第5話
その日は何故か、少女は時間になっても席を立とうとしなかった。
「学校、大丈夫なの?」
「ん……、今日は……、やめとこうかなって、思ってる……」
途切れ途切れの言葉には、少女の戸惑いが感じられた。今までにない、すこしだけ甘えを含んだ声音。
「行きたくないの?」
重ねられる問いに、少女は黙ったまま。いつもと変わらない、
「気分的なものかな? まっ、そんな日もあるよね」
それは少女にとって思いがけない同意だったのかもしれない。
「だったら、その席目立つから、こっちの奥おいで。此処だったら外から見えないからさ。そんな良く見えるところで堂々とサボられたんじゃ、いくらなんでも、まずいからね」
カウンターの中から手招く利人に、少女の顔がパッとほころんだ。嬉しそうに唇をかんで、利人がすすめる席へと移動する。
「お腹、空いてない?」
また意外な言葉だったのか、少女がぱちりと大きく
「トーストぐらいしかできないけど、少し食べない? 僕も軽く食べるからさ」
少女が学校に行った後、利人はいつも「準備中」の札を出して、自分の朝食の時間にあてていた。今日はそれが無理そうだったので、少女にも聞いてみた。「ついでだよ」と強調する利人に、少女が小さく頷く。
カウンターを挟んでの雑談。よくある風景にも関わらず、少女の言葉は少なかった。
でもそれは別に話すことを嫌がっているわけではなく、自分の気持ちを表現することに慣れていないだけなんじゃないかと、利人はおぼろげに感じる。それを示すように、利人の問いかけに少女が嫌そうな素振りを見せることはなかった。ただ淡々と、言葉を紡ぐ。
「名前、聞いてなかったよね?」
なんとなく、聞きそびれていたことを尋ねてみる。
「……早坂、
「早坂さんって呼んで良いのかな?」
利人の問いかけに、視線を逸らして訂正する。
「彩加の方が良い」
「じゃぁ、彩加ちゃん?」
そう呼ぶと、ふわりと頬を染める。
「……ちゃんって、なんか嫌」
赤い唇を、ツンと尖らせる。子供が
「じゃぁ、彩加、かな?」
確かめるように呼ぶと、こくんと頷く。
「あやかって、綺麗な響きだね」
利人の言葉に、俯いたまま、かすかに笑う。
「私の名前、おとうさんがつけてくれたんだって」
言って、遠くに視線を馳せる。
「でも私、おとうさんのこと、全然知らないの」
そんな感じで、彩加の話ははじまった。
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