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  • 05 決戦への応援コメント

    「窯変太平記」のラストを読んだあとでこちらを拝読すると、切なさもひとしおでした (T^T)
    そして、「足利尊氏を討ち、一挙にくつがえす手をもくろんでいた」というところで、またしても『銀英伝』を思い出してしまった私です……!
    考えてみると、足利家で「善き政」をおこなおうとした尊氏の姿と、「間違えたら代わればいいと思っていた」正成の姿もまた、けっきょく民主主義を受け入れることができなかったラインハルトの姿と、どこまでも民主主義を守ろうとしたヤンの姿に重なるものがあるのかもしれませんね。

    作者からの返信

    お星様、ありがとうございます。

    窯変を脱稿したあと、こちらに取りかかったので、私も「ああ……」と思いながら書いてました。
    そしてこの戦い、正成はバーミリオンを考えていたんじゃないかなぁと思ったのです。
    ここで一発逆転をねらうならそれで、だからこそ(結果が失敗に終わったので)自滅覚悟の壮烈な突撃と思われちゃったのでは、と。

    尊氏は建武政権のシステムは頂戴しているんですよ。
    ただ、それを執行するのは足利家で。
    正成は、それはみかどの下で、駄目だったらチェンジが可能な方がマシ、と考えていました。
    この辺も銀英伝からです^^;
    同じ「善さ」を目指していても、現実か理想か、という差が、ここまで二人を分けてしまった……そここそがこの戦いの悲劇、ということにしたかったのです。

    ありがとうございました。

  • 05 決戦への応援コメント

    四谷軒さんのシリーズを拝読して、楠木正成にすごく愛着を感じるようになりましたので、今回のエピソードは切なかったです(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)
    「得難い男を死なせた以上、止まることは許されない」の一文などから、良い世の中を作ろうという志は、尊氏も同じだったのだろうなと、しみじみと思いました。読み終えてからもいろいろと考えさせられるお話でした。面白かったです!!

    作者からの返信

    お星様、ありがとうございます。

    これホントは次のあたらよに出そうかなと思ったんですよ。
    神戸が舞台だし^^;
    でもせっかく太平記のお話を書いているから、ここは今回のカクヨムコンに出して、みなさんに味わっていただきたいなぁと思い、投稿いたしました。

    正成も尊氏も、鎌倉幕府のままでは駄目だし、さりとて建武の新政もこのままでは無理だと思っていたのでしょう。
    でも正成は建武を作った責任があるし、それでもまだ、見るべきものがあると信じていた。
    一方で尊氏は、それもまた捨てて、たとえ足利家のものになるとしても、新時代を切り開くべきだと感じていた。
    根っこの「かたちなきもの」に対する想いは同じだった、というところに、この戦いの哀しさがあったと思います。
    そのあたりを汲み取っていただき、嬉しい限りです^^;

    ありがとうございました。

  • 05 決戦への応援コメント

     こんにちは、御作を読みました。
     正成さん、色んな出自説があるくらいには、どこから来たのかよくわからない人なのに、梅松論でも太平記でも中心人物なので……彼が残した〝かたちなきもの〟は大きかったんだろうなあ、と改めて思いました。
     しんみりしましたが、面白かったです。

    作者からの返信

    お星様、ありがとうございます。

    正成さんはほんとうに不思議な人です。
    幕末の人たちからしたら、「草莽の志士」の理想像みたいに見えたんでしょうね。
    どこから来たのかわからない人ですから。
    そういう人が、「かたちなきもの」――志を立てて幕府を倒し、というのが「受けた」と思います。
    この湊川の戦いの、悲劇的な面が強調されて伝えられていますが、正成さんが戦ったのは「かたちなきもの」のためだったのではないか、という面も描いてみたかったのです。

