第2話



「──おい」



 飛び立とうとしていたが何者かが声をかけたことによりそれは叶わなかった。

 一体僕の邪魔をしたのは誰だと、羽を震わせ怒りを顕にしながら振り向くと、僕は天を仰ぎたい衝動に駆られた。


「何の用、クズ」

「なぁんだよ、そんなに嫌がることはねーじゃねぇか。おんなじ群れの仲間同士だ、ふつーに俺の名を呼べよ」


 レオンはただでさえ細い目をさらに細めながら小馬鹿にした口調でそう話す。

 僕は不快さにくちばしを軽くカチカチと鳴らすと、レオンを睨みつけ

「……用件はなに? さっさと話してくれるかな」

 レオンは鼻を軽くフンと鳴らすと、獲物を見つけた猫のように目をギラリと光らせ「たいした用じゃねぇよ」とうそぶいた。


 一体その様子のどこがだ、と思いながらも「聞かせてくれるかな、君の大事な用件って」

 僕はそう言うと、レオンは満足そうに目を細めて恭しくお辞儀するとくちを開く。

「まぁ? 本当にたいした用じゃなかったんだけど、そんなに言うなら話してやるよ。……噂になってるぞ? お前が人間にゾッコンだってな」


 口調こそは穏やかではあるが、レオンの目は憤怒の色を湛えていた。


 基本的に僕らカラスは人間が嫌いだ。だから僕が人間と関わろうとするのを嫌うのだろうが、僕の問題でありレオンの問題では無い。

「お前に何か関係のあることなの? 無いはずだよ。もう、用はないよね」


 僕は言い終えると踵を返そうとしたがそれよりも早く「まだ話は終わりじゃねぇ。最後まで聞けよ」という声が後ろからかかる。その声は先ほどまでは隠されていた怒りが顕になっていた。

 僕は眉をひそめながら─僕たちには眉はないがそんな心情だ─振り向いた。


 そんな様子の僕を見たレオンは敵を見る目で見据えた。

「……なぜそうまでして人間のところに行きたがる? からかいにでも行ってるのか」

「違う。僕はあの子をからかったりなんて絶対にしない」

「──噂は本当らしいな。俺が聞いた話じゃ人間の子供が心配で見に行ってるってな。とうとう頭でもイカれたのか」


 忌々しげに吐き捨てるように言うと嘲笑を含んだ声で「…あぁ、その子供も頭がおかしいから気になるんだな。お前もおかしいもんなぁ?」と続けた。


 その言葉を聞いた瞬間、僕の頭の中で何かが弾けるような感覚がした。

「黙れ! 僕のことを貶すのは構わない。でも、あの子を貶すのは絶対に許さない……!」


「──────!」

 普段の僕からは考えられない剣幕に体を仰け反らせたレオン。彼は何とも言えぬ表情をしながらも話を再開した。

「……お前にはしては珍しいな、声を荒らげるなんてよ。そんなにその人間の子供が大事なのか? よぉく考えろ『カラス』のお前に何ができる……?」


 淡々と話すレオンの言葉を噛み砕くので僕は精一杯だった。

「大事…? そんなのよく分からないよ。僕はただあの子の様子を見に行ってるだけで、そんな風に思ったことは一度もない。君は一体なにを聞いてきたわけ……?」

「ははっ! 俺は聞いたままを話したまでだぜ」

 彼は何を言ってるんだという口調で話す。だが何かに気づいたような様子を見せると、丸い目をさらに丸くさせ驚愕の表情をした。


「お前まさか自覚ないのか? なにを見てきたか知らねぇが親兄弟を傷つけられたようなツラしてんぞ」

「……僕には親兄弟はいないから全く分からないよ、そんなこと言われたって」

「──お前って頭良いぶん、大事な感覚失くしてるよな。わかんねぇならいい」

「お前、僕がそんな言い方されたら余計気になるのをわかって言っているだろ。相変わらず嫌なヤツだね」

 レオンはふっと笑うと、じゃあ教えてやると言った。


「なぁ、俺たちは人間から『カラス』って呼ばれてるのはわかってるよな…?」

「それはもちろん。何度か町でそう言われたからね」

 僕の言葉に頷くと、だったらなと言葉を続け「お前、気付かないふりしてるだけじゃねぇのか」と宣う。


 気付かないふりだって? 僕は彼の言ったことが頭に入っていかなかった。そんな僕の様子にはお構いなしに話を続ける。

「俺たち『カラス』がいっくら人間のことを気にかけたって無意味なんだよ。お前だって知ってるだろうが、人間は俺たち『カラス』が嫌いだ。まずそもそもだな? 俺たちの言葉をアイツらは理解出来ないんだよ。お前が気にかけてるあの子どもを心配したってなにも出来やしない。……ホントはわかってるはずだぞ、無意味だって──」

「────黙れよ!!」

 考える前にレオンの話を遮った。そんな自分に驚くと同時に気付いた。




──────そう、僕は気づいてしまった。




「もう、黙ってくれよ!」


 僕は『カラス』として生まれたことを憎く思う。


「……そんなの僕が一番分かってる」


 僕は人間に生まれたかった。そうすればあの子のそばに居てあげることができるのに。


「──お前に何が分かる? あの子の苦しみが、あの子がどんな目に遭ってきたか。知らないだろう?  子供を守るべき親が自分の子を殴るんだ。僕らの世界でもごく稀に起こることではあるけれど、普通ならありえないことなんだよ!」


 感情のままに吐き出し、息が切れた僕は必死に呼吸をした。そんな僕の様子に心配したのか、大丈夫か? ちゃんと呼吸しろなんて声をかけてくる。

 普段は僕のことを心配などしない彼が心配してくれているこの状況に、少しばかり笑えて落ち着いてきたようだ。


「冷静だって? 僕は至って冷静だけど。お前とは違って頭の構造違うからね」

「……お前、やっぱり頭イカれたんだろ。一回ちゃんと冷静になれ」

 僕の嫌味は虚勢だと思われてしまったようだ。一人嘆息していると少し気になることを言ってきた。

「……はぁー。あとはもうお前のすきにしたら? 一応忠告してやったんだからな、後で後悔すんじゃねーぞ」


 そう言ったレオンの目からは何一つ感情が読み取れなかった。結局彼は何をしたかったのだろうか?

 忠告とも言っていたが、何をどう忠告してくれたのかいまいち要領を得なかった。ちゃんと分かるように伝えて欲しい。だから僕はあいつが嫌いだ。

 言うだけ満足したようでさっさとレオンは帰って行ってしまった。








────僕は軽く息をつくと、せっかく公園にいるのだし夕方まであの子が現れるのを待つことにした。気づいてしまったこの感情と向き合いながら。







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