第29話
「あのね、
「そうなの?」
本当に意外そうに言う沙希に、利人が苦笑する。
「がっかりした? でも、そんなもんだよ」
また考え込むように俯いてしまった沙希をそれとなく
「マスターは、彩加のこと、どう思ってる?」
その声音は、
「どうって、……なんて答えればいいのかな?」
問い返された言葉に、沙希が唇を噛む。少しの沈黙の後、
「彩加のこと、好き?」
直球すぎる質問は、そらしたはずの利人の視線を引き戻す。視線が重なる。笑って、
「好きだよ」
沙希が息を呑む。
「でもそれは、沙希ちゃんに対しても一緒だよ」
重ねて言うと、沙希が一度詰めた息を細く吐き出した。
「沙希ちゃんのことも、彩加のことも、同じように好きだよ」
沙希の眉が、
「ココは色んな人が来るからね。正直、嫌なヤツもいるよ。でも、二人は僕にとって気が合う
「本当に?」
「本当だよ」
「特別じゃない?」
「二人とも、特別だよ」
その言葉に、沙希の瞳が大きく揺れた。涙が零れるんじゃないかと思った。けれど涙は零れなかった。潤んだ瞳はそのままの状態で留まり、ただじっと、利人に向けられていた。
窓の外は、もうすっかり夜の色に変わり、窓硝子が鏡のようにふたりを映し出していた。ゆらりと揺れた沙希の影が、レジの前へと移動する。
「これから彩加のトコ行くの?」
「……いかない」
ぽつんと返される言葉が、寂しい。
「喧嘩でもしたの?」
その寂しさを
「マスターは、知ってる?」
問いながら、ゆっくりと振り返る。
「マスターは、私が彩加のこと、ちゃんと好きでいるって、……知ってる?」
哀しそうに言って、ふっと笑った沙希は、利人の答えを待つことをしないで、ドアの向こうへ消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます