09.その残滓

「申し訳ないが、謁見は明日にしてくれないか」


 王宮の城門に立つ門番の、第一声はこれだった。アリスティドとナディアは顔を見合わせる。


「クラッソ村の神父様から、書状を預かっているのですが」

「建国祭前で謁見の申し出は、いつもの倍以上あるのさ。明日また出直しな」

 

 ナディアが口を開いた途端、またか、と呟きながら門番はそう言った。どうやら何度も同じやり取りをしているようだ。手で帰れと促される。


(これはもう取り合ってもらえないな)


 仕方なく引き返そうとしながらナディアを見ると、笑顔が引き攣っていた。これは止めなければ……まずいのでは?

 門番の身の危険を案じ、アリスティドは止めようとする。そんなナディアは手を口元へ当て、一歩前に出る。


「左様でございますの。ではまた明日お伺いいたしますわね、おほほほほ」

「すまないな。次!」

「……ご機嫌よう」


 ナディアは門番を睨むようにして踵を返してずんずん進んでいく。アリスティドもそれに続き階段を降り始めた。


「あの門番……あんなに怒らなくてもいいのに! ねぇアリス」

「えっ? あ、あぁそうだな」


 怒っているのはナディアでは? と疑問が浮かんだが、口にしたら怒られそうだったのでやめた。

 歯切れの悪い返事を聞いて、怒りの矛先がアリスティドへ向く。


「なに、なんか言いたいことでもあるの?」

「いや……ナディアがあのまま喧嘩始めたらどうしようかと」

「私もう良い大人よ? そんなことしないわ。ねーメル」


 と言いながら腕を組んで、口はへの字に。話しかけられたメルはきょとんとしている。

 アリスティドはどうしようかと考えた。


「とりあえず宿に行こうか?」

「そうね、早く荷物置きたいし、甘い物でも食べに行きたい気分だわ」

「そうするか」

「あい!」


 ナディアの返事に苦笑しつつ、商業地区へ戻ることにした。


(開封しちゃった手紙を見られる心の準備は、少しくらいありそうだな……)


 アリスティドの胃は再びキリキリとしだした。



 商業地区にある宿に着いた一行はそれぞれ別行動することに。ナディア、メルは甘い物を探しに出掛けて行った。


「今はもうめちゃくちゃ甘いのが食べたいの。メルも観光がてら、一緒に行きましょ。アリスは?」

「僕は調べたいことがあるからいいや。確か、図書館があったよな?」

「あるわよー。あそこは本当に広いから迷子にならないようにね」

「ねっ!」


 こんな会話を終えて、アリスティドは1人外を歩き出す。


「さてと……」


 ずっと気掛かりであった《恒久の森が燃えた》こと。この目で見たはずなのに、誰も知らないこと。

 なにか分かるとすれば、王都の方が詳しく調べられそうだと思った。恒久の森は、生態系や歴史などの書物が発行されているからだ。


 大通りを進んで行くと、商業地区の中でも一層古い石造りの建物が見えてくる。

 丁度建物全体が日陰に覆われるように図書館はあった。屋台のある通りとは違い、人通りも少ない。


 頑丈そうな重い扉を開け、中に入る。

 湿った空気と古い紙の匂いが鼻を抜けた。


 受付でおおよその場所を教えてもらい、奥へと進む。埃を被っているものや背表紙が擦れているものなど、古い本が目立つ。

 ズラリと並んだ本棚から数冊取り出し、読み始める。


(……何か手がかりでもあれば良いけれど)


 外から時折子ども達の笑い声が聞こえる中で、頁を捲る音だけがアリスティドの耳に届く。

 3冊目も中盤に差し掛かった頃――目に入った文に、手が止まる。


『恒久の森には、精霊を束ねる女王の間に繋がる異界の扉がある。まるで童話の舞台のような、それはそれは美しい場所だそうな』


「……? なんだこれ……」


 幼い時から恒久の森について色々聞かされてきたが、こんな話聞いたことも無かった。

 妙に気になり次の文章を読もうとした時。


「おい」


 とても冷たく、凍りつきそうな低い声が辺りに響いた。アリスティドはその声に肩を跳ねさせ、心臓が高鳴る中、ゆっくりと顔を上げる。


 歳は20代半ば、といったところか。若いが、かなり落ち着いた雰囲気をした青年が立っていた。

 片目を隠した黒髪と、黒色のローブが冷たさを加速させている。左胸には金色のバッジが、光を反射して煌めいていた。


 アリスティドが反応できずに固まっているのをみて、溜息混じりに黒髪の青年は再び口を開く。


「お前に話かけているのだが? 口が利けないのか?」

「……い、いえ。すみません……周りに誰もいないと思っていたので、驚いてしまって……」

「ふん、……そうか」


 口調も非常に冷たいこの青年は、アリスティドをじぃっと見つめている。


「あの……なにか?」

「お前、それはなんだ」

「へっ?」


 指を刺された。読んでいる本のことだろうか?

 表情で不機嫌そうな青年の気配を察知し、アリスティドは口を開いてみる。


「えっと……恒久の森の書物を」

「違う。本のことではない。貴様のその《残滓》のことだ」


 そう言いながら青年は自身の人差し指を、アリスティドの左肩に当てた。


 瞬間、桃色と漆黒の閃光が、左肩を起点に円状に広がった。


 アリスティドと青年は体を抜ける閃光と風に反応し、思わず目を瞑る。

 次に目を開けた時には、先程同様の暗く静かな図書館があるだけだった。


「な……なんすかこれ」

「知るか。ただ一つ言える事がある」


 ごくりと息を呑んだアリスティドは、青年の吸い込まれそうな金色の瞳を見つめる。


「お前が、ということだ。身に覚えは?」

「……ないですが」

「だろうな。お前の魔力は人並みか、それ以下にしか見えん」


 高圧的な口調に加えて、密かに気にしていた魔力量にも触れられ、アリスティドは苛立ちを感じ始めた。


「あの、アンタなんなんですか」

「あ? あぁ……人は話しかけた奴から名乗るのが筋だったな」


 良く分からない言葉を並べながら、青年は続けた。


「俺はゼフィール。王立精霊魔術研究所の――所長をやっている」

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