1-12 門立ち

 わたるは実相院宮の表門で門立もんだちをすることにした。航が立っている表門と大雲寺山門は、参拝道をはさんで向かい合う。ここに立っていれば、都から来る者を見張ることが出来る。


 天誅てんちゅう騒動のせいか今年の紅葉客は例年よりは少ない。たまに武家の姿も見かけるものの、遊女を連れた紅葉遊山もみじゆさんばかりだ。


 幅六けん(約12m)の参拝道は、地元の者からは六間道と呼ばれる。お茶屋や小商いを行う店が立ち並び、ちょっとした門前町の様相をなしている。村人たちが住む家は、この裏側に点在する。


 村人の中には、空き家を治癒にくる参籠者に貸し出す者もおり、具視が籠る小屋もそんな貸家の一つだ。具視の小屋の方向からは、雀が鳴く声に混じって大工が金槌を振る音がする。今日から雨と風を塞ぐ作業をしているのだ。朝の巡回の折には、具視も作業を手伝い、屋根に板をあげていた。あとで見回りに行く時、カヨが売る団子でも差し入れてやろう。


 昨日は航が立っていると村の者が珍しそうに寄って来たが、今日は会釈や手を挙げるだけで通り過ぎていく。小さな村だから、どこかの家で子猫が産まれても次の日には、皆が知っている。当然、航が寺侍になって表門で番をしていることを知らないものはいない。法印の頼みを引き受けたのもこんな村人の顔を思い浮かべたからだ。

 昨日は午後にちょっとした騒動があった。


 門番をしていると、カヨがやって来て、航に詰め寄った。

 

 そでを振り回しながらカヨが不機嫌そうに歩いて来た。この動きはよく知っているカヨがキレている時だ。カヨは、つねは円らな瞳をニコニコとさせ笑みを絶やさないが、キレると柳眉りゅうび逆立さかだてさせる。石段を上がって航の前まで来ると、袖から何かを取り出し航の顔に何かを投げつけた。


「なによこれ。なんでアイツがこれを持って来るのよ」

 綺麗に畳まれた航の下帯(=ふんどし)だった。


「はぁー?」


「はぁーじゃないわ、このドスケベ。なんでアイツが航の下帯を持っているのよ」


「えっ?何の話?」


「しらばっくれて。なんで順がオマエのふんどしをもっているのか、って聞いてるの――」

 順とは法印の孫、二人の幼馴染おさななじみだ。やっと話の意味が呑み込めた。


「あっ、それ、昨日法印さんに素っ裸にされて、そいで新しい衣装に着替えさせられて、その時に一緒にぬいだやつ……」

 カヨの勢いに押され返答がしどろもどろになった。


「はぁー?武家の装束しょうぞくを着せて貰うだけで、なんで下帯まではずしてんの?そいで順はそこにいたんか?」

 航のすぐ顎の下まで顔を近づけにらんでいる。


「おぅー、そりゃ、順が着替えさせてくれたし……」

 カヨの目が点になった。


「なにそれ――、あきれたー。順の前で素っ裸になって、一物いちもつを振り回してたんかいな?」


「いやいや、一物は振り回してない、絶対にしてないし。それにちゃんと両手で抑えてた」


「はぁーーーー。両手で抑えてた。両手で抑えるほどのもんか、おまえの、、、」


 完全にキレている。おそらく自分が何を言っているかも分からないだろう。ここは下手に出るしかない。力者の頭領の娘で、小さい頃からいかつい男達に囲まれて育てられきたでけあって、カヨの気性は激しい。亡くなった次郎もカヨにいつも詰められていた。それを楽しんでいる節もあったが。


「あのぉー、付かぬことをお聞きしますが。なんでそれがカヨさまのもとに……」


「カヨさまじゃねぇよ。さっき順が風呂敷包み持って来て、これ航さまにって置いていったんや。開けたら一番上に綺麗そうに畳んでおいてあったわ。わざわざウチに見せつけるように。普通そんなことするか?あの女はほんまにいけすかん女や――」


「いや、そう言われても拙者の方ではなんともお答えが……」


「航、あんたひょっとして順に気があるんちゃうやろな?」


「いやいや、それはない。順は単なる幼馴染や。法印さんの孫やし、それに俺らとは身分も違うし……」


「身分が違うって、身分が違わへんかったらどうするつもりなんや?ええか、今度、順の前で裸になったら、二度とあんたの着物なんか洗ったらへんしなぁ」


「はいはい、分かりました」


「はいは一回でええ!」


「はい」

 そう言うと、肩を怒らせながら店に帰っていった。騒ぎに集まっていた村の者も、くすくす笑いながら散って行った。航は、困ったように後手を回し首筋を掻く仕草をした。


 カヨは今朝は機嫌を直したのか、家を出る時も火打ちを叩き、お勤めご苦労さまどす、と送り出してくれた。普段はやさしいのだが、怒りだすと手に負えない。亡くなった義父も酔っ払った次の日は、よく店の前で座らされていた。航に怒ることは少ないのだが、なぜか順のことになるとむきになる。今は店から出て来て、こちらに嬉しそうに手を振っている。棒を軽く突き上げ応答してやると、手を高々とあげ店の方に戻っていった。


 しばらくして芝の坊御殿から桃色の振袖を来た女性が玄関から出て来た。順である。


 順は今では岩倉小町と呼ばれる美人だ。長い黒髪を髷に結わず、後ろに垂髪に流すようにして、背中で髪を丸く玉に結んでいる。色白い肌に眉が細く描かれ、大きな瞳に、小さく咲いたような唇をしている。石段の上に立つ航の方を見て軽く頭を下げると、門の方へ歩いて来た。


「航はん、おはようさんどす。おとうはんが呼んだはりますさかい、ちょっとおうちの方まで来てくれはります」

 順は両手を軽く合わせ身体をくねらせた。


 航は思わず茶店の方を見た。カヨが店先に出ていないかを確認した。航は無言で頭を下げると、石段を下りて順の傍に行った。念のためにもう一度茶店の方を見る。店先にカヨの姿はない。


「航はん。お武家姿の方がよう似おうたはりますなあ。うちはこっちの方が好きどすわ」

 順は袖をあげて口元を隠した。


「順、刑部ぎょうぶはんは、俺になんの用や――」


「さあ、なんの用どすやろう?うちもよう知りまへんわ。そやけど日記を広げたはりましたでぇー。お父はん、毎日日記を丹念たんねんにつけたはりますさかいなぁ」

 口元を隠したままの仕草で、航をじっと見つめていた。首が少しかしいでいる。玉結びの元にはびらかんざしが差され、小さな銀のびらが動くたびに揺れている。


「日記?」


「このあたりで起こったことや、京の都で起こったことなどを、丹念に書き付けたはりますね、きっと航はんが寺侍になったことも書いてあるに違いありまへんわ。うちが航はんのの髪を結い直してあげたんも書いてあるんちゃいますやろうか」

 足元を見るように視線を落とし膝を左右に軽く曲げた。もう少し何か話しそうにしていたが、航は無視して門をくぐった。順は慌てて航に追い付くとと先に玄関に入った。

          (第十三話 了)

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