1話『 勇者、労働条件にゴネる』

転生ボタンをぶん殴った三秒後。

世界は光に包まれ、次の瞬間──私と勇者htpp://ぱ(以下、呼ぶのも腹が立つので彼)は、雑多で中世っぽい街のど真ん中へ降り立っていました。


ここはラディアス王国の城下町。

空は青く、街並みはなかなかに綺麗、通りは賑わい、人々は活気に満ち溢れています。

久々の新しい世界に私ものびのびとしています。

ですがそこに影を落とすのはやはり彼。


「なんか意外としょぼいっすね」


彼の言葉に私は眉をひくりと動かしました。


「そういうこと言うな!」


「VRのゲーム感ありますし」


「どこがですかね!?」


私は彼に反論するためもう一度辺りを見回しました。するとどうでしょう。

「安いよ安いよ〜、安いよ安いよ〜」

「イラッシャイ!イラッシャイ!」

「ようこそここはラディアス王国の城下町だよ。ようこそここはラディアス王国の城下町だよ。ようこそ...」


全体的に会話がNPCっぽい!?なにこれバグってる!?転生ボタン強く押しすぎた!?

張り付いた笑顔で店番をするおじさん!出店の角にぶつかっても進み続けるご老人!地べたに寝転ぶ彼!


「何寝転んでんの!溶け込まないでください違和感なく!」


こんなに人足があるのに堂々と寝転ぶ彼の姿には、もう感心すら覚えます。


「まあまあゆっくりしましょうよ女神さん。焦ってもしょうがないっすよ」


「...!」


そんな彼のセリフに私はハッとしました。

そうです。焦ってはいけません。例え街中がNPCっぽい挙動をしていても、ここは冷静にいかなければ、せっかくの優秀女神の名が台無しですから!

私はひとつ咳払いをして、ここぞとばかりに凛々しさを演出します。


「では、まずは定番の、ギルドに行きましょう!」


「めんど...痛っ」


私は怠惰な彼をひっぱたくと、そのままヨレヨレのシャツの首根っこを引っ張って行きました。



◆  ◆  ◆



ギルドの中は広く、依頼掲示板には依頼がびっしり。

冒険者は筋肉ムキムキ、魔法使いはとんがり帽子、金髪ショートでぴっちりノースリーブの受付嬢も私ほどではないにしろ美人さん。定番ですね。定番すぎます。


「htpp://ぱです」


だけど定番じゃない名前。定番じゃないヨレヨレシャツ。だらしない身なり。

それでも受付嬢さんは笑顔です。


「ようこそ冒険者ギルドへ─。htpp://ぱ様─本日はどのようなご要件でしょうか」


「名前呼ばれると恥ずかしいっすね」


頬を染める彼に、私は軽く怒りを覚えました。


「いや一緒にいる私のほうが恥ずかしいですから」


こちらを振り返り頬を赤らめる彼に対して私は一喝。これからも名前を呼ばれる度に背筋がゾクゾクとするのを思うとすでに意気消沈です。


「人様の名前に対して恥ずかしいとは何様っすか?」


「女神様だよ!」


「ようこそ冒険者ギルドへ─。htpp://ぱ様─本日はどのようなご要件でしょうか」


「ああ!もうほら!また同じこと繰り返してますから早く進めて進めて!」


「へ〜い」


機械のように同じ事を繰り返す受付嬢は、彼が『冒険者登録』の用紙に名前を書いたところでやっと止まりました。

事が進んだことで受付嬢は次の言葉を発します。


「では受付料として──金貨一枚頂戴します」


その言葉に彼はだらりとこちらを振り返りました。


「女神さん。金貨一枚っていくら?」


さも当然、といえば当然ですが彼はこの世界に来たばかり、貨幣の価値がどのくらいなんて分かりません。もちろん私もそれは同じでして、世界ごとに価値は変わるものです。

ですがここは女神らしく、所謂チート能力で価値を算出しました。


「ちょうど一万円くらいですかね。」


「一万...一万!?たっか!」


彼はそれはもう大声を発しました。


「女神さんや。あのな、最低賃金が1074円だとすると、9時間以上っすよ?それが登録料とかぼったくりじゃないっすか?」


よりによってここ一番の声量が報酬に関して。ギルドの中にはNPCとはいえ人はたくさんいるわけで、私は恥ずかしくなってチラと周りを見渡して、小さな声で言いました。


「いやいやいや、この世界の貨幣価値は前の世界と違いますし...。最低賃金とかないですし...」


「最低賃金なし!?っは〜、やってられね〜」


私はこめかみを押さえました。

どうして彼は、勇者に見える角度を探す気すらないのでしょうか。


「あのですね、アナタ勇者なんですよ?賃金が安いとか、そういうのいいじゃないですか。大切なのは世界平和ですよ世界平和」


「......は〜」


彼は半開きの目で大きくため息をつきました。それはもう明らかにバカにしている目つきです。私は拳を強く握りましたが、ここは我慢、我慢です。私はお淑やかな女神なんですから。


