2-10 夜稽古
「航、耳掃除したげよか?」
「ええわええわ、自分でするし」
「遠慮せんとき」
そう言うと航の
――はい、ここ。
カヨは自分の膝の上を嬉しそうに叩いた。カヨの膝の上に頭を預けると、腕を組んで目を瞑った。カヨの暖かい手がやさしく航の顔に触れる。カヨの膝はとても柔らかった。
「なあ、カヨ」
「なーに」
「あとで表に出て棒の稽古でもせえへんか?」
「棒の稽古?ええで」
「ほら。朝に素振りしてるって言うてたやろう。カヨやったら毎日千回振ったらすぐにそこらの男衆より強うなると思うんや。あとは実戦の勘さえ掴んだら、誰にも負けん。そやから打ち合いの稽古をしたらどうやろう。カヨが自由に打込んで来たら俺が受けてやるし」
「ほなら、航をボコボコにしてええんやな」
カヨは笑いながら言った。
「ああ、ええぞ。ボコボコに出来るもんやったら――」
「ほなら、後でヒイヒイ言うてるところに、こうやって薬を塗ってあげるわ」
カヨは航の頬を指で
「それと、もう一つ」
「今度は何や?」
耳を掻きながら航の顔を覗き込んだ。
「ひょっとしたら一週間ほど留守にするかもしれん?」
「一週間も――?どこへ行くん?まさか順の御供やあらへんやろうなぁー?」
「ちゃうちゃう。順とは全然関係あらへん。こいつの件で、若狭まで調べに行くんや」
航は床に置かれている長巻に手をやった。
「長巻?」
「そうや、長巻の由緒が分かったんや」
航はカヨの膝に頭を預けながら、具視から教えてもらった秘刀記の内容について話した。
*
村の夜に、棒を打ち合う音が響く。
――カカカン、カカカカン。
音は短い
六尺棒(約180センチ)は三分の一のあたりを握る。握り部が二尺(約60センチ)、するとその前後に二尺ずつの打ち込み部が出来る。この前後の打ち込み部を連続させるようにして使うのが棒術だ。前の打ち込み部を表。後ろの打ち込み部を裏と呼ぶ。刀のように、斬り下げて、一旦上げて次を斬り下げるというような動きでなく、打込んで上げる時には棒の裏で打つ。裏表を使うのが六尺棒の特徴。そのため連続技の間が短い。カカカンと鳴るのはそのためだ。
航はカヨが打込む技を先程から受けてやっている。たまに隙をみては軽い打ちを返す。たしかに綺麗な動きだが正直過ぎる。技の間が単調なのと動きが綺麗なため、次の打ち込みが予測出来るのだ。
航は技を目で見て受けている分けではない。いくら月が出ていようとも、陰になり見えない時もある。勘で受けているのだ。カヨが技を放つ。航は受ける。その度ごとに棒と棒とが打ち合わさる。まるで言葉なき問答を交わしているようだ。
子供の頃は、よく二人でこうして打ち合った。今と違うのは、その時には父親が二人を見ていた。今はその父親はいない。航は感慨にふけながらカヨの打ち込みを受けてやった。これからはカヨに教えるのは俺だ。基本技が的確に早く打てるようになれば、次は駆け引きや得意技が出来るように教えてやろう。
「すっかり遅なってしもうたな。それにしても大した腕や。基本がしっかりしてるからすぐにものになる。うかうかしてたらほんまボコボコされるわ」
航は息の上がったカヨから、六尺棒を預かってやる。
「まだお前の技が正直過ぎるから受けるのは簡単やけど、熟練してきたらほんま打込まれてしまうな」
航は笑った。
「正直はウチの取り柄やしな」
カヨは笑った。
「あんなぁ。ところでさっきの話なんやけど、ウチ、なんか航が若狭へ行くの、嫌な予感がするねん。なんか起こりそうで……」
「大丈夫や、ちゃんと無事に帰って来る」
カヨは航の顔を見つめた。そしてすっと顔をそらすと東の空の満月を見上げた。
「絶対やでぇー」
「ああ、絶対や」
二人は並んで星空を見上げた。
(第三十三話)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます