第5話 望まれた私も有りのままの私も
第一印象は最悪だった。目の前に現れた彼女の装いは私の神経に触ったから。
互い違いの長さの靴下に食べ掛けの巻き寿司を片手にした彼女。噂に違わぬ変人ぶりが一瞬にして伺えた。
「あ、どうも。こんにちは…えっと、あなたが岐美葉子さん?」
彼女と井形君が校内で噂のお似合いカップルだという話は耳にしていた。その実、付き合ってなどいないのだろうけれど彼女の内心が分からない以上迂闊な事は口にできそうもない。
その時の私は見に回ろうと決めていた。選択としては間違っていなかったようにも思う。
ただ一点予想外だったのは岐美さんが思った以上に可愛らしい女の子だったという所だった。
「ふむ、噂に違わぬ均整の取れた容姿…ですがおもしれー女ポイントを考慮すればおそらく萌え値は同格…良きライバルになりそうです」
「えっ…?」
満面の笑みに右手を差し出す彼女。明らかに変人なのには変わりないのに、その無垢な笑顔が私の調子を狂わせた。
「申し遅れました、私の名前は岐美葉子。血液型はAB型、身長162cm、体重はひゃく…」
「だ、大丈夫大丈夫!そこまで言わなくて!え、ひゃく…?」
「うむ、それでは私も口を噤みましょう。お口をチャック…んんんんん!」
自由で、奔放で、誰よりも自分らしい彼女。それと比べれば私は遥かにつまらない女だった。
二人と別れた後の帰り道、徐々に冷静さを取り戻していく思考に私は羞恥の念を未だ抑えきれないでいた。
「うぅ…どうして、あんな…」
思い起こされる恥ずかしい出来事の数々。私を見る井形君のあの幻滅の意を孕んだ視線が思い起こされて、堪らず頭を掻きむしってしまいたくなる。それと同時に蠱惑的な岐美さんの表情とあの言葉も浮かんできて。
「私と友達になりましょう木透さん」
「うぅ…」
「辛いときは、私の胸で泣くといいです。私もあなたの肩で泣きますので、コノヤローと」
「うぅ…!!」
浮かんでくる声に抗うように私は帰路に付く。あのヌボーっとした目つきも、あのフラフラとした佇まいも私に自由がなんたるかを教えつけたのだ。誰かの期待に応えなくてもいいと言う事を、与えられた役割から道を踏み外したって何の問題もないという事を。
胸がまだほのかに暖かい。まさかこんな気持ちになるなんて思いもしなかった。
ブーッ!ポケットに入れたスマートフォンが音を鳴らす。手に取ってみると、そこには岐美さんからのメッセージ。今日連絡先の交換をしたばかりの彼女からだった。
「明日、校舎裏で落ち合いましょう。人目の付かないところで内密な話をしたいのです」
岐美さん…!
かつてないほどに岐美さんは予想外で、規格外で。そして…限りなく平等。
「岐美さんと…二人きり…面倒な予感しかしないけれど…でも…」
「ちょっと楽しみ…かも…」
「おっす、会長じゃん!奇遇だな!」
「あ…」
私に声を掛けたのは同じクラスの
「会長ってこんな時間に出歩くことあるんだな!てっきり、生徒会室に籠りっきりかと思ってたよ!」
「え、えぇ…ちょっとね…」
「おいおい!萩本!会長じゃねぇか!何て大物に気軽に声を掛けてんだよ!」
「え?」
後ろから追いついた男女混合の集団は私を見て明らかに委縮した。
「ごめんなさい、会長…こいつ、なんか変な事言いませんでした?」
「いえ…特には…」
「めんどくせぇー…会長も一緒に行かねぇ?ボウリング」
「おい萩本…!会長が俺らみたいに野蛮なのと一緒に居たいと思うか…!?空気読め…!」
私に聞こえないように声をすぼめていたけれど私の耳には容易に届く。その言葉の全容も、その言葉の真意も全て悟れるほどに。
「萩本君、誘ってくれてありがとう。本当は行きたいところだけれど門限が近くて…ごめんなさい」
「まぁ、それなら…仕方ないよな」
残念そうに口にする萩本君の顔を見て私の胸はズキリと痛んだ。
どうしてこんな思ってもいない事ばかり口にしなくてはならないのだろう。どうして私ばかりこんなに我慢をしなくてはならないのだろう。
「じゃ、会長!またなー!」
萩本君は隣の男の子にベシっと頭を叩かれていた。それを見送って今、思い浮かぶのは明日の事。
「内密な話…って何なのかしら…」
井形君の事…だろうか。彼と岐美さんは席も隣同士、相性だってバッチリに見える。それを踏まえて内密な話となれば、おおよそ予想は付く。
「恋愛相談…なの…かしら」
だとしたら答え辛い。私は井形君の事も、岐美さんの事も好きになってしまったから。
「ま…考えても無駄ね…岐美さんの事だし」
岐美さんとのカフェへと向かう道、確か彼女は今日の予定をバトルだと認識していた。その点を鑑みれば、岐美さんは私の事を恋のライバルだとして捉えていたとも考えられる。
「木透さん、ありのままの自分で今日はバトルしましょう。メイクの方を一度落として…」
「えっ…?私、すっぴんなんだけど…」
「ほぁ…!?むっ…むっ…むむむっ」
私の頬をムニムニと揉みしだいた岐美さん。その表情はいつもと変わらなかったのだけれど、そこには何か小動物的な愛らしさがあった。
「ふふっ…楽しかったな…」
背後から吹きすさぶ風は冷たすぎず温くもない、ちょうどいい風だった。その風の吹く方へ私は空を見上げる。そこには沈みゆく太陽と夜の到来を伝える茜の空。
「嫌だな…そう言ったらどうなるのかしら…」
自分の思いのままを彼女にぶつけてみたい。今ならばできる気がした。
私は岐美さんのメッセージに返信する。
「私がいやだって言ったら?」
ドキドキと鼓動は高鳴る。岐美さんならきっと予想外なメッセージを飛ばしてくるはず…そう考えての行動だった。
嫌われるかもしれない、突き放されるかもしれない。もしかしたら、木透斗依は嫌なヤツだって吹聴して回られるかもしれない。数多の可能性が私の頭の中を駆け巡る。耐えきれず私はスマホの画面を視界から遠ざけた。
メッセージを送ってから数分後、ポケットに入れたスマホから通知音が鳴り響く。見なくても分かる、きっとそれは岐美さんからの返信だった。私は意を決してスマホを取り出す。
「そうですか…」
いや、そこは普通なんかい!!
岐美さんは何処までも予想外だった。
「ふふっ…」
私は苦笑交じりにメッセージを返す。
「ごめんごめん…!冗談だよ。明日楽しみにしてるね」
そうこうしているうちに家の前までついていた。重たい玄関扉を開け、転がり込むように私は靴を脱ぐ。
「ただいま~」
「おう、お帰りー」
玄関からひょっこりと顔を出す父の姿。ボサボサの髪の毛にパジャマ姿のだらしない姿。
「なんだ、帰ってたの」
「なんだとは酷いなぁ、2週間ぶりのパパだぞ?もっと、なんというかだな…」
「はいはい、どうせご飯も食べてないんでしょう?あり合わせでいい?」
私は父の側をさっと抜けて鞄をおろし、台所に立つ。
「斗依、学校はどうだった?」
父と母に会う度に聞かれる問い。いつもは辟易して適当に返していた問い。
そんな問いに私は心の底からこう答えた。
「た…楽しかった…」
父は少しだけ間をおいて、台所へ駆け込んでくる。
「これこれ!やっぱり斗依の笑顔は万病に効くんだよなぁ!!痛めてた肩もすっかり治っちゃった!」
肩をぐるぐると回す笑顔の父。その圧に私は後ずさる。
「え、笑顔…!?そ、そんなに笑ってない!」
「いーや、笑ってた!見えたからな!CMのオファーがかかるくらいには美しい白い歯が!!」
ビシッと私の口元を指さす父。
「おっ、赤くなった!斗依~パパには全部つつぬけ…」
「ふんっ!!」
私は父の脛を蹴り上げる。
「いってぇ!」
「私の事はいいから!取り敢えず座って待ってて!!ご飯作らないよ!」
「は、はい…すいません…」
「全く…デリカシーの欠片もないんだから…」
リビングへ戻っていく父の口元が見えた。何かを噛み締めるような優しい表情だった。
いつもはどんな風に返答していたかよく覚えていないけれど、もしかしたら両親は私の学生生活を案じていたのかもしれない。仕事で忙殺されて家に私を残す負い目も…あったのかもしれない。
そう思うと、その言葉を今すぐに伝えなくてはならない気がした。
「お父さん!」
「ん?」
「ありがとう…いつも…その、気にかけてくれて…」
「おう。斗依もありがとうな」
「何が…?」
「パパ達の娘でいてくれて」
締め付けられるような胸の痛みに何かがこみ上げてきそうになる。私は必死に押しとどめて料理を進めた。私は料理も出来る、運動もできる皆の憧れ。生徒会長の木透斗依だから。
学校へ行く理由が増えた。そのせいか明日に向かう心は軽い。
憧れの自分でいる為に、パパ達の自慢の娘である為に。そして私の友人、岐美さん達に会いに行く為に。私は明日も学校へ行く。
「やっぱり岐美さんも、同じUMAだったりするのかしら…」
「んー?何か言ったか斗依?」
「何でもない!」
「ま、今更関係ないわね…そんな事」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます