第7話 吸血鬼の少女①
『あなたは人間よね? どうして離界者をかばうようなマネするの』
金髪の少女は自身の腕にヴァンパイアバットを留まらせていた。
ヴァンパイアバットの方も少女に気を許しているようだ。一切の警戒心はなく、されるがまま指先で毛繕いを受けていた。
『愚問。こやつはワシの眷属ぞ? せっかく獲物の血を運んでくれているというのに倒されてはかなわんではないか』
『血を運ぶ……?』
私はゆっくりと立ち上がり、制服についた泥や砂埃を払った。
取り落とした短刀もこっそり拾って後ろ手に隠しておく。
あの金髪の少女は何やら普通ではない。『離界者』を手懐けている時点でそっち寄りの存在だ。まさかとは思うけど、薫子さんが語っていた人型とやらの可能性がある。
『お主らはワシのようなものを吸血鬼と呼ぶそうじゃな? 生き血をすすり、不死の肉体を持つ存在。それはまさしくワシのことぞ?』
今日話したばっかでこんな偶然があるものなのかと私も驚きだ。それに彼女の言葉が本当ならば私なんかで倒せる相手ではない。
ヴァンパイアバット一体仕留めるのに手間取るのに、それを従える相手となると確実に格上。おまけに不死の肉体ときた。
こうなっては仕方ない。相手に敵意がないことを伝えるべきだ。
『ヴァンパイアバットのことは諦めるわ。あなたにも危害を加えないことを約束する。だから、私をこのまま引き退らせてもらえるかしら?』
表向きは冷静に、心の内の動揺など悟らせないよう努めた。
弱気な姿勢を見せたら舐められる。格下だと思われたら何をされるかわかったもんじゃない。
『は? イヤに決まっておろう? どうしてわざわざやってきた獲物を逃さぬばならんのじゃ?』
吸血鬼の少女は私のことを横目で眇め見る。
少し開いた口許から覗く舌と鋭利な牙。私はおぞましくて身震いした。どうやら、あの子は私のことを逃さないつもりだった。獲物だとハッキリ口にしていたし、これはどうにもマズイ状況である。
『……うわぁ、ほんとイヤになるわね……』
自分の不運を呪いたくなった。
このロクでもない人生は何なのか、と嘆かずにはいられない。
『ワシの眷属を傷つけた罰じゃ。おとなしく血をよこすがいい』
ニタリ、と妖しい笑みを浮かべる吸血鬼少女。
『そんなのは……』
私は短刀を仕舞い、代わりにポーチから閃光弾を取り出した。
吸血鬼なら光に弱いのではないか、という淡い期待と逃走の手段。
『お断りよ!』
安全ピンに指を引っかけたその瞬間。
『遅いわ』
吸血鬼少女が一瞬にして距離を詰め、その手を掴んだ。
『え、あ……っ?』
ピンは抜かれることはなかった。私の腕は大きく真横に広げられ、無防備な体を吸血鬼少女にさらすことになっていた。
恐るべき怪力。私のひ弱な力では歯が立たない。必死にもがいて抵抗していたが吸血鬼少女はびくともしなかった。
『さぁ、実食といこうかの』
吸血鬼少女は私の両腕を掴んだまま背後に身を移らせた。
そのせいで腕がより固められてしまって関節がギリギリと悲鳴をあげる。助けの閃光弾も力が抜けてしまったことで手から滑り落ちてしまった。
これは絶対絶命の状況かもしれない。
『ちょっ、やめなさい……!』
吸血鬼に噛まれたらどうなるのだろう。
体中の血を残らず吸われてミイラのようになるのか。
運良く生き残ったとしても吸血鬼の眷属にされてしまうのか。
いずれにせよ無事では済まないのだろう。
『痛……っ ちょっと、ほんとに……!』
私の後ろ髪を退かし、吸血鬼少女はその露出した首筋に噛みついた。
太い注射の針が打ち込まれたようだった。吸血鬼の並外れた咬合力と牙の鋭さは肉食動物を連想させた。さながら、いまの私は捕食対象の小鹿か何かで、無力な弱い生き物。成す術もなく喰われるだけの存在だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます