第2章 魔道具と食の街
第1話 裏道の食堂
風車村での思い出は、フィーナにとって忘れられないものとなった。村人たちは皆、フィーナが直してくれた風車のおかげで安定した生活用水を確保できるようになり、心から感謝していた。
村を発つ朝、子供たちに《バブル・ハミング》を見せた後、村人達に見送られながらフィーナは次の目的地へと旅立った。
フェリシアへの手紙も、忘れずに便箋に綴った。手紙には、新しく覚えた《ウィンド・パーミット》と《バブル・ハミング》のこと、そしてこの村での出来事が、楽しそうに綴られていた。
それから数日の間、フィーナは地図を頼りに街道を歩き続けた。時折追い抜いていく魔導馬車や、空を駆ける輸送船を眺めながら。今回は道に迷うことはなかった。
そして、フィーナは大都市の門をくぐった。魔法と食の街、フェスタリア。魔法技術により食の文化が大幅に発展した街だ。
ここは、風車村とは比べ物にならない活気に満ち溢れていた。行き交う人々は皆、きちんとした身なりをしており、最新の魔道具を使いこなしている。街路樹には、自動で水をやる魔道具が設置されており、空を飛ぶ輸送用の魔導船からは、忙しなく荷物が積み下ろされていた。
食の街と謳われるだけあって、飲食店は特に魔法技術の恩恵を強く受けているようだ。どの店も、店の前に設置された魔道具の看板が鮮やかに光り、美味しそうな料理の写真が、魔法の映像(ホログラム)で映し出されている。街全体が「食」の情報で溢れており、どの店からも活気のある声が聞こえる。
フィーナは、高度な魔法技術に少し圧倒されながらも、新たな出会いや「泡沫の魔法」への期待に胸を膨らませた。
少しお腹が空いたフィーナは、賑やかな通りに並ぶ屋台の一つに目を留めた。看板には、綺麗な焼き色のついた串焼きの写真が躍っている。そこで試しに一つ注文してみることにした。
「すいません、これ1つお願いします」
「はいよ、串焼一本ね」
注文をすると屋台のおじさんは、魔道具に串をセットし、スイッチを押した。するとわずか数秒で「チーン」という軽い音とともに、写真と寸分違わない、完璧な見た目の串焼きが出来上がったではないか。
「はい、お待ち! 最高の仕上がりだよ! 」
おじさんは笑顔で串を差し出した。フィーナはその技術に感心しながら礼を言ってからそれを受け取り、早速一口食べてみる。
肉は驚くほど柔らかく、味付けもデータに基づいた魔道具による完璧な塩梅なのだろう、非の打ち所がない。今までで食べた串焼きの中で1番完璧な味だと思えた。だが、フィーナは首を傾げる。
(あれ……? )
もう一口、もう一口と食べてみるが、その感想は変わらない。決して美味しくないわけじゃない。むしろ「とても美味しい」と言って差し支えない味だ。しかし、風車村で食べた素朴な煮込み料理や、祖父が作ってくれた料理と比べると何か物足りないような気がしてならなかった。
その後も、別の屋台で初めて見るような綺麗なスイーツを買ってみたが、やはり同じだった。見た目も味も完璧なはずなのにどこか物足りなさを感じる。
(なんでだろう……。見た目も良いし、味も美味しいはずなのに……)
フィーナは疑問に思いながら、通りから少し外れた場所へと移動していた。あまりの人の多さと、見慣れない街の雰囲気に少し疲れを感じていたからだ。それに旅の疲れもあった。正直早く宿で休みたかった。静かな場所と、比較的安くて済む宿を求めて、人通りの少ない裏道へと足を踏み入れた。
そこは大通りとは打って変わって、驚くほど静かだった。活気のある街の音は遠のき、石畳の道には人影はまばらだった。古びた建物が並ぶ中、フィーナはふと小さな看板を見つけた。
『マルタの食堂』
看板は手書きで、少し文字が掠れていたが、温かみのあるデザインだった。店の前には、使い込まれた小さな木製のテーブルと椅子が申し訳程度に2つだけ置かれている。
ここには大通りにあったような魔道具の看板も、ホログラムもない。ただ、小さな窓からオレンジ色の温かい光が漏れているだけだった。
(ここなら、落ち着けそう)
フィーナは吸い寄せられるように店のドアをゆっくりと引いた。カランコロン、と素朴なベルの音が鳴り響く。
「いらっしゃい。お嬢ちゃん、1人かい? 」
店の奥から現れたのは、少し恰幅の良い中年女性だった。エプロン姿で、気さくな笑顔を浮かべている。
「はい、1人です。あの……何か食べられますか?」
「もちろんさ。ちょうど今、シチューを煮込んでいるところだよ。少し時間はかかってしまうけど、美味しいよ」
女性――マルタさんはそう名乗った――は、少し申し訳なさそうに言った。しかし、フィーナはその時間がかかるという言葉に、むしろ期待さえ覚えた。
(屋台がどこか物足りない気がした理由がわかるかもしれない)
「じゃあ、シチューをお願いします。パンは少し少なめでお願いします」
フィーナは空いていた席に座り、しばらく料理を待つことにした。とはいっても時間の関係もあるのだろうが、客は私の他にはおらず、席は選びたい放題だった。
店の中は外見と同じく質素だったが、手入れが行き届いており、温かな空気が流れていた。そして、食欲をそそるシチューの匂いが微かに漂っている。
しばらくして、マルタがシチューを運んできた。見た目は、大通りの映える料理とは違い、素朴な家庭料理そのものだった。しかし、フィーナは確信した。
(これ絶対、美味しいやつだ! )
フィーナはスプーンを手に取り、熱々のシチューを一口、口に運んだ。
(美味しい……! )
その瞬間、風車村で食べた料理や祖父の料理に通じる「何か」が、確かにそこあると感じた。肉と野菜の旨味が溶け合った深い味わい。それは屋台で食べた物とは違い、複雑で、温かく、そして何よりも「優しい」味だった。
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