる。
「今日の戦い、見事だった」
「ありがとうございます」
「だが、まだまだだ。もっと強くならねば」
黄金の影が俺の前に立つ。
「今日は、気を使った攻撃を教える」
「気を……攻撃に?」
「そうだ。気を拳に込めれば、破壊力が何倍にもなる」
影が拳を握る。
黄金の光が、拳に集まる。
「見ろ!」
影が空中を殴る。
ドォンッ!
空気が爆発したような音。
「すごい……」
「お前もできる。やってみろ」
俺は拳を握り、気を集中させる。
体の中を流れる温かい力を、拳に集める。
「そうだ!その調子!」
拳が、ほんのり光った。
「できた……!」
「よし!その感覚を忘れるな!」
黄金の影が満足そうに頷く。
「お前は、確実に強くなっている」
「我が誇りだ、小僧よ」
その言葉に、俺は涙が出そうになった。
「ありがとうございます……先生」
「先生か。ガハハ、いい響きだ!」
影が豪快に笑う。
「よし、また明日だ!しっかり休め!」
「はい!」
***
翌朝、俺は爽やかな気分で目覚めた。
体が軽い。心も軽い。
「よし、今日も頑張ろう」
窓の外を見ると、学園が朝日に照らされていた。
美しい光景だ。
でも、俺の魔眼は感じ取っていた。
この平和が、いつまでも続くわけではないことを。
封印が揺らいでいる。
世界が、動き始めている。
「でも、俺は負けない」
「先生たちが教えてくれた力で、守ってみせる」
俺は拳を握りしめた。
***
理事長室。
グラディウスが、報告書を読んでいた。
「魔族の侵入……そして、カイ君がそれを撃退」
「魔眼も覚醒し、体術も習得している」
理事長は椅子に深く座った。
「予想以上だ。器の覚醒が、こんなに早いとは」
「しかし、理事長。このままでは魔族の襲撃が激化します」
部下が進言する。
「カイ君を保護すべきでは」
「いや」
理事長が首を振る。
「彼には、実戦が必要だ」
「戦いの中でこそ、器は成長する」
「だが……」
「もちろん、見守りはする。死なせるわけにはいかない」
理事長が立ち上がる。
「カイ・アストラル……お前は器として、完璧に目覚めつつある」
「だが、まだ全てではない」
「真の覚醒には、もう一つ——大きな試練が必要だ」
窓の外、遠くの山の方角を見つめる。
そこには、封印の祠がある。
祠が、微かに光っていた。
---
【第3話:完】
次回、第4話「妹との模擬戦、無意識の一撃」に続く。
カイとリゼの兄妹対決——その結果は……!?
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