第19話 聖女式・地獄の研修

「――それでは、これより『対聖戦・緊急構造改革プロジェクト』を開始します」


魔王城の第一会議室。

円卓を囲む四天王たち(昨日、私と和解したばかり)の前で、私は指示棒(ポインター)をビシッと黒板に叩きつけた。

そこには、私の手書きによる今後のスケジュールが分刻みで記されている。


「教会側が指定した『新月』まで、あと三日。この短期間で、我が軍の戦力を1200%向上させます」

「せ、1200%……?」


骸骨将軍が顎をカクカクさせて驚愕する。


「無理だ! 物理的にありえん! 新兵の徴用も間に合わんし、武器の製造も……」

「物理(フィジカル)で勝てないなら、概念(ロジック)で勝つのです。常識を捨ててください」


私は眼鏡の位置を直し、不敵に笑った。


「私の『聖女の力』と、貴方たちの『魔族の特性』。……混ぜるとどうなるか、試してみたくはありませんか?」



まずは、教皇庁への回答だ。

私は最高級の羊皮紙に、教会用語を散りばめた極めて丁寧な、それでいて読む者が卒倒するような『宣戦布告文』を認めた。


『拝啓 教皇猊下

(中略)

当職の帰還要請につきましては、現在、魔王陛下との間で「終身雇用契約」および「魂の包括的パートナーシップ協定(事実婚)」を締結済みのため、応じかねます。

なお、当職の奪還を理由とした軍事行動は、重大な労働権の侵害およびハラスメントに該当します。

もし強行される場合、当方はあらゆる手段(聖女の極大魔法含む)を用いて徹底抗戦いたします。

追伸:当城の福利厚生は神殿より遥かに充実しておりますので、聖騎士の皆様の転職相談も随時受け付けております。』


「……アリア、これ、煽りすぎじゃない?」


検閲したビー様が、引きつった顔で尋ねる。


「いいえ。ビジネス交渉(外交)において、ナメられたら終わりです。こちらの本気度(狂気)を伝えるのが、戦争抑止の第一歩……まあ、今回は確実に戦争になりますが」


私はその手紙を、使い魔の蝙蝠に持たせて放った。

これで賽は投げられた。



「さて、次は実戦力の強化です」


私は幹部たちを演習場に集めた。

彼らは不安そうな顔で整列している。


「骸骨将軍。貴方の弱点は何ですか?」

「はっ。……打撃系の攻撃と、聖属性の浄化魔法です。骨が脆くなりますゆえ」

「では、それを克服しましょう」


私は両手に眩いばかりの聖なる光を集めた。


「骨粗鬆症対策にはカルシウムと日光浴、そして『聖なる加護』です」

「ひっ!? 秘書官殿、それは我らには毒……!」

「耐えてください。毒も使いようです!」


ドパァァァァンッ!

私は骸骨将軍に極大出力の回復魔法(ヒール)を叩き込んだ。

本来ならアンデッドが消滅する光。

将軍が「ギャァァァァァ!」と断末魔のような悲鳴を上げる。

ビー様が「将軍ーッ!」と叫んで目を覆う。


しかし、光が収まった時。

そこに立っていたのは、真珠のようにピカピカに輝く、神々しい骸骨だった。


「……おや?」


骸骨将軍が自分の手を恐る恐る見る。

骨の密度が圧縮され、表面がセラミックのように硬質化し、聖なるオーラを纏っている。


「痛くない……? いや、むしろ力が漲る! 骨がダイヤモンドのように硬くなっているぞ!?」

「成功ですね。聖属性耐性を付与しつつ、骨密度を極限まで高めました。名付けて『聖・骸骨将軍(ホーリー・スカル・ジェネラル)』です」

「おおお! これなら聖騎士のハンマーも怖くない!」


将軍が歓喜のあまりブレイクダンスを始めた。

それを見た他の幹部たちが、「次は俺だ!」「私にもやって!」と殺到する。


「順番に並んでください! 吸血公爵夫人には『日焼け止め結界(対紫外線・対聖属性コーティング)』を施します! これで真昼間でも日傘なしで戦えますよ!」

「まあ素敵! 美白効果もありますの!?」

「ケルベロス将軍には『聖歌隊(クワイア)モード』をインストールします。三つの頭で聖歌をハモれば、敵の神官の詠唱を妨害できます」

「ワオーン!(ハレルヤ!)」


演習場は、さながら地獄のフィットネスクラブと化した。

聖女の光を浴びて悲鳴を上げ、その後にパワーアップして喜ぶ魔族たち。

その光景はあまりにシュールで、そして頼もしかった。


「……すごい」


ビー様が、ポカンと口を開けて見ていた。


「アリアの手にかかると、魔族まで『聖別』されちゃうんだ……」

「ええ。私の愛する職場を守るためなら、神の理(ことわり)すらねじ曲げてみせます」


私は額の汗を拭い、ビー様に向き直った。

ビー様は、少し寂しそうな顔で、もじもじと指を絡ませていた。


「……どうなさいました?」

「その……みんな、強くなっていいなって」

「ビー様?」

「私だけ、何もしてない。……アリア、私にも何か改造してくれない?」


ビー様が上目遣いでねだる。

自分だけ蚊帳の外なのが寂しいらしい。可愛い。


「ビー様は魔王ですので、改造の必要はありません。そのままで世界最強です」

「やだ! 私もアリアの魔法でおかしくなりたい! お揃いがいい!」

「言い方が語弊を生みます」


私は苦笑し、彼女の手を取った。


「では、特別メニューです。ビー様には『魔力連携(パス)の最適化』を行いましょう」

「それって……あの、気持ちいいやつ?」

「んん……戦場での連携訓練です。私がビー様の魔力タンクとなり、ビー様が私の聖法気を砲台として撃つ。二人の魔力を直結させる、究極の合体魔法(ユニゾン)の練習です」


私が説明すると、ビー様の目が輝いた。


「合体……!」

「ええ。ただし、精神的な負荷(シンクロ率)が高いので、かなり恥ずかしい思いをするかもしれませんが」

「やる! アリアと一つになれるなら、恥ずかしくてもいい!」


即答だった。

本当に、この魔王様は私に関することだとブレーキが壊れる。


「わかりました。では、向こうの個室で……」

「え、ここでいいよ?」

「ダメです。音声と映像がR-18指定になる可能性があります」

「えぇ……」


私は不満げなビー様の手を引き、防音結界の張られた特別室へと向かった。

後ろで、ピカピカになった骸骨将軍たちが「ヒューヒュー!」と冷やかす音が聞こえたが、私はあえて無視した。


こうして、魔王軍の強化は着々と進んだ。

聖なる力を纏った魔族軍団と、聖女と魂を繋いだ魔王。

これこそが、私の描いた勝利の方程式。

神殿の連中が目撃したら、「世も末だ」と泡を吹いて倒れるに違いない最強の布陣が、今ここに完成しようとしていた。


(さあ、かかってきなさい、聖騎士団。……ブラック企業の社畜根性、見せてあげるわ)


私は個室の扉を閉めながら、獰猛な笑みを浮かべた。

愛の力でドーピングされた魔王軍の恐ろしさ、とくと味わうがいい。

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転生聖女は魔王の秘書!~ポンコツ魔王様(激カワ)を甘やかしてたら、いつの間にかホワイト魔界ができてました~ lilylibrary @lilylibrary

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