天使だと思って拾った奴隷少女が、実は最強のヤンデレ魅魔だった件。

九条

第00話 優遇された凡人と、ありふれた日常の裏側

ここが現代日本だと言われても、たぶん一昔前の人間は信じないだろう。

 高層ビルが立ち並び、スマホ片手に人々が行き交う景色は変わらない。だが、その人混みの中には、明らかに「異質」な住人たちが混ざっている。

 猫の耳をピコピコ動かしながらレジを打つ店員。

 鱗に覆われた腕で、重い配送荷物を軽々と運ぶドライバー。

 この世界は、人間と、それ以外の種族――通称『亜人(デミ)』が当たり前のように共存している。

 数で言えば亜人の方が多い。けれど、テレビに映る政治家や大企業の重役は、判で押したように人間ばかりだ。

 人間は「管理する側」、亜人は「労働する側」。

 法律で明確に差別されているわけではないが、就職、進学、福祉……あらゆる面で人間には見えない「優先チケット」が配られている。そんな、ゆるやかな格差社会だ。

 とはいえ、人間なら誰もが貴族のような生活をしているかと言えば、そんなことはない。

 俺を見ればわかる。

「いらっしゃいませー。ポイントカードはお持ちですか?」

 俺の名はカイ。二十歳。

 この国の「優遇された種族」に生まれながら、コンビニの夜勤で廃棄弁当の時間を気にしている、どこにでもいる凡人だ。

 まあ、少しだけ事情が違うとすれば、俺が働かなくても生きていける身分だということくらいか。

 数年前に交通事故で両親が他界し、妹は親戚に引き取られた。俺の手元には、広い実家と、国から人間に支給される手厚い遺族補償金が残った。

 ぶっちゃけ、この金と「人間特別手当」があれば、一生遊んで暮らせる。

 けれど、二十歳で隠居老人みたいな生活を送るのも寝覚めが悪い。

 社会との接点を保つため、そして大好きな漫画代を稼ぐため、俺はこうして週五日のシフトに入っている。

 性格は軟弱で、事なかれ主義。野心なんてカケラもない。

 同僚の猫耳の女の子からは「カイくんって、人間なのになんか覇気がないよね」と笑われる始末だ。

 そう、俺はただの、運良く人間に生まれただけの一般市民。

 波風を立てず、穏やかに生きていければそれでいい。そう思っていた。

 タイムカードを切り、店の裏口から出る。

 空はあいにくの雨模様だった。

「……近道して帰るか」

 傘を開き、いつもなら避けて通る市場の裏通りへと足を踏み入れる。

 そこは、表向きのきれいな共存社会からこぼれ落ちた、少しだけ「濃い」場所。

 安い労働力として、あるいは愛玩動物として扱われる亜人たちが売買される、グレーゾーンの市場だ。

 普通なら目を逸らして通り過ぎるだけの場所。

 だが今日に限って、俺の視線はある一点に吸い寄せられた。

 泥にまみれ、雨に打たれる小さな影。

 それが、俺の平穏な人生を終わらせる「運命」だとは知らずに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る