「わかってねえなぁ...アホ女」


「なんだとテメぇ!」


「いいですか女神さん。世の中金だよ金。働く理由の十割は金なんだよ」


「お前、仮にも勇者!勇者なんだよ!そういう小悪党なこと言うなや!あるでしょもっと、やりがいが!人々からの感謝の言葉が!」


「やりがい?感謝?おいおいおい、女神様がやりがい搾取ですか?ちゃんちゃらおかしいぜ」


私はもう、恥なんてものは忘れていました。

大手を振って勇者に食って掛かります。


「やりがい搾取とか言うな!仮にもここギルド!職場なの!職場!」


「じゃあ見てくださいよあの張り紙、『スライム討伐・報酬金貨一枚』」


「...いいじゃないですか。何がいけないんですか。この世界じゃスライムは雑魚ですよ雑魚」


私の女神チートによれば、この世界のスライムは雑魚モンスター筆頭。ですが繁殖力の高さから、頻繁に狩らないといけないようです。どこのギルドでも見られる、よくある初心者用依頼。


「報酬金貨一枚、ってことは一万円だ」


「いいじゃないですか。雑魚狩りして1万円ですよ」


「よく見ろ女神さん!これは時給じゃない!日当だ!」


「...いやそりゃそうですよ。初心者用クエストですし」


「日当一万だぞ!戦うという命の危険がある仕事に!ベトベトして汚っない臭っさいスライム相手に!しかも最低賃金すらねえ世界で労働基準法があるわけがねえだろうが!」


ギルド全体に彼の言葉が響き渡ります。

NPC然としている街の方々も、これにはこちらを振り返りました。ですが私ももう止まることはできません。彼の勇者らしくない部分をどうにか取り繕うと必死です。


「細かい細かい!勇者!アナタ勇者よ!?さっきも言ったけど、もっとこうあるでしょ!?世界を救うという使命がみたいなそう言う志が!」


「ないっす」


「あれよ!!!」


「受付嬢さん。週休六日、稼働二時間フレックスで月収四十万の事務仕事とかないっすか」


「国が滅ぶ直前の怠惰な王様かお前は!?」


「では受付料として──金貨一枚頂戴します」


「ほら話し進まないから!さっさと払え!金貨払え!」


「いや払わない!払うわけない!最低でも登録時に機種代無料はつけろ!」


「家電量販店のスマホ売り場じゃねえんだよここは!!」


「じゃあドームのチケットか洗剤つけろ」


「新聞勧誘でもねえんだよ!見ろよ世界観を!その半開きの目を開けや!」


「随分俺が元いた世界に詳しいじゃないっすか女神さん。さてはお前、女神じゃなくてNPCだろ?」


「女神の情報量舐めんな!そういう能力なんだよ能力!世界観見て話しろよ!それだけ順応してんなら私にも順応しろよ!」


「では受付料として──金貨一枚頂戴しまままままままままままままままま」


「ほらもうバグってますから!登録でゴネすぎてバグってるから受付嬢!ポケットの中の全部出せ!ジャンプしろジャンプ!」


「そうは言いますけどね女神さんや」


「何ですか!?もういいから払えって!」


「俺、今ここに来たばっかりなのに、金貨も何も持ってないっすよ」


「......。」


彼も私もポケットを裏返しましたが、出てくるのは凝縮された埃ばかりで何も入っていません。ジャンプしてもその事実は変わることがありませんでした。

そのうえ私たちギルド内の人々にぐるりと周りを取り囲まれていて、まるで見世物状態です。

そこでやっと落ち着きを取り戻した私たちに、受付嬢さんが言いました。


「では受付料として──金貨一枚頂戴します」


なぜか冷たく感じた言葉を背にして、私と彼は小さくなって、ポケットの中の凝縮された埃のように背を丸めてギルドを後にしました。



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