第8話 班決め

「それでは今から、修学旅行の班決めを行いたいと思います」

 海老沢えびさわ先生の溌溂とした声が、教室中に響き渡る。

「受験で忙しくなる者の事を考えれば、この修学旅行がしっかりと遊びに向き合える最後のイベントになるだろうと思う」

 先生はそう言うが、僕自身はどうだろうか。正直、この学校での思い出は特にない。部活動や恋などとも思えば一切縁がなかった。

「だから、仲の良い者達で組む…とは思うんだが…」

 先生は眉をひそめて、さも言いにくそうに言葉を紡いだ。

「出来れば…関りの少ない人とも交流してみてほしいなぁ…と思うんだ」

 クラス中に伝播する動揺と困惑。だが僕は違う。先生の言葉に心中で親指を立てた。

 ありがとう先生。ナイスだ先生。これで自然と岐美さんと別の班になれる。

「色んな人との関りはだな、将来の自分の人生にとって大きな刺激になる。無論、強制はしないし誰と組んだってかまわない。でも、これで最後なんだ。高校生という場においては」

 先生なりに何か考えがあるような口ぶりだ。

 その言葉が僕や岐美さんのような孤立した人間に対する救済を目的にした物なのか、はたまた単に人生の教訓を説きたかった物なのかは分からない。

「班は4名で一つの班だ。宿と旅行先での行動はそのグループで行う事になっている。バスの座席は悪いがランダムにさせてもらう予定だ」

 ランダム…か。まぁ、いっそその方が気が楽だろう。

「それじゃ、制限時間は30分で話し合ってくれ。先生はその間職員室に行ってるから、くれぐれも静かにな。はい、スタート!」

 先生の掛け声と同時、教室中に爆発的に広がる誘いの声。

「ね、一緒になろー!!」

「おい!誰誘う誰誘う!?」

 隠木の周りには多くの生徒の姿。岐美さんの家に行くことを隠したままのせいで隠木との間には妙な距離が産まれてしまっていた。

「っ…!」

 隣から異様な視線を感じ、僕は隣の岐美さんを横目で見た。

「ぬぬ…ぬぬぬぬ…!!」

 いつになく鋭い眼光でこちらを見る岐美さんがそこには居た。考える像のように左手の拳を口元に突き立て、呻いている。

 行動こそは不可解なものの呻いている理由はおおよそ察しがついた。

「あ、岐美さんは…もう班の人決まってるの?」

「決まっていると言えば決まっているし…決まっていないと言えば決まっていない…そんなところ…でしょうか」

「岐美さんの目はある意味でキマってるように見えるけど…今日、隈酷いね。眠れなかった?」

 僕が尋ねると岐美さんはその姿勢のままこくんと頷く。

 岐美さんに取りついた寄生体の存在とやらの話。それが本当なら同部屋というのはその正体を探る上で大きなアドバンテージになる。だが、この考えはハイリスクハイリターンの策であることに間違いはない。僕の考えや行動パターンも探られかねないからだ。

「ねぇ、ちょっと…いい?」

 こちらを見る岐美さんの後方から話しかけてきたのは飯森小森いいもりこもり。彼女は僕の知る限り最も着崩した清楚系のギャルだった。彼女が校則のギリギリを攻め続けるせいか、宇野舞の生徒達からは良い印象を持たれていないらしい。ここの生徒達はどうにも真面目が過ぎるのだ。

「あの…さ、班ってもう決まってる?」

 髪をクルクルと捩じりながら口にする飯森。

「いや…僕は一応まだ…だけど」

「そ、そうなんだ…ふーん」

 変わらず髪をクルクルとしながら言い淀む飯森。

 一体、何のつもりだ…?

「また新たな刺客ですか?いやはや、モテ期というのも考え物…」

「え…?何?」

 岐美さんは突如立ち上がり、そんな飯森をさておいて僕の背に回り込む。

「な、何!?」

「飯森さん。彼はわらしのです」

 僕の右肩に頭を置いて岐美さんはとんでもないことを口にした。だが、ここで狼狽える僕ではない。その岐美さんの声は明らかにふにゃふにゃであったから。

「岐美さん相当お疲れみたいだね…」

「え、何?童子わらし?菩薩ってこと?」

「は?」

「あ、いや…わらしのってことは子供か…岐美さんの!?」

 真剣な表情で意味不明な言動を繰り返す飯森。

「な、なんだ…?君は頭がおかしいのか?」

 思わず頭の中の言葉が口を突いて出ていた。その事実に自分でもはっとする。

「お、おかしくないし!そんな事より…!は、班…どうなの?」

「一緒になりたい…と?」

「そこまでは言ってない!」

「は?」

「あ、そうか!そ、そう!同じ班に…なれたらなって…」

「なれタラバガニ…パガニーニ!」

「良いわよねニコロ・パガニーニ!壮絶な人生から紡がれた曲だと思うと私…いっつも曲を聞くと感動しちゃって…」

「糸巻き巻き…糸巻き巻き…」

 駄目だ!頭がおかしくなりそう!無理だこの班!

 僕の肩で意味不明な言動を繰り返す岐美さんに、その岐美さんと楽し気に意味不明な会話を疑問一つ抱かずに続けようとする飯森。

 旅行当日こんなやり取りが三日三晩続くだと!?新手の拷問か何かかよ!?

 策は一つ、まともな人間を入れる事。それしかないと思われた。

「岐美さんってふにゃふにゃで可愛いわね…私誤解してたかも…」

「ゴカイとは、環形動物門多毛綱に属する生物の総称で、ミミズさんのお仲間です」

「あ、知ってるそれ!釣り餌で有名なやつよね!」

 まともな人間…僕の知る限り隠木しか居ないが…

 僕は隠木の方を見る。依然として変わらぬ様子で複数名の男女が未だ集まったままだ。

「井形君と…岐美さんと私…あと一人、誰かいるかしら…」

「くらえ…サキュバスアタック…!」

 両手でハートを作り、そのまま飯森の胸へと押し当てる岐美さん。ほぼ痴漢だった。

「えっ…!あ、あぁ~やられ…た…」

 駄目だ、このままでは埒が明かない。

 僕は岐美さんの頭を優しく持ち上げ、僕の机へとリフトオン。

「んん…あご、痛い…」

「ど、どうしたの井形君?急に立ち上がって…」

「一人、ダメもとで話してみようと思って」

「そ、そう…が、頑張って…」

 君達も頑張ってほしい。そう思いはしたが今度は口に出さなかった。任せた方が嫌な末路になる気がしたというのもある。

 僕はその男女混ざり合った混合体とその中心にいる隠木に向かって歩いていく。

 そして、多少強引に僕は彼らに言葉を投げかけた。

「皆は、もう決まった?メンバー…」

 話しかけるなり隠木と目が合った。だが、すぐに隠木は目線を他の皆へと移す。

「井形君じゃん。何、まだ決まってないの?」

「あぁ、後一人なんだけど。隠木はどうかと思って」

 僕がそう言うと彼らは思い思いの感情をその目に宿した。申し訳ない、面倒くさい。きっと色々だろう。その目で聞かずとも察した。

「悪い俊哉。俺はもうこいつらに前から誘われててさ…」

「いや、大丈夫。ならいいんだ」

河流かわる!井形君とこ空いてるって!」

「え…あぁ、そうなんだ」

 彼は長谷屋河流はせやかわる君。サッカー部のエースとして活躍中のモテモテ男子だ。

「井形君、コイツじゃんけん負けちゃってさ」

「あ、あぁ…!なるほど…!」

 どうやら彼はあぶれてしまったようだ。

「ま、まぁ…!まだ他の皆もメンバー集めの最中だろうし、別に僕らのとこ以外でも…」

「いや、いいよ井形君。一緒に回ろうぜ」

 そう口にする彼の目はどこからどう見ても本意ではなさそうだった。隠木とは僕ほどではないにしても関りの深い長谷屋君。この修学旅行がワクワクに満ちた物であると相応に期待していた筈だ。それなのに。

「思えばさ、話したことなかったし。井形君と」

 駄目だ…その無理してるような笑みが…笑顔が痛い!おまけに辛い!長谷屋君にあんなバケモノ達をぶつけるなんて!

「やっぱ、隠木じゃないとダメか?」

「い、いやそんなことない!むしろ…」

「むしろ…?」

「いや…何でもない」

 僕も腹をくくろう。どの道、誰か一人は一般人から犠牲者は出たわけだ。

 僕のミッションは三つ。一つは岐美さんが口にしたあの数字の羅列の意味を解析する事。妹さんに試してもらったが、どうやら箱は開かなかったらしい。143という数字は一体何を指し示すのか探る必要がある。

 次に、岐美さんに取りついているらしい寄生体の正体と切り替わる条件の特定だ。そもそも、恋愛的シチュエーションで切り変わるなどというふざけた条件は認める訳にはいかない。

 そして最後、長谷屋君を守る事。彼は隠木の大切な友人だ。隠木を巻き込まないと決めたのなら、彼も巻き込むわけにはいかない。

「井形君、ごめんな…なんか、無理させてるみたいで…」

 マズい…!表情に出てしまったか…!

「あ、あぁ!いやいや違う…!ちょっと、寝不足気味というか…全然、無理とかじゃないよ!」

「なら、いいんだけど…」

 どこか申し訳なさそうに口にする長谷屋君。その表情は僕個人としては意外に感じられる物だった。

 もっと、心根が強いタイプだと思っていたが…やはり隠木と一緒の班になれなかったことが尾をひいているのだろうか。 

「他のメンバーとかって…もう?」

「あ、あぁ…紹介するよ。ついてきて」

「う…うん」

 重たい足取りで僕は自席へと向かう。

 僕が席まで戻ると、そこには相も変わらずちちくり合う二人の姿があった。

「モリモリは…何がモリモリなんえすか…?モリモリ」

「モリモリ…うんちのこと…?漫画的表現の話よね…?」

「ぷぷっ…!ぷふっ…!!」

 その品性の欠片もない会話に辟易しつつ僕は口を開いた。

「長谷屋君、ごめん。彼女ら二人がメンバーなんだ」

「ご、ごめんとは何よ!私はコミュニケーションを…って、長谷屋君になったの?隠木君は?」

「隠木は駄目だった。あれこそ本当のモテ期って奴じゃないかな」

「よ、よろしく飯森さん…」

「飯森さん…モリモリ…ぷふふっ!」

 何かを思い出し笑いしたかのように岐美さんは両手で口を覆い、小さくうずくまる。

 僕は隣に立つ長谷屋君の表情を恐る恐る伺った。

 駄目だ…!長谷屋君の目から光が…!

 普段の爽やかな笑顔は見る影もなく、長谷屋君の表情筋はまるでアンドロイドのように動かない。

「モ…モリモリ!」

 岐美さんが笑ったことが相当嬉しかったのか、上腕二頭筋を見せつけるようにマッスルポーズを取る飯森。

「ぷふふっ…!!ぷぷっ…!」

 それを見て笑えてしまう岐美さん。完全に深夜テンションのそれである。

「あ、ははは…」

 それにつられて明らかな愛想笑いを浮かべる長谷屋君。

「はは、は…」

 やった本人の癖に照れくさそうな飯森。

「…」

 そして絶望し、立ち尽くす僕。

 これにて3年E組第5班が結成と相成った。

 四者四様よんしゃよんようの内面を映し出す僕らの表情はきっとこれから修学旅行に行くとは思えない不安を映し出していたように思う。少なくとも僕はそうだった。

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