第6話 ヴァンパイアバット

 薫子さんのラボを後にした私は『離界者』の捜索に向かった。


 ランカーになった際、特務機関DARSから提供される特殊なアプリケーションがある。『離界者』の位置情報、現在確認されている個体のデータベース(脅威度や外見的特徴)の閲覧、登録された自分の現在のランクなどを観ることができるようになっている。


 ランカーはみな、このアプリを活用して『離界者』の討伐に向かっているのだ。


 『崩壊都市・東京』ジェリコの壁を建設されたあそこから漏れ出てくる『離界者』は数多いるし、脅威度の高い個体ならば独自にゲートを開いてこちらの領域まで侵略してくる。


 強い個体はDARS所属のランカーが討伐するけど、数多く存在する弱い個体は私たちのようなフリーランスに任されているようなものだ。


 いちいち雑魚敵にかまっていられるほどDARSのランカーは暇ではない。あそこに所属する者らは『崩壊都市・東京』に棲まう『離界者』の掃討に向かうことが多いのだ。


 いつかは都市を取り戻さんとDARSは動いている。


『……脅威度Eの《ヴァンパイアバット》の討伐報酬は一体につき三千円程度。あの生物はだいたい集団行動だから一体見つければたくさんいることになる。うまくいけばたんまり稼げるわね』


 私は緑地公園の広場までやって来ると街灯の側で装着した武器の具合を確かめた。


 ヴァンパイアバットは鋭い牙を持つ『離界者』。しかし飛行能力はさほど高くはないので攻撃は避けやすく、咬合力に関しても脅威になるほどではない。


 ただ、吸血能力を持つため、噛まれて血を吸われすぎるとあっという間にこちらの体力がなくなってしまう。油断は禁物の相手だ。


『さて、ボウガンの調子も問題なさそうだし……』


 私はフードを目深に被り、右腕のボウガンを構えた。


 目標のヴァンパイアバットは雑木林の枝にぶら下がっていた。


 人間の赤子ほどのサイズで、見たまんま巨大なコウモリと言うべきだった。爛々らんらんと光るその両目が遠くからでも目印になってくれているので私は素直にそこに向けて毒矢を放てばいいだけだった。


『でも初手を外すわけにはいかないわ。できるだけ距離をつめないと』


 木々の影に身を隠し転々と移動を繰り返しながらヴァンパイアバットを狙えるだけの射程距離に詰め寄る。ヤツらは意外と警戒心が強いので、物音ひとつにも気を配らないといけない。


 まずは一体目……!


 眉間を狙った、しかし空気抵抗と距離感の見誤りがあったせいで私が放った毒矢はヴァンパイアバットの翼を掠めるだけの結果となった。


 ヴァンパイアバットは飛来した矢に驚いていた。すぐにその場を飛んで離れようとしていたが、翼に矢を掠めたせいでうまく飛び立つことができず地上に落下しかけていた。


『く……っ』


 私はボウガンを続け様に何発か放ち、ヴァンパイアバットを仕留めようとした。だけど、私の射撃精度は素人同然で、気持ちが焦っていたこともあってか、なかなか標的を捉えることができなかった。


『もうヘタクソ……!』


 私はそんな自分に対して苛立ちを覚えた。


 今度は腰部の短刀『毒刀・サソリ』を引き抜きながらヴァンパイアバットに接近。ヤツは左右の飛行のバランスを失っているうえ、私が放った毒矢には『離界者』の神経系を麻痺させ、動きを鈍らせる効果がある。いまの状態なら簡単に倒せるはずだ。


『ええい!』


 狙うはヴァンパイアバットの胴体、そのど真ん中。短刀にも毒は仕込まれているのだからできるだけ心臓に近い部位に攻撃を当てた方がいい。ヘタに仕留め損なったら相手からの反撃を受けることになる。


 刺突の構え。私がヴァンパイアバットの身を刺し貫かんとした瞬間だった——。


『うわっ!?』


 体全体に衝撃が加わり、同時に視界が激しく揺れ動く。


 真横から何かに突き飛ばされたようだ。


 咄嗟の受け身も取れず私は地面に叩きつけられる。


『なっ、なに……!?』


 私はすぐに上半身を起こして衝撃が起きた場所に視線を移した。


 そこには私の知らない誰かが立っていた。


『危ないところじゃったのぉ。間一髪ってヤツじゃな』


 月明かりに照らされたその姿に息を呑む。


 輝くブロンドの髪は絹糸のようにきめ細かく、こちらを見据える瞳はサファイアを思わせる美しさで、透き通るような白い肌は陽の光を知らないようだった。


 年齢は私と変わらないぐらいの少女。だが口調といい、何処か浮世離れした雰囲気を醸し出していた。


『だ、誰……あなたは……?』 


 私は彼女から目をそむけることができなかった。


 あまりにも美しく、その存在が別次元のように見えたから。

 

『ワシか? 生憎だが名はない。まぁ、知る必要もないことだがのぉ』


 少女は私を見下ろしながら、くつくつ、と喉奥から笑い声を漏らしていた。

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