    ありがとうございました。


  • 編集済

    04 開戦への応援コメント

     こんばんは、御作を読みました。
     湊川の戦い、楠木さんだけが突出しているわ、新田さんは和田岬なんていかにも包囲されそうな場所に構えるわ、「不思議な陣立て」と言われるのも当然な意味不明の作戦――に見えるのですが、「海陸両方とも見える」と言われればそうかも(;'∀')
     普通にやって勝てないんだから奇策だって使いますよね。ハラハラしますが面白かったです。

    作者からの返信

    湊川の戦いって、確かに何でこんな配置なんだろうと思います。
    でも、尊氏を討つという点で特化すれば、こういうピーキーな布陣もありなのかなぁと思います。
    当たればでかいと思うんですが、相手は「きれいな尊氏」なんだよなぁ……^^;

    ありがとうございました。

  • 05 決戦への応援コメント

    拝読させて戴きました。
    私のイメージですとやはり大河「太平記」です(武田鉄矢氏自体はあまり好きではないのですが楠木正成だけは好きで…)
    正成の弟ですと赤井英和が浮かびますし、足利直義は高嶋政伸ですね。
    …にしても尊氏は南北朝の戦いが終らぬ内に死に、義満の壮年〜晩年に短い全盛期を迎えたあと、義満の孫義政の時代からは応仁の戦国の幕開けとなったこと、先も書きましたが本当に無常です。
    正成や尊氏に先の時代が見えたらどう思ったか。
    色々考えてしまいました。

    作者からの返信

    大河ドラマ「太平記」のインパクトは大きかったと思います。
    楠木正成って、それまでは忠臣にして悲運の名将というイメージがあったのを、打ち砕いてくれたのでは。
    何というか、河内のおっさんという感じを出していたので^^;
    正季も直義も、「こういう奴」というビジュアルを知らしめたと思います。

    尊氏は尊氏なりに、この国をまとめようとしたと思います。
    でも武士やら悪党やらの勃興期で、ちゃんとまとめようとするのが無理だったのかもしれません。
    徳川家康の方がむしろ奇蹟だった、と捉えると、まあ頑張った方、と言えなくもないというか^^;
    でもどちらにしろ無常ですね。
    あれだけ頑張ったのに、また戦乱と混乱の時代へと向かってしまうところが。
    正成は苦笑いで、尊氏は素知らぬ顔かもしれません。

    ありがとうございました。

  • 05 決戦への応援コメント

     完結お疲れ様です。

     分かっていた事ですが、やはり正成の死は悲しいですね。
     一連の作品を読ませていただいて、湊川に至る経過も、後醍醐帝が愚かで、正成は従ふ他なかった。という単純化された認識を越えて、新たな知見を得る事が出来たと思います。

     でも、それでもなお、楠木正成には何の制約もなく自由に戦って欲しかったと思わずにはいられません。惜しい人物だったと思います。

     いずれにしても、素晴らしい作品をありがとうございました。

    作者からの返信

    おかげさまで完結いたしました。

    正成の死は、悲劇だと思います。
    ただ、悲運の名将としてクローズアップするのではなく、人間として選択して、計算して感情の動きがあって……という風に描きたかったのです。
    そういう風に描いた作品から、新たな知見を得られたというのなら、作者としてこれほど嬉しいことはございません。

    楠木正成がフリーハンドで戦えたら。
    また、もし仮に尊氏と同じだけの兵力があったらとも思います。
    そもそも建武の新政がうまくいっていたら、手をたずさえていたろうになぁ、とも。

    こちらこそ、拙作の数々をご覧いただき、ありがとうございました!

  • 05 決戦への応援コメント

     完結、お疲れさまでした。

     私が「湊川の戦い」に抱いていた最大の疑問は、「何故正成は生き延びて再起を期さなかったのか?」という点でした。仮に逃げるのが難しかったとしても、死を隠して生死不明ということにしておけば、(千早城の時の「前科」もあって)北朝方をかなり混乱させられたのに……と思っていたのですが、本作を拝読し、なるほどと納得しました。(その割にレビューのタイトルが苦し紛れで申し訳ありません……)

     一方で、正成の策が当たり、この戦いで尊氏を撃退できていたら? というIFももてあそんだりしています。仮に後醍醐天皇の政治が続いても、室町幕府同様に、強大な諸大名に悩まされたんだろうなとは思いますが……。

     今回も南北朝を舞台にした作品、ありがとうございました。「窯変」のクライマックスも、楽しみにしています!

    作者からの返信

    たぶん正成は、ここで命を張らないと、建武政権に価値がないと思われてしまう……と考えたのかもしれません。
    かつ、これまでの戦いで、少なくない仲間たちの命を奪ってしまった……という感情も。
    そして何より、かたちなきもの、土地のあつかいや行政、司法というもののために、今戦わないと駄目だと思ってしまった……。

    仮にここで勝ったとしても、尊氏サバイブならまたニューゲームだし、尊氏デッドエンドならカオスでしょうね。
    やっぱり尊氏でないと、あの悪人たちはまとめられないでしょうし、後醍醐だとそっぽ向かれて、戦国時代がより早くやって来たのかも^^;

    そしてレビュー、ありがとうございます。
    人口差だとそうなるんですね、この視点はなかった^^;
    正成を描いた作品群は、カクヨムコン前に脱稿しておりまして、またお題フェスが出たら、カスタムして出そうと身構えておりました。
    そしたら、うまい具合にお題がはまり、おかげさまでシリーズとして投稿することができました。
    そして、なぜ正成がああいう戦いに出たのか、その結末が見えていたとしても……というこの作品の「肝」を取り上げていただき、作者冥利に尽きます。
    「窯変」もそうですが、これこそがこの作品群の「肝」ですので、嬉しい限りです。
    そして、その他扱いされた義貞(笑)

    ありがとうございました。

  • 05 決戦への応援コメント

    完結お疲れさまでした。

    ……いや、真面目な話、このエンディングのあとで長編の方はどうやって終わるのって感じなのですが!?(笑)

    面白かったです。

    作者からの返信

    おかげさまで完結しました。

    長編はですね、エピソード1としての終わり方があるので……ごにょごにょ^^;
    まあ本作は長編を脱稿したあとに書いているものですので、何とかなると、なっていると、思います(笑)

    ありがとうございました。

  • 05 決戦への応援コメント

    やっぱり、正成さんは死ぬ気だったんでしょうね。
    真剣に戦ってはいるが勝ちを取りに行く執念が感じられません。

    で、高氏さんの作った室町幕府は安定のぐだぐだっぷり。
    きっと草葉の陰で正成さんは、ほら言うたとおりやないかい、と苦笑したことでしょうね。

    作者からの返信

    お星様、ありがとうございます。

    正成は、建武政権のために誰も命を張らなければ、「その程度のものなんだ」と思われてしまい、そうなって欲しくなかったんでしょう。
    尊氏の首は逆転の一手ですけど、やったところで待つのは混沌だし、そこに疑念をいだきつつも、突撃はしました。
    でも尊氏は陸の大将を直義にしていて、対策しているんですよね。
    ここまできちっと勝ちに行く尊氏はさすがだと思います。

    でも、室町幕府はぐだぐだでしたね。
    まあ正成も苦笑いしているでしょう。
    尊氏は尊氏で、これが限界だから、と澄まし顔かもしれませんが^^;

    ありがとうございました。

  • 05 決戦への応援コメント

    完読しました。
    御作を読むため1991年放送大河ドラマ「太平記」ドラマストーリーを引き出し参考にして読んでいました。
    「あ~そうだった…」

    正成のセリフ
    「お前らも、そういう……かたちなきもののために、生きてきたんやなぁ」
    印象的でした。

    作者からの返信

    大河ドラマ「太平記」!
    原作の「私本太平記」を参照させていただいたので、感慨深いです^^;

    正成は、かたちなきもののために生きているのは自分だけだろうと思っていたら、身近なところに同じことをしていた者たち――仲間たちがいたことを知り、最後の最後で、嬉しかったのだと思います。
    そこを取り上げていただき、嬉しい限りです。

    ありがとうございました。

  • 05 決戦への応援コメント

     おー、ブラボー。パチパチパチ! 
     四谷軒さん。よかったです。正成、尊氏、義貞の3人を中心に、正成最後の戦いの湊川合戦を見事に描写されました。尊氏の軍略の見事さ、それを見抜いた正成の智謀が、読んでいてリアルに伝わってきました。また、正成と義貞との交流や、正成と尊氏がお互いに認め合っている様子など、ヒューマンドラマとしても読ませました。

     良い作品でした。お星さまもパラパラしておきますね!

