013 - かーまさん -

013 - かーまさん -


「ミアさん、今夜は一度実家に帰りますか?」


僕は隣を歩くミアさんに尋ねた。


「うん、妹の様子を見たいからお願いできるかな?」


「了解!」


僕達は拠点となるお店、「マリアンヌの食堂」を買う為に手付金として金貨10枚をお婆さんに渡した帰り道だ。


役場への書類提出や名義変更の手続きは息子さんが同席してやってくれると言う、でもその前に僕はやる事があるから5日ほど待って貰った。


今の僕の身体は元々ロリーナのもので、ロリーナはメルト帝国の森・・・サウスウッド大森林で毒竜に襲われている。


一緒に森に来ていた2人のハンターがロリーナの死亡届をギルドに出している可能性が高いのだ、下手をすると僕は身元不明の不審人物として捕まりかねない。


「身分証を再発行しないと・・・でもハンターギルドで怒られるの嫌だなぁ・・・」


僕はシリィの街のハンターギルドで怒られて泣いてるミアさんを見ている、あれが僕の身に起こるかもしれないのだ、憂鬱にもなる。








僕は帰り道にあるハンターギルドに立ち寄り持っている身分証が失効していないか受付に問い合わせた・・・結果は死亡届が出されていて再発行が必要だと言われてしまった。


コンコン・・・


「ギルド長、連れて来ました」


「入りなさい・・・」


生存確認の為に謎水晶に手をかざした後、受付のお姉さんの案内でギルド長室に入る・・・これからお説教タイムだ。


窓を背にして部屋の中に立っていたのは30歳半ばくらいに見える魔法使いのローブを着た背の高い男性・・・銀色の瞳、背中まである真っ直ぐな銀髪、目つきは鋭く冷酷そうな薄い唇・・・イケメンだけど凄く怖い!。


じろり・・・


お部屋に入った僕を不機嫌そうに見下ろす男・・・この人がギルド長?、シリィの街のギルド長は筋肉モリモリで怖そうだったけれど目の前のイケメン魔導師は別の意味で恐ろしい。


「そこに座ってフードを取り、顔を見せたまえ」


思わず涙目で挙動不審になっている僕にギルド長が座れと言う。


「はい・・・ぐすっ」


ソファに座り言われた通り目深に被ったフードを脱いだ。


ぱさっ・・・


「まぁ・・・まぁまぁっ!、可愛いダークエルフのお嬢ちゃんね、その怪我は痛そうだけど大丈夫なのぉ!」


予想外の言葉が返ってきて僕は頭の中が真っ白になった、何だこの人・・・。


「ギルド長・・・ロリーナさんが戸惑っています」


受付のお姉さんが冷ややかな声でギルド長に言う。


「あらごめんなさい、あまりに可愛かったから思わず「素」の私が出ちゃったぁ!」


「・・・」


「驚かせてごめんなさいね、私の名前はカルマ・カメレオーンって言うの、この街のハンターギルド代表よ、カーマって呼んでねっ!」


戸惑いながらも僕は自己紹介をする、カーマさんも自分の事について説明してくれた。


彼は身体は男性だけど心は女性らしい、街の大半の人達はこの事を知っているけれど初対面の人が驚かないように最初は男性として接しているそうだ・・・。



・・・


・・・


「・・・というわけです、ごめんなさい」


「あらぁ・・・お名前の詐称は感心しないわねぇ・・・でもそんな理由があるのなら今回は大目に見てあげるわっ!」


僕は事前にロリーナと話し合った設定をギルド長に説明した。


僕の本当の名前はリーナ、僕にはロリーナという双子の妹が居て時々入れ替わっていた・・・サウスウッドの森で毒竜のブレスを浴びたのは僕・・・リーナの方で、ロリーナは訳あって肉体を捨てて精霊になっている・・・。


「精霊がハンターをやっていると大騒ぎになると思って人と話す時はリーナ、魔物と戦うのはロリーナが担当していました・・・」


「ロリーナちゃんは今ここに居るのかしら?、近くにとても強い魔力を感じるわ」


これも想定通りだ、ハンターギルドの建物へ入る前にアイテムボックスから出して姿を消して貰っていたロリーナに合図する。


「はい、僕の後ろに居ます・・・ロリーナ、出てきて」


しゅっ・・・


何も無い空間に光の粒が集まって僕とお揃いの服を着たロリーナの姿が現れた・・・一目で精霊と分かるように少し透けて貰っている。


「・・・私もハンター歴は長いけど精霊なんて初めて見るわ、ダークエルフとお話しするのも今日で2回目ね」


カーマさんが目を見開いてふよふよと浮かんでいるロリーナを見ている。


「こんにちはギルド長さん・・・私の名前はロリーナよ、リーナお姉ちゃんと時々入れ替わっていた事は謝るわ」


「ロリーナはハンターになるのが夢だったの、でも精霊になってしまったから・・・もし可能なら僕とロリーナの身分証を別々に発行できないですか?」


カーマさんはこめかみに指を当てて深刻そうな顔をしている・・・もしかしてダメとか?。


「精霊がハンター登録っていうのは前例がないのよ・・・っていうか精霊自体が物凄く珍しいから貴族に見つかるとまずいわね・・・」


「ギルド長も「一応」貴族じゃないですか・・・」


隣で話を聞いていた受付のお姉さんが呆れたようにポツリと呟いた、この人貴族なの?。


「人間のフリをしますから・・・」


「・・・」


「・・・」


気まずい沈黙が流れる・・・。


「分かったわ・・・それだけ魔力量があるのなら強いわよね、この街のギルドに貢献してくれそうな人材だから今の話は聞かなかった事にするわ、今日ギルドに2人のダークエルフがやって来て一人はハンター証を再発行、もう一人は新規登録をした・・・これでいいかしら?(ニヤリ)」


顔を上げて僕とロリーナを交互に見比べながらカーマさんが悪い笑顔で言った、話の分かるギルド長で良かったよ・・・。


「はい、頑張って街に貢献します!」


・・・




・・・


「驚いたわね、双子でも魔力の波形・・・魔紋は違う筈なのに完全に同じだわ、ダークエルフってみんなこうなの?」


「いえ、そこまではよく分からないです・・・」


あれからギルド長室に謎水晶を持ち込みロリーナの魔紋を記録してハンターの登録を行った・・・元々僕の身体はロリーナだったのだから2人の魔紋が同じ可能性はあったのだけど、完全に一致するとは驚きだ。


「じゃぁこれで手続きは終わりね、3日後にハンター身分証が出来るからまたギルドに来て頂戴」


「はい、ありがとうございます」


僕は再発行の手数料と新規登録料・・・銀貨5枚と銅貨3枚を支払い、ロリーナをアイテムボックスに収納してギルドの建物を出た。


ちなみにミアさんは一人で放置するとトラブルに巻き込まれそうだったので先にボックスの中に入って貰っている。









・・・


「お母さんどうしたの!」


薄暗いお部屋にミアさんの声が響いた。


その日の夜、メルト帝国にあるミアさんの実家にお邪魔するといつもと様子が違う。


ミアさんがお母さんに駆け寄り顔を覗き込むと・・・頬は殴られたのか痣になっていて唇の端も切れていた。


シアちゃんはお母さん・・・ティアさんの後ろに隠れて不安そうだ、僕がティアさんに近寄り治癒のスキルを使うと痣や傷は綺麗に治った。


ティアさんによると今日のお昼頃にスキナンジャー商会長の使いだという人物が訪ねて来てシアちゃんを買いたいと申し出たそうだ。


当然ティアさんは激怒して断った、口論しているうちに掴み合いになり顔を殴られてしまう・・・騒ぎを聞きつけた近所の人達が家の周りに集まって来ると商会の者は「また来る」と言って出て行った・・・。


「シアの体調が良くなったから最近は近所にお使いを頼んでいたの、お店でたまたま取引に来ていた商会長に出会って目を付けられたようで・・・」


「あのクソ野郎・・・」


僕の後ろでロリーナが静かに怒っている、スキナンジャー商会の会長・・・ロリーガという男はシアちゃんやロリーナくらいの見た目の子供が好みのようで、ロリーナが居なくなって代わりの子供を探していたようだ。


そこに運悪くとても可愛らしい容姿のシアちゃんが現れた、部下に調べさせると貧困層が住んでいる区画に姉と母親の3人暮らし、金で買えないか・・・そう考えたらしい。


「あいつは欲しいと思った物は必ず手に入れようとするわ、どんな方法を使ってもね・・・」


ロリーナが吐き捨てるように呟くとティアさんとミアさんが絶望的な表情をする。


「あの・・・今お仕事は何を?」


ティアさんの代わりにミアさんが僕の質問に答えた。


「お母さんは表通りの飲食店で長く働いていたの・・・でも店主のおじさんが事故で亡くなって息子に代替わりしたら・・・」


とても言いにくそうだ・・・でも何となく想像できる。


シアちゃんに自分のお部屋へ戻るように言ってからティアさんが説明を続けた。


「新しい店主に言い寄られたんです・・・断ったらお前はクビだもう来なくていいと・・・」


ティアさんの外見は薄幸の未亡人といった雰囲気でゆるく波打つ淡い栗色の髪が庇護欲をとてもそそるし10代後半の娘がいるようには見えない。


お仕事を辞めさせられたのが1年前、ティアさんはその後も働ける場所を探していたけれどその頃からシアちゃんの体調が悪化して看病に追われ、収入はハンターになりたてのミアさんを頼るようになったのだとか。


