第一章 ──紅の欠片、滅びの地にて
――空が、燃えていた。
けれどそれは、炎の色ではなかった。
灰色の、何かを失ったような光。
どこまでも沈黙に覆われた世界の中で、
一人の少年が目を覚ます。
風が吹いた。
土は乾き、草はない。
ここは
“滅びの大地”
千年前の終焉がそのまま残された場所。
少年はゆっくりと身を起こした。
白銀の髪が、砂の上で揺れる。
頬をなでた風が冷たい。
そして、胸の中に焼けるような痛み。
「……ここは、どこだ……?」
声は震えていた。
自分の名も、
なぜここにいるのかも分からない。
あるのは、手の中の
赤い結晶の欠片だけだった。
透き通るように輝くそれは、
光を放ちながらかすかに鼓動している。
まるで、
彼自身の心臓と共鳴しているかのように。
――ドクン。
「……これが、俺に……呼びかけてる……?」
その瞬間、彼の頭の中で何かが弾けた。
焼け落ちる都。
血の雨。
五つの光が裂ける映像。
“滅び”
の断片が、
夢のように流れ込んでくる。
『炎よ、まだ消えるな――!』
『王よ、何故……!』
『光も闇も、いずれ静寂へと還る。』
「う、うわぁぁぁっ!」
少年は頭を抱えて倒れ込んだ。
熱が体を駆け巡る。
視界が赤く染まり、
耳の奥で誰かの声が囁いた。
《目覚めよ。炎の理が、再び揺らぐ。》
そして、空が裂けた。
轟音。
稲妻にも似た紅蓮の光が、天から降り注ぐ。
大地が揺れ、少年は思わず身を伏せた。
そこに現れたのは――
炎を纏う影。
紅蓮の鎧をまとい、背には炎の翼。
その姿は人の形をしているが、
近づくだけで空気が焼ける。
「……貴様……
その欠片を、どこで手に入れた……?」
低く響く声。
それは怒りと、
哀しみを混ぜたような声音だった。
少年は恐怖よりも先に、
奇妙な懐かしさを感じた。
まるで、
この炎の男をどこかで
知っているような――。
「お、俺は……分からない。
何も思い出せない……。
ただ、この欠片だけが……」
炎の男は沈黙し、炎を少しだけ鎮めた。
瞳の奥に宿るのは、
かつて王と呼ばれた者の威厳。
「……ならば、仕方あるまい。貴様に」
「“名”
を与えよう。」
男は一歩踏み出し、
右手を少年の胸に当てた。
紅の光が舞い、熱が広がる。
「――“リュウト”。」
「それが貴様の名だ。」
その瞬間、世界が震えた。
風が巻き上がり、赤い結晶が光を放つ。
「……リュウト……。
俺の……名前……?」
「そうだ。
名とは、存在の証。
そしてお前は――」
「第六の
“煌剣”を宿す者。」
「第六……?」
炎の王はゆっくりと語り始めた。
「千年前、
この世界には五つの王国があった。
炎、水、雷、風、そして闇。
それぞれの王が
“煌剣”
を継ぎ、
世界の理を保っていた。
だが、
“深淵”
が開いたとき、
全ては終わった。」
ヴァルゼインの声には、
幾千の悲しみが滲んでいた。
「我ら五王は戦い、滅びた。
だがその終わりの中で、
一つの剣が生まれた――
“第六の煌剣”
それは、五つの力を繋ぐ
“鍵”
でもあり、
“終焉”
を呼ぶ存在。」
リュウトは息を呑んだ。
胸の中の熱が、
まるで応えるように脈打つ。
「まさか……俺の中に、それが……?」
「そうだ。
お前はまだ知らぬ。
だが、運命は動き始めている。」
炎の王が背を向ける。
彼の周囲の炎が、
ひときわ強く揺らめいた。
「リュウト、この地から出るがいい。
お前の答えは、
北の
“水の都”にある。」
「水の都……そこに答えが……?」
「そうだ。
“記憶の湖”
が、お前に真実を見せるだろう。」
「待ってくれ!
あんたは、何者なんだ!」
振り向いたヴァルゼインの瞳に、
わずかな微笑が浮かんだ。
「我は、炎の王ヴァルゼイン。
かつて、すべてを焼き尽くした
罪を背負う者だ。」
炎が弾け、風が爆ぜた。
彼の姿は炎の嵐の中に消えていった。
残されたのは、焦げた大地と――
赤い光だけ。
リュウトは立ち上がり、遠くを見つめた。
荒野の果てに、かすかな蒼い光が見える。
それが
“水の国アクアリア”
の方向だと、彼は直感で理解した。
胸の中で赤い結晶が静かに輝く。
「俺は……リュウト。
俺の中にある
“何か”
を確かめるために……歩くんだ。」
歩き出したその足音が、
広大な滅びの地に響く。
やがて、遠雷が鳴った。
雷鳴は、どこか懐かしい声に似ていた。
“雷の王”
が彼を見つめているかのように――。
空を仰ぐと、灰雲の隙間から
一瞬だけ光が差す。
その光はまるで、再び始まる
“神々の物語”
を告げる鐘のようだった。
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