第2話 学校での再会



数日後。

美里は学校のグラウンドの隅で、ひとり黙々と草をむしっていた。


くうぅ、なかなか抜けん。草むしりさせるなら鎌くらい用意してよね。あと軍手。


その日は朝から貧血気味で、体がふわふわしていた。それもあって美里は体育を見学するつもりでいたのに――


しっかし、見学者に草むしりさせるって何なん?

体調悪いから見学なのに、「ちょっとその辺の草むしっといて」って、てっちゃんは!


(※鉄原先生のあだ名)


最初は座ったまま、届く範囲でちまちま抜いていた。

しかし、美里の“やりはじめると止まらない”性格が発動。気づけば周囲の雑草はごっそり消え、彼女の周りだけ妙にスッキリしていた。


ぶちぶち、ぶちぶち。

勢いよく草を抜きながら、美里は心の中でぶつぶつ文句を言う。


「……あれ? 美里ちゃん。草むしりしてるの?」


ふわっと場を柔らかくするような声が、背後からした。


あれ、誰だっけ? 私いま草むしりで忙しいんですけど。


眉を寄せながら振り返った瞬間――


「もっ……本川先輩!」


クロッキー帳を抱えて微笑む、あの本川先輩がそこにいた。


「あっ、あの、えっと……体調不良で体育見学してて……そしたら、てっちゃん、いや鉄原先生が、草でもむしっとけって……」


美里は手をパタパタさせながら、ほぼ動揺のみで構成された説明をした。


「へぇ〜、てっちゃん言いそう。でも体調悪い人の勢いじゃなかったけど、大丈夫?」


本川先輩の黒目がちの瞳と、形のいい唇。その一瞬の視線だけで、美里のめまいは本格化。

膝ががくんとゆるみ、そのままペタンと座り込んでしまった。


「美里ちゃん、大丈夫!?」


覗き込んでくる先輩。

至近距離。

いい匂い。

ドキドキがうるさすぎる。


「だ、だいじょうび……」


美里の頭は、草むしりの疲れと、先輩の至近距離という刺激で完全にショート寸前だった。


「俺、保健室に送るよ。立てる? ほら、手、出して」


先輩が屈んで手を差し出してくれる。

少女漫画の1ページみたいな光景に、美里はさらにぐるぐる。


その時。


「みーっ! どうした、大丈夫!? 立ちくらみ?」


グラウンドの方から、るいが駆け寄ってきた。

200m走の測定中だったらしい。

先生が遠くでストップウォッチを掲げて叫ぶ。


「おーい浅川ー! 何してる! タイムゼロになるぞ!」


るいは振り返って大声で返した。


「先生〜! 見学者が立ちくらみ起こしてまーす!

僕、保健室連れて行きます!」


「あー? 柿崎が見学してたっけ。なんで見学したのにそんなに張り切って草むしってんだ?」


……草むしりさせたのは先生なのに。その言いよう、ひどくない?

美里は心の中でつっこんだ。


「わかったー! 浅川は次の時間に計測なー。次〜!」


てっちゃんは美里を心配するどころか、次の生徒へ進んでいった。


「るい〜……」


思わず涙声になりかける美里。


「もう、頑張りすぎ! 誰も見てないのにこんなに草むしって……ほんとにもう。

とりあえず立てる?」


るいがすっと、白くて長い指を差し出した。


美里はその手を両手でがしっと掴み、立ち上がらせてもらう。

またふらっとしそうになるのをなんとか我慢しながら、ぜーぜー肩で息をした。


「ごめん……保健室まで付き添ってくれる? 大丈夫、歩けるから」


おんぶしようと屈んでくれたるいに慌てて言う。


いやいや、さすがにそれは目立ちすぎる。


美里はゆっくりと歩きだし、るいの体操着の裾をそっと掴んだ。


ふと後ろを振り返ると、本川先輩がまだ見ていた。


「美里ちゃん、保健室でゆっくり休んで。ほんと、無理しないでね」


その優しい声に返事したいのに、何も出てこない。

美里はただコクコク頷くしかなかった。


「ヒロミくん、美術の写生の時間だったよね? うちのみぃが心配かけてごめん。

この人、自分の体力わかってないんだよね、ほんと」


「気にしないで。ちゃんと保健室まで連れて行ってあげて。じゃあね」


軽く手を振り、本川先輩は2年生のほうへ戻っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る