第23話 おバカ貴族とツルハシ景気

『讃美歌詠唱式ツルハシ』の貸し出しが始まって、三カ月が経とうとしていた。

カサルはエディスの宿題をこなしながら、空賊稼業を続けるマリエ達と空を股に掛けていた。

同時に、ヘルメスから送られてきた大量の銀貨を元手に、第二のヘルメスとなる人物を各地で探してもいた。


だが、残念なことに開業資金をそのまま持ち逃げする人間や、商才のない人間ばかりで、第二の成功者は現れてはいなかった……。


そんな折、ヘルメスから一通の手紙が届く。


『旦那! せっかく立てた店が、ギルドの連中に潰されそうでさぁ! 助けてくだせえ! 』


短いが必死さの伝わる筆跡に、レモンスカッシュを吸い上げていたカサルは思わず吹き出してしまう。


「ブフッ! ……クククッ……あー…もうなんなのだ。優雅なティータイムにこんな無粋な手紙を寄越すな」


艦橋の特等席からカサルは立ちあがり、ハンカチで口を拭う。

口では文句を言いつつも、その瞳は楽しげに輝いていた。


「何か面白いことでも書いてあったのですか? 」


リヒャルトラインが本から顔を上げて微笑む。


「ヘルメスの店が大変らしい。……また古い連中が騒ぎ出したようだ」


「まぁ大変。マリエ、急いで助けに行ってあげますか? 」


「そうだねぇ。彼がいなくなると、私達また『盗んで売る』までやらなきゃいけないし。……よし、エルドラゴへ全速前進!」


「久しぶりのエルドラゴだ! 土煙の街だ! わーい!」


ゾーイも賛成し、航空船の進路は再びエルドラゴに向けられた。

エルドラゴへ到着すると、今回は隠れる必要はなかった。

ヘルメスが稼いだ金で裏取引を行い、正式な『特別交易船』としての入港許可証を手に入れていたためだ。


販売店員としても優秀で、裏工作も卒なくこなす。

未だにカサルの資金源はヘルメスのみ。彼がいなくなれば、カサルはまた『顔だけのごく潰し』に逆戻りである。つまり今回の救援は、カサルのプライドを守るための聖戦でもあった。


空港に降り立った彼らを出迎えたのは、強烈な威圧感だった。

エントランスに敷かれたレッドカーペットの上で、仁王立ちする長身の影。


「遅い! もっと早くこんか!! 」


ビリビリと大気が震えるような声が響き、観光客たちが委縮する。


「……出迎えご苦労、ミス・エディス」


「エルドラゴに帰ってきたなぁ」


マリエがボソッと呟いた。ここにいれば、面倒ごとが向こうからやってくる。眠らない街と言うより、眠らせてくれない街だ。


「まずはエルドラゴの発展に寄与してくれたこと、領主代行として感謝しよう! 」


彼女の背後には威光がピカッー! と光輝いている。

カサルのツルハシのおかげで、エルドラゴの景気は前年以上に急成長していた。

未開拓の需要を掘り起こした『ツルハシ景気』は、国の視察団が訪れるほどの活況を呈している。


それを象徴するように、エディスを飾る宝石も普段の三割増しだ。

もはや「服に宝石がついている」のではなく、「宝石にドレスがついている」ような豪奢な姿に、マリエ達は目を細めていた。


「相変わらず盗まれて欲しそうな服!」


ゾーイがあっかんべーをするが、エディスの頭上から放たれる眼光には敵わない。

太陽のように眩しいエディスの眼差しに、日陰者のゾーイは委縮してマリエの背後に隠れた。


「マリエ、お前達に用はない。捕まる気がないなら後ろに下がっていろ」


「アハッ。カサルちゃんを独り占めしたいんだ」


「あっ゛? ……死刑にされたいのか? 」


バチバチと太陽と暗黒がぶつかり合う中で、板挟みになっているカサルは溜息をついた。


「エディス。挨拶はその辺にしておけ。……鍛冶屋ギルドの件だろう?」


カサルの言葉に、エディスは咳払いをして向き直った。


「察しが良くて助かる。……そうなのだ、私は今大変困っている」


エディスはわざとらしく項垂れ、悲劇のヒロインのようなポーズをとった。


「小芝居はよせ。言われずとも協力する。……だが、なぜお前が動かん? 領主権限でギルドを黙らせればいいだろう」


「それが出来れば苦労はしない。奴らは『職人の権利』を盾にしている。私が権力で潰せば、街の全職人がストライキを起こすだろう。……だから、お前のような『外部の劇薬』が必要なのだ」


エディスはキッパリと言い切り、レッドカーペットの上を歩き出した。


「私は表立って動けん。だが、お前が暴れる分には『個人の喧嘩』として黙認してやる。私はいつだって私を幸福にする者の味方だからな」


「人聞きが悪いな。……まあいい、利害は一致した」


「うむ。ではこの私が直々に案内してやるとしよう! 光栄に思え! そして子々孫々に美談として語り継ぐことを許してやろう! セバスチャン! カーペットをひけ! 」


「ハッ! 」


もはや地面を赤く塗ればいいのではと思いながら、カサルたちはエディスの後に続いてレッドカーペットの上を歩き、ヘルメス商店へ向かった。

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