41歳おっさん、風呂キャン系新卒女子を手に入れる。
小鳥遊 ちえ
第一話 勘違い
■
私はお風呂キャンセル界隈の住人だ。
いわゆる風呂キャン。
風呂キャンセル界隈とは、様々な理由から、風呂やシャワーに入るのを止めてしまう人たちの事だ。
ここでまず誤解して欲しくないのは、お風呂が嫌いなわけではない、という事だ。
お風呂に入ると気持ちがいいし、髪の毛や体を洗うと清潔になる。お風呂上りのほかほかするような感覚も好きだ。
だが風呂には入りたく、ない。
何故か。
お風呂に入るまでが、かなり億劫なのだ。
入るまでにはいくつかの壁がある。
お風呂に入ろう、と言う気持ちになるところ。
服を脱ぐところ。
髪を、体を洗うところ。
湯船につかるところ。
私は大体最初でつまづく。
お風呂に入ろう、という気持ちになるところで駄目だ。
めんどくさい、が勝つ。
だから今日も。
入りたくない、と思っている――
「雪乃、お風呂、冷めるわよ~」
母だ。
私は母と二人暮らし。
この春大学を卒業した私は晴れて地元企業に就職した。その際に家から通えるところを重要視していたのは、母の存在がいたからだ。
母は私が中学の時に離婚した。
その後、女手一つで私を育ててくれた。
そんな母に報いたかったのだ。
母に直接そんな風に言ったことはない。
でも、気持ちの上ではそうだった。
明日は仕事。風呂には、入らねばなるまい。
お風呂に入ることは億劫だったが、職場の人たちから風呂に入らないやつめ、と後ろ指を刺されることは嫌だった。恥ずかしかった。
だったらお風呂に入ればいい事なのだがそれも嫌だった。
だから――
■
僕は大の風呂好きだ。四十一歳のおっさんになってこんなのが趣味だなんて乙女に過ぎるかもしれない。
だが気持ちいい。
一日の終わりにはぬるま湯につかりリラックスする。
時には風呂で読書もする。
モテもしないし結婚もしていないので趣味に没頭する時間だけはある。彼女がいたのはいつの頃だったろうか。
世の中便利なもので、風呂場で読書をするためのスタンドやカバーなどが売っているのだ。
それらを駆使し、風呂で読書に勤しむ。それが平日における僕のひそやかな娯楽だ。
土日だともっと大胆で、風呂場でビールを飲んだりする。
ちなみにこれは大変危険な行為だ。だから友人には止められるのだが大変気持ちがいい。
だからビール一杯だけ、と決めていた。もしくはノンアルコールビールで我慢していた。
今日も風呂に浸かりながらビールを一杯、とやっていた。
少しウトウトしながら物思いにふける。
それは春から職場に入った新卒の子だ。
隣の席なのだ。
教育係になっている僕の後輩から色々と教わっているようだった。
あの子に関して、少し気になっている事がある。
それは――
■
「おはようございます」
今日も何とか仕事へ行く。
朝は苦手だった。しかも――朝、風呂に入っていた。正確にはシャワーだ。
昨日も風呂キャンしてしまった。風呂には入りたくなくて夜そのまま寝るのだが臭いと思われるのも嫌で仕方なく朝シャワーを浴びる。
それが私の日常だった。
つまりこうだ。
毎日毎日、ギリギリの時間に起きて朝ご飯もそこそこに出発時間ギリギリにシャワーを浴び髪を乾かして仕事に行く。
前日の夜にお風呂を済ませればいい話なのだがとても――とても、億劫なのだ、お風呂に入るのが。
仕事が終わると食事を済ませスマホみつつゴロゴロ。母にせっつかれるもそのまま寝落ちしてしまい結局朝にシャワー。
というのが私の毎日のルーティーンだった。
我ながらあまりいいモーニングルーティーンとは言えない。
だが、
嫌なのだ。お風呂に、入るのが。
また風呂キャンしちゃったな、などと思いながら職場へ急ぐ。
家が近いので仕事場へは自転車通勤だ。多分その辺で髪は乾く。
時間がないのでドライヤーはそこそこで済ませていた。まぁ、何とかなるっしょ。
隣の席の人に挨拶を済ませて先輩のところへ行く。
今日は新しい仕事を教えて貰える手筈だった。
大丈夫、風呂キャンしてるからって、誰にも迷惑かけてない。
こうして仕事にもきちんと来ているし。
お母さんにも迷惑かけて、ない。
私が風呂キャンしてても世界には何の影響もない――
■
「おはようございます」
隣の席の新卒ちゃんに挨拶される。
会釈した時にひそかに漂う石鹸の香り。生乾きの、髪の毛――
すごい。
毎日、まいにちだ。
この子は毎日。
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