    作者からの返信

    湊川の戦いって、「伝説」としてあつかわれることが多かった印象です。
    ですので、そうではなく、正成も尊氏も、頭で考えた知謀をめぐらし、義貞は義貞で、その戦場勘をはたらかせて戦う、という人間くさい合戦として描きたかったのです。
    そのあたりを「リアル」と表現していただき、作者冥利に尽きます。

    そして、レビューありがとうございます!
    楠木正成を、そして足利尊氏や新田義貞を登場させた拙作、「人間くささ」もテーマだったので、「ヒューマンドラマ」とおっしゃっていただき、嬉しい限りです^^;

    ありがとうございました!


  • 編集済

    03 酒宴への応援コメント

     こんにちは、御作を読みました。
     新田義貞さんは頼朝さんを怒らせた御先祖に似ているというか、空気を読まずにマイルールで、北条何するものぞと突っ走って……ご先祖とは対照的に鎌倉打倒までやっちゃいましたからね(^◇^;)
     むろん、足利氏の下準備や調略といった助けがあったでしょうが、彼もまた一代の傑物には違いない。
     だからこそ、メンツは重くなります、よね。
     面白かったです。

    作者からの返信

    新田さんの先祖は……まあ、不幸ないきちがい(?)でしたね(遠い目
    でもここ一番の突破力は、確かに誰にも負けないものだと思います。
    鎌倉攻めを成し遂げたのは、義貞にとって幸福であり、同時に不幸だったのかもしれません。
    こうして尊氏が敵に回った以上、なおさら「鎌倉攻めのお前がやれよ」って言われちゃうしなぁ……^^;

    ありがとうございました。

  • 05 決戦への応援コメント

    「戦争では、敵味方の双方とも過ちを犯し、その誤りの少ないほうが勝つ」とはチャーチルのことばだと高校生のころに教えられたのですが…そんな感じですね。
    高さんは、四條畷でその息子の突撃を経験して、このときのことを追想したかも知れません。
    「何回生まれ変わっても、きっと同じことをしたでしょう」が、「七生報国」として概念化され、600年ちょっと後に沖縄へと向かう戦艦大和に菊水の紋が描かれることになります。
    最後の尊氏の感慨が印象に残りました。
    が!
    その後の室町幕府の混乱ぶりを見たら、正成さんも「足利さんもやっぱりアカンやないか」と嘆息したかも知れません。明王朝とか室町幕府とかヴァロワ朝とか、なんでこの時代の中央政権はアカンのでしょう?
    心に残る物語をありがとうございました。

    作者からの返信

    チャーチル、そんなことを言っていたのですね。
    至言ですね。
    そして湊川における南朝サイドの過ちの多いこと……。
    そしてそれらを振り切るような正成の突撃。
    四条畷で、師直が迎撃した時も、確かにリフレインされたと思います。
    同僚だった正成のことを思い出して、泣いていたかもしれません。

    七生報国は、何かちょっと、格好つけているというか、そこまでガチガチに言ったんじゃなくて、結局生まれ変わっても、同じことをしてる自分がいるだろう、という意味かと思って書いたのですが……戦艦大和にもマークが描かれるまで、純化というか、持ち上げられちゃうんですね。
    寡兵で戦わざるを得ないから、そういう事例で鼓舞するしかなかったのかなぁ……。

