第19話 聖女式・地獄の研修
「――それでは、これより『対聖戦・緊急構造改革プロジェクト』を開始します」
魔王城の第一会議室。
円卓を囲む四天王たち(昨日、私と和解したばかり)の前で、私は指示棒(ポインター)をビシッと黒板に叩きつけた。
そこには、私の手書きによる今後のスケジュールが分刻みで記されている。
「教会側が指定した『新月』まで、あと三日。この短期間で、我が軍の戦力を1200%向上させます」
「せ、1200%……?」
骸骨将軍が顎をカクカクさせて驚愕する。
「無理だ! 物理的にありえん! 新兵の徴用も間に合わんし、武器の製造も……」
「物理(フィジカル)で勝てないなら、概念(ロジック)で勝つのです。常識を捨ててください」
私は眼鏡の位置を直し、不敵に笑った。
「私の『聖女の力』と、貴方たちの『魔族の特性』。……混ぜるとどうなるか、試してみたくはありませんか?」
◇
まずは、教皇庁への回答だ。
私は最高級の羊皮紙に、教会用語を散りばめた極めて丁寧な、それでいて読む者が卒倒するような『宣戦布告文』を認めた。
『拝啓 教皇猊下
(中略)
当職の帰還要請につきましては、現在、魔王陛下との間で「終身雇用契約」および「魂の包括的パートナーシップ協定(事実婚)」を締結済みのため、応じかねます。
なお、当職の奪還を理由とした軍事行動は、重大な労働権の侵害およびハラスメントに該当します。
もし強行される場合、当方はあらゆる手段(聖女の極大魔法含む)を用いて徹底抗戦いたします。
追伸:当城の福利厚生は神殿より遥かに充実しておりますので、聖騎士の皆様の転職相談も随時受け付けております。』
「……アリア、これ、煽りすぎじゃない?」
検閲したビー様が、引きつった顔で尋ねる。
「いいえ。ビジネス交渉(外交)において、ナメられたら終わりです。こちらの本気度(狂気)を伝えるのが、戦争抑止の第一歩……まあ、今回は確実に戦争になりますが」
私はその手紙を、使い魔の蝙蝠に持たせて放った。
これで賽は投げられた。
◇
「さて、次は実戦力の強化です」
私は幹部たちを演習場に集めた。
彼らは不安そうな顔で整列している。
「骸骨将軍。貴方の弱点は何ですか?」
「はっ。……打撃系の攻撃と、聖属性の浄化魔法です。骨が脆くなりますゆえ」
「では、それを克服しましょう」
私は両手に眩いばかりの聖なる光を集めた。
「骨粗鬆症対策にはカルシウムと日光浴、そして『聖なる加護』です」
「ひっ!? 秘書官殿、それは我らには毒……!」
「耐えてください。毒も使いようです!」
ドパァァァァンッ!
私は骸骨将軍に極大出力の回復魔法(ヒール)を叩き込んだ。
本来ならアンデッドが消滅する光。
将軍が「ギャァァァァァ!」と断末魔のような悲鳴を上げる。
ビー様が「将軍ーッ!」と叫んで目を覆う。
しかし、光が収まった時。
そこに立っていたのは、真珠のようにピカピカに輝く、神々しい骸骨だった。
「……おや?」
骸骨将軍が自分の手を恐る恐る見る。
骨の密度が圧縮され、表面がセラミックのように硬質化し、聖なるオーラを纏っている。
「痛くない……? いや、むしろ力が漲る! 骨がダイヤモンドのように硬くなっているぞ!?」
「成功ですね。聖属性耐性を付与しつつ、骨密度を極限まで高めました。名付けて『聖・骸骨将軍(ホーリー・スカル・ジェネラル)』です」
「おおお! これなら聖騎士のハンマーも怖くない!」
将軍が歓喜のあまりブレイクダンスを始めた。
それを見た他の幹部たちが、「次は俺だ!」「私にもやって!」と殺到する。
「順番に並んでください! 吸血公爵夫人には『日焼け止め結界(対紫外線・対聖属性コーティング)』を施します! これで真昼間でも日傘なしで戦えますよ!」
「まあ素敵! 美白効果もありますの!?」
「ケルベロス将軍には『聖歌隊(クワイア)モード』をインストールします。三つの頭で聖歌をハモれば、敵の神官の詠唱を妨害できます」
「ワオーン!(ハレルヤ!)」
演習場は、さながら地獄のフィットネスクラブと化した。
聖女の光を浴びて悲鳴を上げ、その後にパワーアップして喜ぶ魔族たち。
その光景はあまりにシュールで、そして頼もしかった。
「……すごい」
ビー様が、ポカンと口を開けて見ていた。
「アリアの手にかかると、魔族まで『聖別』されちゃうんだ……」
「ええ。私の愛する職場を守るためなら、神の理(ことわり)すらねじ曲げてみせます」
私は額の汗を拭い、ビー様に向き直った。
ビー様は、少し寂しそうな顔で、もじもじと指を絡ませていた。
「……どうなさいました?」
「その……みんな、強くなっていいなって」
「ビー様?」
「私だけ、何もしてない。……アリア、私にも何か改造してくれない?」
ビー様が上目遣いでねだる。
自分だけ蚊帳の外なのが寂しいらしい。可愛い。
「ビー様は魔王ですので、改造の必要はありません。そのままで世界最強です」
「やだ! 私もアリアの魔法でおかしくなりたい! お揃いがいい!」
「言い方が語弊を生みます」
私は苦笑し、彼女の手を取った。
「では、特別メニューです。ビー様には『魔力連携(パス)の最適化』を行いましょう」
「それって……あの、気持ちいいやつ?」
「んん……戦場での連携訓練です。私がビー様の魔力タンクとなり、ビー様が私の聖法気を砲台として撃つ。二人の魔力を直結させる、究極の合体魔法(ユニゾン)の練習です」
私が説明すると、ビー様の目が輝いた。
「合体……!」
「ええ。ただし、精神的な負荷(シンクロ率)が高いので、かなり恥ずかしい思いをするかもしれませんが」
「やる! アリアと一つになれるなら、恥ずかしくてもいい!」
即答だった。
本当に、この魔王様は私に関することだとブレーキが壊れる。
「わかりました。では、向こうの個室で……」
「え、ここでいいよ?」
「ダメです。音声と映像がR-18指定になる可能性があります」
「えぇ……」
私は不満げなビー様の手を引き、防音結界の張られた特別室へと向かった。
後ろで、ピカピカになった骸骨将軍たちが「ヒューヒュー!」と冷やかす音が聞こえたが、私はあえて無視した。
こうして、魔王軍の強化は着々と進んだ。
聖なる力を纏った魔族軍団と、聖女と魂を繋いだ魔王。
これこそが、私の描いた勝利の方程式。
神殿の連中が目撃したら、「世も末だ」と泡を吹いて倒れるに違いない最強の布陣が、今ここに完成しようとしていた。
(さあ、かかってきなさい、聖騎士団。……ブラック企業の社畜根性、見せてあげるわ)
私は個室の扉を閉めながら、獰猛な笑みを浮かべた。
愛の力でドーピングされた魔王軍の恐ろしさ、とくと味わうがいい。
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転生聖女は魔王の秘書!~ポンコツ魔王様(激カワ)を甘やかしてたら、いつの間にかホワイト魔界ができてました~ lilylibrary @lilylibrary
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