第11話 それぞれに高鳴るもの
「えーと…しおりOK…懐中電灯OK…睡眠薬と胃薬OK…後は…あぁ、そうだ…!」
僕は机の引き出しからUSBを模した小型スタンガンを取り出した。
「使わないに越したことは無いけれど…念の為…」
コンコンと扉から音が鳴る。僕は咄嗟にそのスタンガンをポケットへとしまい込んだ。
「俊君?入るわよ?」
ガチャリとドアが開いて、そこにはミトンをつけたままの母さんがいた。階段から香ってくる甘い匂いから察するにお菓子作りにでも励んでいたのだろう。母さんの名前は
「明日…いよいよ修学旅行ね!特に足りない物ない?大丈夫?」
ぐっと胸の前で両手の拳を握る母さん。さながらプロボクサーの構えだった。
「だ、大丈夫だよもう子供じゃないんだから。用意は大体済ませてるし…」
「で、でもでも…!あ、あれじゃない!?えっと…女の子と一緒に回るのよね?」
「あ、あぁ…うん。そうだけど…それが?」
「あ、あれよ!?節度を守ってその…上手くやりなさいね!」
僕の方に向かって体を傾け、グッと親指を立てる母さん。最近上手く眠れていないこともあってか、その態度を軽くは流せない。あぁ、出来ることなら世のお母さん達に声を大にして伝えてやりたいものだ。思春期で多感な時期の男の子には決して色恋に対して探りを入れるなと。そう言いたい。
「はいはい…分かった分かった…用件はそれだけ?」
「んーっ…!そ、そうねぇ…っ!あ、俊君駄目よー!この枕カバー汚れちゃってるじゃない!早くお洗濯しないと!」
ついでにもう一つ僕は言ってやりたい。思春期で多感な時期の子供の部屋にはなるだけ立ち入るなとも。
「分かった分かった!!僕は僕でやる事あるんだから!!早く出てってよ!!」
「ご、ごめんなさい…あ!最後に、一個だけ!一個だけいい?」
「なにさ…?」
「キ、キッスは軽いのにしておきなさいね…?母さん、それで昔恥かいちゃったから…」
「いい加減にしろっ!!」
僕は母さんの背中をぶん殴りでもするくらいの勢いで無理やり部屋から押し出した。扉をバタン!と強く閉め、拒絶の意を露わにする。
「俺は一体どっちに似たんだよ…全く…」
母さんも父さんもどちらかと言えば能天気で温和な性格だ。僕はそれとは反対に神経質で口調が強いと自覚している。当然、僕は母さんらみたいになりたくはあった。だから尊敬もしてるけれど。
「にしてもキスとか…おぇ…!」
両親の情事の記憶など子である僕からしてみれば吐き気を催す内容だ。それをあっけらかんと言ってしまえる辺り本当に母さんらしいと言うか、何と言うか…
僕は再び思い出したかのようにポケットからスタンガンを取り出して、それをリュックサックに取り付けた伸びるキーチェーンと連結させた。
「よし…これでいざというときは…いや…やっぱポケットにしとこう」
キーチェーンごと取り外して一日目に履く予定の制服のズボンへと取り付けた。
「3泊4日か…長いよなぁ…やっぱ…」
男女同部屋という訳にもいかないので僕らの班は岐美さんと飯森、僕と長谷屋君の二部屋に分かれて泊まるらしい。積もる話もあるだろうが、流石に無言の時間が続くのは苦しい。
「トランプ…持っていくか…後、これも」
100円ショップで昔、買ってもらったミニ将棋盤。これを使う事になるかは甚だ疑問だが鞄の容量にはまだ余裕がある。取り敢えず入れておこう。
「よし…これくらいか」
どうしてこうも学校行事の前の日という物は胸がざわつく物なのだろうか。もしかすると今の僕は不安、なのだろうか。
シュポッ!机に置いたスマートフォンから聞こえるメッセージの通知音。僕は、見るまでもなく何となく明日の事についての連絡だと察した。見てみると予想通り、僕達5班のグループチャットに一通のメッセージが投下されていた。岐美さんからだった。
「 ( ´∀`)bグッ!」
わざわざスタンプも使わず顔文字だなんて相変わらず岐美さんは変わっている。内容は…まぁ、何を伝えたいのかすらも分からないので僕は既読だけつけて静観する。そうしているとメッセ―ジに対する返事が飯森から。
「かわいい~(#^^#)」
何だこの中身のない会話は。
僕は取り敢えずそのまま成り行きを眺めてみる。すると突然、驚くようなメッセージが表示された。
(グループ音声通話が開始されました)
「ど、どうしたんだ!?急に…会議の主は…長谷屋君!?」
僕は何か確認事項でもあったのではないかと、急いで音声通話に参加する。
「あ、もしもし?長谷屋君?あれ…」
画面にはメンバ―は僕一人。長谷屋君は既に居なかった。
「ごめん、ミスった」
そのメッセージが表示されるのを見て僕は退出ボタンを押そうとする。その時だった。
ポロン!という入出音と共に目玉焼きのアイコンをした「黄身さん」という方と犬と戯れている様子を第三者から取られたようなアイコンの「飯森小森」が入ってくる。
「あーあー…テステス…こちら岐美です。眠れません。皆でモチモチしましょう」
「ま、まぁまだ22時だし…そんなもんじゃない?後、モチモチって何…?」
「寝落ち通話の俗称です。先生方とやる本番を前にデモンストレーションです」
「いや、部屋の鍵開けてろってのは別に先生が潜り込んでくるわけじゃないからね?…監視目的であって…」
「ガサッ!!ガサガサッ!」
割れんばかりのノイズに僕は携帯から耳を遠ざける。
「飯森か?この音」
ポロン!という入出音。ミスって開いた長谷屋君も気付いたようで戻ってきた。何となく空気を察したのだろう。
「あー、もしもし?ごめん、ミスって押しちゃった」
「そうなんだ!てっきり、何か確認したい事でもあったのかと思ったよ」
「何か話しましょう、長谷屋さん」
「何かって何を…?」
「岐美さんがモチモチしたいんだってさ」
「モチモチ…?何それ?」
「伝わんねぇじゃん!!一体、どこの俗の言葉だよ!!」
「岐美族…」
「それは…一子相伝の奴だね…多分、岐美さんの代で途絶える奴だよきっと…」
「ぶっはははは!!なんだよそれ!前から思ってたけど相性良いな、二人!」
「へへ…そ、そうですかね…?イエスとノーですかね…へへ」
「阿と吽ね。言っておくけどそれと同列の表現として使われてるの、僕まだ納得してないからね」
「ぶっ…!くくっ…くっ…!な、なに…?イエスとノー?」
それ以上は追及しないでくれ長谷屋君。恐らくこのやり取りに意味もなければ終わりもないから。
トントントンと金属の階段を登っているかのような音がして、僕の意識はそちらに向く。その音の主は飯森だろうか。ガチャリと音がして、小さく声が聞こえた。
「ただいまー…っと」
「おかえりなさいです。ただ、この時間は法が許しませんので民事で行きます」
「違うわよっ…!買い物行ってたの!洗剤とか切れてたから…!」
小声で囁く飯森。その声色は普段と大分印象が違っていた。囁き声という物は思ったより本来の声の原型をとどめない物らしい。
「私は法の番人としてあなたを捌きます。罪の重さから鑑みるに三枚におろすのが妥当でしょう」
「うん、それ魚!遠まわしに飯森をディスってない!?実は不仲とかじゃないよね!?」
「ぶはっ…!!くくっ…!」
飯森からの応答がない。音声通話ならではの独特な間が突如として生まれた。誰が話し出すのか、待つようなそんな時間。さっきまで活き活きと話していた筈なのに。
シュポッ!突如、メッセージが届く。見るとそれは今まさに話している筈の岐美さんから。
「飯森さん、おこでしょうか?」
い、いや…それくらい聞けばいいだろ…というか、今ので怒るような奴か?
僕は適当にフォローを入れるべく岐美さんにメッセージを打ち込む。それを遮るように別の人からのメッセージが映り込む。
な、なんだ…!?隠木…?一体何が…?
「なんか飯森さんから突然友達追加来て電話でのコミュニケーションの取り方を教えてくれって来たんだがどうすればいいと思う?」
い、いや…知らん!!というか飯森が黙ってるのって気まずさを感じてるからかよ!
だが、無視をするわけにはいかない。取り敢えず僕は岐美さんにメッセージを…
シュポッ!またも僕の入力画面を遮るように別の人からのメッセージ。まさかの木透からだった。
「明日は修学旅行ね!考えてみれば私達が過ごす最後の特別なイベントと言ってもいいわ!そういえば聞いたわよ井形君、岐美さんと同じ班になったんですってね。まずは、それをお祝いさせてもらうわ。おめでとう。私は…」
長いわ!!どんだけ気合入ってんだよ!?アイツ、SNSを恋文か何かだと思ってないか!?
要約すると岐美さんの部屋にお邪魔をしたいけれど、彼女が好きそうな遊びを教えて欲しいとのことだった。俺に分かるかよそんなの。
「いや、もう普通にここで話してくれない!?裏でチャットするのやめな!?」
僕が口火を切ると白々しくも女二人は言い訳の言葉を並べ立て始めた。
「なな…何が!?どうしたの急に!?私は別に魚だとは思ってないんだけどっ!?」
「いや、そこじゃねぇよ!?なんで己の種族を疑ってんだお前は」
「鬼オコゼちゃんではないという事ですね。ふぃー」
「何の話…?」
困惑する長谷屋君の気持ちは最もだろう。彼だけが今、蚊帳の外に居るのだから。
「なんか、今の沈黙の間に二人から裏のチャットが流れて来てたんだよ色々…なんか、気まずいからかしんないけどさ…」
「え…言うほど気まずかったか?」
流石長谷屋君だ。そう、得てしてコミュニケーション強者、もとい陽キャという物はあの程度で気まずさなど感じない物なのだ。僕も当然、そっち側に近い人間だ。だからこそ、気まずさを感じこそすれ特にそこまでの負荷は感じない。いや…本当はどうでもいいと思っていたのかもしれないが。
「き、岐美さんっ…あ、あのさ…?トランプ…持ってく?」
飯森が淀みつつも言葉を投げかける。
「おー…言われてみれば何も考えていませんでした。二人で恋バナナを咲かせるのやもとは思っておりましたが」
「コイバナナ?そういう品種があるの?」
ない。というか、ある筈がないだろうそんな物。これまでの飯森の反応を見るに、悪い人間に速攻で引っかかりそうな危うさが彼女にはあるように思えた。
「あー…二人で雑談したいって事でしょ岐美さんは」
「ザッツライト」
「な、なるほど…でもちょっと夢ではあったのよね…!友達とトランプするのって!」
「そういう機会無かったのか?これまでは」
長谷屋君は僕と同様の疑問を抱いていたようで、思ったまま飯森に質問を投げかけた。
「そ、そうね…私、中学の頃までは病弱で…殆ど学校通えなかったのよね。それで…」
「凄いな飯森」
真っ先に思った言葉が口を突いて出ていた。そこには岐美さんの時とは違って動揺も後悔も無い。
「え…?」
「あ、いや…そんな状態からウチを受験したんだろ?それって並大抵の事じゃないだろ。ウチ偏差値高いし」
「確かに…一応宇野舞は進学校だからなぁ…」
「うん。体がダルいと勉強なんて普通する気は起きないもんだからな。それだけ…なんというか、ひた向きに頑張れるのって羨ましい。尊敬するよ」
「え…あ、うん…あ、ありがと……」
「井形さん、いくらモリリンがチョロいからといってナンパは辞めてください。不敬罪です」
「い、いやっ!違うしっ…!大体、不敬罪って…僕の位が圧倒的に下ってことになるんだけども!?」
指摘されたせいで変に意識してしまう僕。飯森は確かに気の強そうなギャルに見えるけれど確かに可愛らしい側面もあるから。だからこそ本当に勿体ない。時折出る、意味不明な解釈という名の小ボケが。頭はいい筈だからなおの事。
「ふぁ…あ。やべ…眠くなってきた…」
長谷屋君は通話越しにあくびの音を響かせる。
「ごめん、俺先に寝るわ…」
「おやすみです」
「おやすみー…」
残された僕と岐美さん、そして飯森。この回はいつまで続くのか。
「あ、そういえば明日の集合時刻間違えないでくださいね?井形さんに全責任が行くことになりますので」
「そうなの…?何て割に合わない役職なんだ…」
「それでは私も寝るとします」
岐美さんも長谷屋君に続いて就寝宣言。恐らくまだ僕は寝ないだろうけれど、これは解散の流れだった。
「うん、じゃあおやすみ」
「おやすみなさいです」
退出のボタンに僕は手を掛ける。その時、飯森から呼びかけられた。
「い、井形君…」
「ん?」
「そ、その…!私、楽しみにしてる。修学旅行…!だから…その…」
「迷惑かけるかもだけど…!一緒に楽しもうねっ…!井形君も!それじゃ!」
「あ、あぁ…!おやすみ…」
矢継ぎ早に口にして、飯森は通話から退出した。僕もそれに続いて退出する。
「わざわざ改まって楽しもうって…本当に楽しみなんだろうな…飯森の奴」
あえて僕も、という風に口にしたのは何が理由だろう。その実、楽しみにしていないと思われているのだろうか。
まぁ、楽しむ…というよりは乗り越えるという感覚に近いからなぁ…見抜かれてたか。
「あ、そういや…岐美さんに好きな遊び聞くの忘れてた…隠木には適当に返して…木透には…」
ふと僕は、先週隠木に言われた言葉を思い返した。
納得を追い求める俺は…息苦しい…だっけか。確かにな…考えすぎるのも良くないな。それが相手を不安にさせる事もあるんだろうし。
それこそ、先の飯森のように。
「適当でいいか…!実際、僕には分からないしな。岐美さんなら何でも喜ぶだろ」
僕は木透から送られてきた読むのも億劫になるほどの長文のメッセージに対して二言で返事をした。
「木透が行けばそれだけで岐美さんは喜ぶと思うよ」
「それが友達ってやつだよ」
そう返信すると木透からはまたも長文のメッセージ、適当に頑張って!というスタンプを投下し、僕は電気を消して布団の中へと潜り込む。
鼓動はやけに高まって眠れない。これは修学旅行に対する期待の表れか。
もしかしたら、それもあったのかもしれない。
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