第12話 おバカ貴族と空賊の仲間入り

「そこの二人は同じ空賊のメンバーか」


華奢な少女はゾーイと名乗り、その薄いブラウンヘアは無軌道に好奇心で揺れている。


もう一人の長身の女は、リヒャルトラインと名乗った。操舵手だろうか、プラムブラウン色のロングヘアを靡かせ、凛として舵を切っている。その瞳は知性を宿しながらも、獲物を品定めする猛禽のように鋭く空の向こう側を見ていた。


「安定空域に入りました」


「はーい。ありがとねー」


リヒャルトラインが報告を終えると、お礼の言葉で返すマリエ。何度も繰り返し行われてきた練度の高さが窺えた。


そしてそんな彼女が舵を握る手を離すと同時に、カサルの背筋に悪寒が走った。


リヒャルトラインの向ける視線は、学園で貴族の令嬢たちから向けられてきた熱視線と重なり──いや、それ以上に、獲物を前に舌なめずりをする獣の気配そのものだったからだ。


舵から手を離した彼女は、先ほどの理知的な雰囲気とは打って変わって、ねっとりとした視線をカサルに向けて近づいた。


「マリエ、マリエ。この子、撫でてもよろしいでしょうか。あまりにも可愛くて……食べてしまいたい」


リヒャルトラインは熱い吐息を漏らしながら、目を輝かせ、カサルの周りをゆっくりと回り始める。それはまさに、獲物のどこから牙を立てるか思案する狼のようだと彼は戦慄した。


ゾーイもそれに釣られ、「あーわたしもー!」と、二人そろって警戒するカサルの周りを徘徊し、観察を始めた。


「な、なんだこいつらは……」


困惑するカサルをよそに、マリエは船員の二人にカサルについて端的に説明をした。


「カサルちゃんは今日から私達の仲間になりましたー。二人とも拍手~」


「「わーぱちぱちぱち」」


ゾーイとリヒャルトラインは拍手で彼を歓待した。


オレは何も聞いとらんぞ。どういうつもりだ、マリエ」


「え、いってないもん」


三人から発される熱い視線に、カサルは苛立ちを隠せない。いくら寝起きとはいえ、この、まるで宝石のような瞳も、長い睫毛も、常に完璧な美しさを保っている。それが船員の心を掴んでいることは、彼も瞬時に理解できた。


しかしだからと言って、ココに連れてこられた理由が単なる愛玩であるとは思わなかった。何か深淵な動機があるに違いない、そう彼は信じていたからだ。


「───でも、カサルちゃんの弟さんには許可を貰ったよぉー」


「なに?」


思ってもみない方向から言葉で殴りつけられたカサルは、脳内で幾つかの予測を立て直した。


それからリヒャルトラインとゾーイに撫でまわされながら、カサルはマリエが突きつけた羊皮紙に目を通す。


するとそこには確かに、弟ザラが兄を金貨300枚で売り飛ばす旨の『承諾書』──のような書き置きが記されていた。


マリエがカサルの書斎に残した金貨と手紙に対し、ザラが追手を差し向けることもなく「返品不可」とサインしたのだ。


「あの恩知らずめ……たった三百枚で兄を売るとは何事だ」


口ではそう吐き捨てるカサルだったが、その顔色はどこか明るかった。

弟が、目の上の瘤である自分を始末し、さらにその対価に金貨300枚もマリエから巧みにせしめたからだ。


十六歳の弟が自ら考えて行動に移したとすれば、むしろ兄としては褒めるべき優秀さだ。巧く使えば、ザラは18歳で領主に襲名すると同時に素晴らしいスタートダッシュを切ることができるだろう。ヴェズィラーザム家の未来は実に明るい。


「そうか……オレはもう必要ないか。クックックック……ハッハッハッハッハッ。良かろう、最後の祝い金だ。売られてやるとしよう」


そう言って哄笑するカサルを、可愛く思ったのかマリエも二人のようにカサルを撫でようとするが、カサルはそれを拒否した。


「お前はダメだ。蕁麻疹が出る」


「えぇ!? 」


マリエはそれにしゅんとしながらも、下げた手を胸元で小さく握りしめる。三人の中で彼が仲間になった事を一番喜んでいるのは、何よりもマリエで間違いなかった。


「てことで今日はカサルちゃんの歓迎パーティーを開くよー」


三人が拍手喝采で盛り上がるなか、しかしそれに囲まれているカサルは不機嫌の極みだった。家族の不義理は措いておくとしても、売られた先が問題だったからだ。


貴族である自分が盗人に売られ、同じ盗人になるなど、プライドが許さない。盗人とは、他者からモノを盗むということ。


それはつまり……「労働」と本質的に変わらないではないか!


その思考に至った瞬間、カサルは全身に稲妻が走った。


「我は決して空賊になどならん!」


「えーどうしてー?」


「貴族は働かないから貴族なのだ! オレは貴族のプライドまで捨てた覚えはない! 」


貴族のプライド、それは即ち「絶対に働かないぞ」という鋼鉄の意志に他ならなかった。地下施設で食料生産を領民に頼らず全自動に拘ったのも、自分が働いているという自覚を持ちたくなかったからだ。


───しかしその点で言えば、むしろこの空賊団は、彼のためのプラチナチケットと言えるかもしれなかった。


「大丈夫だよ。カサルちゃんは皆で養うからね」


マリエの何気ない一言が、カサルの思考回路の奥深くに、これまで経験したことのない福音のような音を響かせる。


決して聞き間違いなどではない。脳内を走査する膨大な情報が一瞬で収束し、再確認が完了する。

彼女は間違いなく、自分を養うと言った。


「……ほう? 詳しく」


それを聞くや否や、彼の態度は急変した。


彼は衒いの無い笑顔を向け、彼女に最大級の好意を持って接することが、今しがた脳内で全会一致の可決となったのである。もはやマリエが泥棒であろうと、人殺しであろうと、どんな一級犯罪者であろうと、彼の前には些末な問題に過ぎない。


彼女は貴族であり続けること──即ち「不労」を認めてくれた。

それだけでカサルはマリエの全てを許し、受け入れることができた。

他の二人も同様なのか確認の目配せをすると、二人も、慈愛に満ちた笑顔で頷いている。


働かなくてよい。つまり、貴族精神のままでいられる。しかも、この航空船の中なら、いつでもどこでも好きな場所で研究ができる。これ以上ない最高の環境ではないか。


彼は初めて、自分の居場所を見つけたような気がした。


「ほう……まあ。それなら……いてやらんでもない。まずはその、歓迎パーティーとやらでオレを持て成すがいい。……ところで、この空賊団の名前は決まっているのか? 」


彼はこれから始まるであろう空賊ライフヒモ生活に胸を高鳴らせていた。

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