第2話 イベントの告知

 フィーナは夢中になってシチューを食べ進めた。大通りで感じた物足りなさをこのシチューが満たしてくれた。


「ふぅ……美味しかった。ごちそうさまでした」


 あっという間に皿を空にしたフィーナに、マルタは嬉しそうに笑った。


「そりゃあよかった。お嬢ちゃん、本当に美味しそうに食べてくれるねぇ」


「とても美味しかったです。うまく言えませんけど、心も温まったというか……」


 フィーナの素直な感想に、マルタは少しだけ寂しそうな表情を見せた。


「そう言ってもらえるのは嬉しいんだけどねぇ……。最近はうちみたいな古い店は流行らなくてさ」


「え? こんなに美味しいのに、ですか」


(立地はそこまで良くないにしても、この味だったら繁盛していても全然おかしくないのに)


「大通りのチェーン店とか屋台は、魔道具で一瞬で料理ができてしまうからね。見た目も豪華だし、みんなそっちに行っちゃうんだよ。うちのは、煮込むのに時間がかかるから」


 マルタはため息をつきながら、カウンターの向こうで皿を洗い始めた。


「この街は『魔法と食の街フェスタリア』なんて呼ばれてるけど、結局みんな『情報』を食べてるだけだね。見た目とか、周りの評判とか、流行りだとかで食べ物を選んでいるのさ。私の信じる本当に美味しいものを食べたい人なんて、この街にはもういないのかもね」


 フィーナは屋台で感じた違和感の正体がこれだったのかと、合点がいった。魔道具は確かに効率的だし、レシピと寸分狂わない完璧な食事を提供することができるけど、そこに気持ちはこもっていない。それでは、人々の心を本当に満たすことはできない。


(何でもかんでも無駄を省くんじゃなくて、しっかり手間暇かけることには相応の意味があるんだ)


 フィーナは純粋にそんなことを思った。


 シチューを食べ終え、フィーナは食後の余韻に浸っていた。この温かい味を守りたい、純粋にそう思った。


「マルタさん、私、ここで何かお手伝いできることはありませんか? 少しでもマルタさんの力になりたいんです」


 フィーナの申し出に、マルタは少し驚いた顔をしたが、すぐに嬉しそうな笑みを浮かべた。


「本当に? 助かるよ。ところでお嬢ちゃん、今日の宿は決まっているのかい?」


「いえ、実はまだ決まってなくて……」


「なら、ここの二階に空き部屋があるんだけど、どうだい?」


「いいんですか? ぜひ使わせてください! 」


 マルタの提案に、フィーナは目を輝かせて頷いた。こうしてフィーナは、その日からマルタの食堂を手伝うことになった。


 皿洗いや掃除、簡単な食材の準備など、フィーナは楽しく仕事をこなした。お手伝いのつもりだったけどマルタさんはしっかり給料を出してくれた。


 しかし食堂に関しては、やはり提供時間がかかることは大きな問題点だった。客足は少なく、マルタはいつもどこか心配そうな顔をしていた。


 そんなある日、フィーナが店の前を掃除していると、とある一角に人が集まっているのが見えた。何事かと思い近づいてみると、大きな掲示板を人々が囲んでいた。


 そこには『食の祭典 in フェスタリア 料理イベント開催!』と書かれた、豪華なポスターが貼られていた。優勝者には多額の賞金と名誉が与えられるらしい。


(これだ!)


 フィーナは慌てて食堂に戻り、マルタにイベントのことを話した。しかし、マルタの反応はあまり良くなかった。


「うちみたいな古い店じゃあ、ああいうイベントは無理だよ。大通りの魔道具を使ったチェーン店には敵わないさ」


 マルタは首を横に振り、少し寂しそうに微笑んだ。


「でも、マルタさんの料理は本当に美味しいです!」


「ありがとうね。でもね、ああいうイベントは味だけじゃないんだよ。いかに効率よく、大量に、そして綺麗に提供できるか。あっちは保存技術だって最新の魔道具が使われる。うちはそもそも提供に時間がかかるし、見た目も派手じゃないから、イベントには向いていないのさ」


 そう言われると、フィーナは何も言い返すことはできなかった。


 その日以来、フィーナはマルタの言葉が頭から離れなかった。美味しいものが正当に評価されないなんて、やっぱりおかしい。何とかイベントにでれる方法はないか、食堂の仕事の合間にもずっと考えていた。


 数日後の午後、客足が落ち着いた時間帯に、フィーナは店の掃除をしていた。すると本棚の上の方に、埃を被った古い本を見つけた。他の本とは明らかに系統の違う本だった。もしかすると誰かの忘れ物なのかもしれない。


 フィーナは椅子を使って本棚からその本を取り出し、埃を払ってみた。それは、見慣れない魔法が記された魔導書のようだった。表紙には、古びた文字でタイトルが書かれていたが、読み取れないほど擦り切れている。


「マルタさん、この本、魔導書みたいですけど誰かの忘れ物ですか? 」


「ああ、それかい。それは昔、旅のお客さんが置いていったものだねぇ。もう何年も前のことさ。魔法に興味があるのかい? だったら好きにしてくれて良いよ」


「ありがとうございます! 」


 フィーナは胸を躍らせながらページをめくった。そこには、主に土属性の魔法が記されており、最後の方には零細魔法と書かれた魔法がいくつか記されていた。その中の一つに、フィーナの目が留まる。


《フレッシュ・キープ》


 効果は「食材の鮮度を少しだけ保つ」というもの。


(これだ!)


 フィーナは閃いた。


(魔道具には劣るかもしれないけど、この魔法を使えば、料理イベントに出られるかもしれない! )


 フィーナは興奮気味にマルタに駆け寄った。

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