この度、女神も悪に落ちまして
のりこ
プロローグ『勇者、怠い』
私は女神、数多の世界に平穏をもたらした女神です。
あ、怪しい団体とかじゃなくて、ちゃんとした女神です。ほんとです。
見た目が幼いのは仕様です。若作りとかじゃありません。身長が低いのも威厳の演出です。ほんとです。
私は女神として、これまでたくさんの世界に転生者を送り込み、世界を救い、文明を進め、魔王を浄化し、国を導いてきました。
昨今の転生者といえば優秀な方ばかりですが、私が選び抜いた方々はその中でも飛び抜けて優秀。自分では気付かない秘めたる力を解放すれば、魔王も世界もちょちょいのちょいなのです。
いちおう、自分で言うのもどうかと思いますけど、私の実績は語るまでもなく優秀、それも超がつくほど優秀なのです。
そんな私が今日お迎えしたのは、先ほどの逝ったばかりのぴちぴちな青年。
魂の状態で現れた彼を見たとき、私は胸の奥がどきっとしました。
(すごい…、これまでの誰よりも……!)
秘められた力──、戦闘センスは私が見た中でもブッチギリ1位、魔力量も化け物級、体力はドラゴンとかけっこしても多分勝てるくらい。
こんな逸材は中々いません!いわば勇者ガチャSSRを引き当てたも同然といったところ!そこに私の豪運&最高の導きを加えれば、次の世界も獲ったも同然ですね!
転生先は勿論、ほかの女神が転生させたがらないゲキムズな候補地を選択してー...と......ん?
秘められてない方の力、いわば本来の力だったり性分だったり、性格だったり、そういったものの中で、精神性が、若干、だいぶ…かなり......怠惰寄りですけど、それはまあ、伸びしろです。うん、伸びしろですね。
どんな優秀な方だって弱点のひとつやふたつはあるものです。それにそういう所が可愛げというヤツですから。
ほんじゃ、早速、いでよ次の勇者よ!次の世界を救い給え〜!!
◆ ◆ ◆
「私は女神。あなたはこの世界を救うために今生き返りました。さあ世界を救うために新たな名前を──」
「めんどいっす」
「はい?」
神々しさと神聖さを表現するために、一張羅を着込んだ私は、目をぱちりと瞬かせました。
転生者の第一声が「めんどい」というのははじめてです。いやもしかしたら「メイドイン」とかと聞き間違えたのかもしれません。そういう特徴的な名前が好きなのかも知れま──
「あ」
「は?」
「あ、でいいです。めんどいんで」
あ、と自分に名付ける人がいますでしょうか?私は知りません。今初めて見ました。もしご両親が生まれたあなたに「あ」とつけたらどう思いますか?人生RTAでもやってるのかと思うはずです。ましてやそれが自分で名付けているとなれば、もはや正気の沙汰ではありません。
いえ、もしかしたら想像や名付けが苦手ということもあり得ますから、私は前々から温めていた名前を、立ったまま寝そうな彼に提示することにしました。
「...もっと、こうありませんか?アルヴェリオ=レオンハルトとか、ノア・ルミナス=オルタナティブとか」
「うわ」
「うわって何ですか?」
「いや、別に」
元々覇気のない彼の目が、より覇気をなくしたような気がしましたが、多分気のせいでしょう。
私渾身の名前を無視して彼は図々しく続けました。
「あの、長さ必要っすか?」
「長さ、ですか?そこは自由ですが」
「記号っている?」
「記号?」
「ああ、数字も入れたほうがいいんすか?」
ID入力フォームじゃねえよ!と思わず声を大にして、手元の異世界行き転生完了ボタンをぶん殴りそうになりました。でも、ここは我慢。
なんせ私は優秀な女神。
それも数多の世界を救済してきた超優秀女神で、ビジュも良すぎるんですから。
送った転生者の平均寿命200年越えは当然。300歳を迎える者もチラホラ。
魔王討伐率は100%越えどころか120%。
最近では、転生させた瞬間に魔王がショック死して、世界中に花が咲きました。
文明発展率はもはや宇宙文明級。
私の転生地だけ文明が蒸気機関を飛び越えて宇宙エレベーター建設しているレベル。
そんなウルトラハイパー美女女神が波風をたてるわけにはいきません。たてるのは青筋だけ。
「...い、いえいえ〜文字も記号もお好きになさってくださっていいですよ〜。それに本当に『あ』でいいなら構いませんからね〜...。でも名前は変えられませんから。二度と、一生。絶対に」
「じゃあ変えるわ」
「よい決断ですよ勇者!」
「htpp://ぱ、で」
ホームページかてめえ!!と思わず罵りそうになりました。しかも間違ってるし!
ああ、わたしの、わたしの輝かしい勇者リストが……!アルヴェリオ=レオンハルトとか、ノア・ルミナス=オルタナティブじゃなくて『htpp://ぱ』!?
固く握った拳をさらに強く握って、なんとか声を絞り出しました。
「一応言っておきますが、お名前入力フォームみたいな気軽なアレじゃないですからね?あくまで、転生後の名前を決めるとこですからね?いいですか?後悔しませんか?」
「あ、はい」
そんな私を嘲笑うかのように、彼は軽々しく頷きます。それどころか寝転がりました。
青筋どころかライトブルーのロングヘアが逆立って点を突きそうになりましたが、がまん...がまんです。
「後悔しません?」
「うん」
「絶対に?」
「いやもう人生で一番めんどかったのが名前書く欄だったんで」
「htpp://も面倒だと思うんですが」
「あ〜、死ぬ直前の記憶、履歴書書きながらトラックに轢かれるところで途切れてるとか最悪かよ〜」
「どんな死に様だったんですかそれ!?」
「いや、そりゃあ...あ、」
彼は小さく声を漏らしました。
ようやく事の重大さに気づいたのか、それ以外の何なのかは分かりませんが、それはもう食いつきます。私の輝かしい成績に『勇者htpp://ぱ』なんてクソみたいな...じゃなかった、へんてこな名前をぶち込むわけには行きませんから、もう必死です。
「はいはいはい何ですか名前変えますか!?」
「いや、大したことじゃないんすけど」
「いえいえ!名前についてですよね!大したことです!何でも言ってください!今なら!今ならまだ間に合いますから!」
ここぞとばかりに前のめりになって、私は彼にグイグイと迫りました。きっといい名前が出てくるだろう、いや、よくなくても『htpp://ぱ』とかいうゴミ以外ならなんでもいいと期待に胸が膨らみました。
「ああ、なんかあれだなって。お名前入力フォームって、変身形態みたいだなって思っただけ」
「フザケてんじゃねええええよおおおおおお!!」
勢いに任せて異世界行き転生完了ボタンをぶん殴りました。もう女神の矜持もあったもんじゃあありません。
……こんなはずじゃなかったのに。でも、私は女神。選んだ以上、導いてみせます。
──たとえ勇者の名前が『htpp://ぱ』であっても。
こうして女神である「私」と、「勇者htpp://ぱ」の全くもって王道ではない、しっちゃかめっちゃかな物語は幕を、いえパンドラの箱を開けたのです。
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