隠れ里春秋 第一部 千両首の影守

堀川 屯

1-0 序

第一章 千両首の影守かげもり


――キュウイーン、キュウイーン


 甲高かんだかい鳥のような鳴き声がする。どうやらそれはわたるがしっかりと胸の前に抱えている剣が鳴いているようだ。うすら笑いを浮かべた男達が腰から抜いた剣を肩にかつぎ近づいて来る。


 男達の身体が揺れるたびに剣が月明かりをきらめかす。肌寒い冬の風の下、下品そうな嘲笑あざわらい声と草を踏みしめる音が運ばれてくる。どうやら酒壺のようなものをぶら下げている男二人が頭領格とうりょうかくのようだ。これから特別の酒肴しゅこううたげでももよおすつもりなのか。


 航は逃げ道を求め、あたりを見回す。既に四方はとり囲まれているようだ。八つの影が円を縮めるように間合いを詰めてくる。頭領格の一人が航の足元に酒壺のようなものを投げつけた。


――ごろっ、ごろっ、ごろっ。


 それは三回ほど転がり止まった。壺だと思ったもの、それは人の生首だった。生気のないおとうと目が逢った。


「ほれ、もう一つ」、今度は隣の男が投げつけた。おかあの首だった。


「わー!わー!来るな!来るな!おらに近寄るな!」

 航は泣き叫びながら抱いていた長剣のつかを持ち振り回した。さやが付いたままなのを見て回りの男達が笑っている。


「よう坊主ぼうず。その重そうなものをこちらに渡しな。そいつは大事なもんだからよ」

 お父の首を投げつけた男が近づいて来た。


 無精ぶしょうひげを伸ばした男の顔がはっきりと見える。航は思わず目をつむった。男が鞘の先を摑んだ。男にられまいとさやを自分の方に引っ張る。しっかりとつかを握り、決して離さないように両手に力をいれた。


――キュウイーン


 その時、つんざくくような鳴き声が耳元でした。薄目を開ける。少し抜かれた鞘の刃(やいば)から白い炎がのぞく。急に両手が引っ張り上げられたかと思うと、目の前の無精ひげの男の顔が首から滑り落ちた。


――キュウイーン、キュウイーン


 まるで荒馬の尻尾を掴んでいるかのように身体が引っ張られていく。決してこの柄を離すまい、航は必死になって握り続けた。


 回りの男達の首が次々に滑りおちる。二つ、三つ、四つ……。頭のない胴からは水芸のように血しぶきが吹き上がる。ひとり、一番後ろにいた丸坊主の大きな男だけが、叫び声を上げて逃げた。

 生暖かい血の雨が航の顔に降り注ぎ続けた。


       □ ■ □


「うっ――」

 わたるはうなされ目をました。毎夜見る夢のせいだ。あれは夢の中の出来事なのか、それとも本当にあったことなのか、今となってはそれすら分からない。航の首筋も胸元も、汗でびっしょり濡れていた。隣で寝ている妹のカヨを起さぬように表へ出る。 

 今晩の月は夢と同じ下弦かげんの月だ。


 表に出ると、左手に持った刀を抜いた。刃筋を月の欠けている線に沿って立てる。秋の風がまとわりつきながら斬れていく。


 夢でみたようなき声も炎もなく、ただ無言の殺意のようなものが放たれている。右手の肘を軽く曲げ、刃の峰を親指と人差指の谷に当てると一旦、刀身とうしんを鞘に納めた。


 下げを指に掛けるように畳み、刀を両手に掲げて月に向い刀礼する。こじりを腰に当てると、帯の一枚目と二枚目に鞘をぐいっと差しいれた。下げ緒を鞘の後ろに回しへその前に持って来て帯にはさんだ。


 航は、肩の力を抜くと、だらりと両の手を垂れた。


 半眼はんがんにした視線を畳一枚くらい前へ落とし、ゆっくりと息を二つ数える。獲物を狙う様に腰を静かに沈めながら、そっと左手で鯉口を切る。秋の風が冷たく顔を撫でていく。


 一気に、刀を抜くと、真横一文字に一閃いっせんさせた。天を突きあげるように大上段に構え直し、一気に真下へ振り下ろした。

 刃音が夜のしじまを哀し気に啼いた。


 空には片身を斬り落とされたように下弦の月が輝いていた。


        (第一話 了)

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