第2話 おバカ貴族とバカサル

 ヴェズィラーザム家の屋敷から、何かが爆発音と共に飛び出した。

 城下町を巡回していた衛兵二人は、空を舞うその「黒い影」を見上げ笑う。


「おっ、今日も飛んでんなー。カサル坊! 」

「ああ……今日は一段と高く飛んでるな」


 彼らの視線の先には、風を纏って優雅に着地する、ゴシックドレス姿の美少年──カサル・ヴェズィラーザムの姿があった。


 彼は石畳の上に降り立つと、まるで汚いものを避けるかのように、ドレスの裾を摘まみ上げた。


「んー、我ながら完璧な着地だと評価してよかろう」


 カサルは独りごちると、懐から扇子を取り出し、パタパタと仰ぎ始めた。

 ただ扇いでいるだけではない。彼が扇ぐたびに、周囲の砂埃が魔法的な風圧で吹き飛ばされ、道行く人々のカツラやスカートが盛大にめくれ上がる。


「うわっ、ワシのカツラがッ!」

「きゃあ!?」


 市場は一時騒然となったが、犯人がカサルだと分かると、人々の顔から怒りは消え、代わりに「生暖かい諦め」の色が浮かんだ。


「なんだ、バカサル様か……」

「今日も元気だねぇ。綺麗な顔して、頭の中身は綿菓子なんだから」


 行き交う領民達に手を顔の横にもってきて挨拶をしながら、子供が横切ればその目線に立ち挨拶をした。


「息災か。未来の宝たちよ」

「カサルマン!! カサルマン!! 」


 カサルが降り立てば、すぐさまそこは子供達によって埋まる。始めてカサルを見る子供は、指を指して「アーアー」と興味深げに彼を見た。


「こらっ、指をさしちゃいけません。馬鹿がうつりますよ」


 そんな興味を何とか防ごうと、城下街の親たちはカサルガードをしようとするが、目につけば子供は全員カサルの下に集合して風魔法の虜になった。


 それを忌まわしそうに見る親たちの視線など、カサルにとってどこ吹く風である。笛を吹いていないのに、子供達が集まる。それがカサル・ヴェズィラーザムという美少年だった。


 カサルは衛兵たちの前まで歩いてくると、尊大な態度で道を塞いだ。


「おい、そこの下僕たち」

「……はい。なんでしょう、カサル様」


 衛兵は慣れた様子で、棒読みの敬礼を返す。まともに相手をしてはいけないと、新人研修で教わっているからだ。


「この辺りで、ビキニの似合う踊り子を見かけなかったか? 肌の露出度は高ければ高いほど良い」


 真昼間の大通りで、貴族の長男が堂々と発する言葉ではない。

 衛兵はこめかみを押さえた。


「……見かけておりません。それにカサル様、本日はお誕生日でしょう? 屋敷にお戻りにならなくては、イザーム様が……」


「父上など放っておけ。それより、無能な貴様らにとっておきの情報をやろう」


 カサルはニヤリと笑うと、衛兵の肩に手を置いた。


「風の噂によると、この先の草原に『賢者の石』が落ちているらしい。拾ったら不老不死になれるぞ? フーーーハッハッハッハッハ!」


 意味不明な供述を残し、カサルは黒い日傘を開くと、スキップ混じりの足取りで城門を抜けていった。

 残された衛兵たちは、顔を見合わせる。


「……賢者の石? 」


「ほっとけ。どうせまた、綺麗な石ころか何かを見つけて『賢者の石だ!』とか騒ぐつもりだろ。前にもあっただろう、手頃な木の枝を拾って『ミステルティンだ!』って吼えてた時が 」


「違いない。……はぁ。ヴェズィラーザム家も、弟のザラ様がしっかりしているのが唯一の救いだな。カサル様はその……将来食事に困ってたら、飯にでも連れってやりましょう」


「ああ。変な子だが、妙に憎めないんだよな」


 衛兵たちは憐れむようにカサルの背中を見送った。

 そんな視線に気がつきつつ、カサルは笑って城下町を華麗に出て行った。


 そうして一人、街道へ出た瞬間──カサルの足がピタリと止まる。

 ヘラヘラとした笑みが消え、アメジストの瞳が鋭く上空を射抜いた。


「……今日は風が騒がしいな」


 語り掛ける春風の中に、微かな、しかし決して無視できない「血と鉄」の匂いが混じっていた。

 今日の散歩は、どうやら退屈しそうにない。

 カサルは日傘をくると回し、不穏な風が吹く方角へと歩き出した。

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