僕はロリーナの顔を見る・・・ロリーナも僕が言いたい事を察したのか黙って頷いた。


「この場所に住んでたら危険です、身の回りのものを持ってしばらく家を出ませんか?」


僕の提案に最初は戸惑っていたティアさんもミアさんに説得されて貴重品をまとめ始めた。


「あまり物がないので恥ずかしいのですが・・・これだけです」


ティアさんの目の前には少し大きいバッグが一つ、中には旦那さんの遺品と着替え、この家の権利書と少しのお金が入っているそうだ。


ミアさんとシアちゃんも手荷物を持って食堂にやって来た、ミアさんは着替えと小物、シアちゃんは机の上に飾ってあった木の実や綺麗な石とお洋服だ。


僕はお部屋を回って家具をアイテムボックスに入れる、机、椅子、本棚・・・僅かな時間でお家の中が空になった。


次にアイテムボックスの中に作った部屋を拡張してこの家の間取りを再現する、全部で4部屋だ。


「え・・・ここは・・・」


「凄い!、真っ白なお部屋だぁ!」


全員をアイテムボックスに収納するとティアさんは驚きのあまり呆然とし、シアちゃんは楽しそうに走り回っている。


「クソ野郎がシアちゃんを諦めるまで行方不明になりましょう、近所の人達への挨拶は・・・」


僕の言葉を遮ってティアさんが話す。


「周りの家とはあまり深くお付き合いしていなかったので大丈夫です」


「それなら問題無いですね、とりあえず今夜からヴェンザ帝国のヴロックという街に滞在します」


・・・







・・・


・・・


その日の夜はアイテムボックスの中で全員眠った、夕食は駄女神がくれた食料を提供したらとても喜ばれた。


翌朝早く、ミアさんのお部屋に隠していた「箱」から外の様子を眺めていると、数人の男がミアさんの部屋に押し入り完全に何も無い状態の室内を見て戸惑っていた。


「危なかったね・・・あと1日遅れてたらシアちゃんを連れて行かれたかも・・・」


僕の言葉を聞いたティアさんが泣きそうな表情になり、ロリーナがお部屋を物色する男達を冷ややかな目で眺めながら言った。


「シアを諦めたとしてもクソ野郎をなんとかしない限り解決しないわ・・・街に可愛い幼女は沢山居るから次に目を付けられた不幸な子が犠牲になるでしょうね」


「何とかできないかな?」


「貴族が相手だから無理よ、このアイテムボックスの中に閉じ込めてもいいけれど一番に疑われるのはロリーナの姿をしたリーナね、貴族を害した罪は重いから他国に逃げたとしてもハンターギルドを辿って追われるかもしれないわ」


悔しいけれど今は遠くへ逃げて身を隠すしかないようだ。










アイテムボックス(0)(駄女神管理)

金貨:沢山

食料:沢山


アイテムボックス(1)

リーナが作った部屋(ティアさん達用に増設):1

中二病くさい剣:1

下着:2組

ミアさんの家から貰ったソファ:1

剣士と魔法使いの服、剣、財布:1

強盗の服、財布:1

ミアさんが買った防具、短刀:1

ミアさんが着ていた服、靴:1

斥候服(ロリーナとネリーザ用):2

ティアさん一家の荷物、家具:1

ティアさん:1

シアちゃん:1

ミアさん:1

ロリーナ:1


アイテムボックス(2)

リーナのう⚪︎こ:少量

ゴミ:少量


アイテムボックス「箱」

1:メルト帝国、大森林(不法投棄用)

2:ミアさんに貸出し

3:メルト帝国、大森林の野営広場

4:メルト帝国リーシオの街、ミアさんの部屋

5:メルト帝国ズィーレキの街、路地裏

6:メルト帝国シリィの街、駅の近くの路地

(仮置):ヴェンザ帝国ヴロックの街、宿の部屋

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