    尊氏は、けっこう「きれいな尊氏」として書いています(笑)
    だからあんなセリフを吐くんですよね^^;
    室町幕府がダメダメなのは事実なんですが、いちおう、この人が頑張ったおかげで、まとまりというか、ある程度の平和は生まれたんじゃないかなぁ。
    明王朝とか、ある意味、室町幕府より酷いし……王陽明を使い潰すとか、どんだけだよと思います。
    ヴァロワ朝は……まあヴァロワ朝だから(遠い目

    レビューありがとうございます。
    楠木正成というと、ファナティックな取り上げられ方が、少なくとも私の子どもの頃は、「むかし、そうだったよ」と言われました。
    それで大河ドラマ「太平記」とその原作「私本太平記」が出て来て、そうでない楠木正成、人間・楠木正成がクローズアップされました。
    土のにおいがする土豪、悪党、それでいて、みかどには忠を尽くす男として。
    でも、それだけだろうか、というのが本作ではなく、彼をめぐる作品群で求めてきたものです。
    得宗被官として生き、戦って、記録所で働くことを選んだ男。
    それは、土地や行政や司法がきちんとおこなわれることが大事だ、と思ったからではないかと考えたのです。
    また、そうでないと、あれだけ不利な戦いに、誰もついて来ないだろうと。
    ……そういう風に考えて来たことを、清瀬さんのレビューで、きちっと文章化されたように思います^^;
    それは土地や銭や米や絹や塩でなく、それらを取り扱うために、必要となってきたこと――かたちなきもの。
    たとえばフランス革命なども、そのために立ち上がり、戦った者たちいたように、もしかしたら楠木正成も戦ったのかもしれない。
    その問いを提示する、素晴らしいレビューだと思います。

    ありがとうございました!

  • 03 酒宴への応援コメント

     ほう、四谷軒さん。この酒宴の場面はいいですね。大物二人が肚を割って話をしている。歴史好きからはあまり良い評価をされない義貞も、こうしてみると、鎌倉で名をあげたプレッシャーと戦っていたのかも知れませんね。

    作者からの返信

    これ太平記に記されているんですよ^^;
    でもやっぱり、史実として、決戦を前にこの二人、一杯飲もうぐらいは有ったんじゃないでしょうか。
    それで太平記に戻りますと、鎌倉攻めのことがプレッシャーだと言っているんですよね、義貞。
    おっしゃるとおり、ストレスフルだったんでしょう。
    で、正成が、お前は大した奴だ、周りの言うことなんか気にすんなと言う……メンタルケアまでやってくれるなんて、正成はやっぱりいい奴だと思うんです(笑)

    ありがとうございました。

  • 04 開戦への応援コメント

    なんとか総大将のやる気を引き出したところまではいいのですが。

    楠木隊がたったの700。
    凋落ぶりが激しいですね。
    この兵数で何を狙うのか?

    作者からの返信

    新田義貞のメンタルケアは、太平記でも伝えられている話です。
    こんな話が残されるなんて、義貞も正成も思わなかったろうなぁ。
    兵数七百は、「盛られた」数字だと思います。
    こんだけ少ないのに、頑張ったんだよというための。
    もはや策とも言えない策しか残っておらず、これで相手が尊氏だから……。

    ありがとうございました。

  • 04 開戦への応援コメント

     楠木正成の策。率直に気になりますね。
     物語を面白くするのが、先を楽しみにするのが、本当に上手い。

    作者からの返信

    正成の最後の手は、もはや策ともいえないぐらいの一手です。
    それでも一縷の望みをかけて出ましたが……。
    お褒めいただき恐縮です^^;

    ありがとうございました。

  • 04 開戦への応援コメント

    前回と今回、誰もツッコんでないようですが、楠木おじさんのサイコパスぶりが怖いです(;´・ω・)

    和の為にはそうや新田の首を……(自分の首ではないところがミソ)
    そんな奉呈をしたその人がお魚を持ってしれっと遊びに来て、
    「気にしすぎるねん」
    どんな顔でェ。

     義貞の勘が――野性的な本能が、この場は逃げろと告げている。
    あってる、あってる新田さん。
    逃げて、その男から逃げてー。

    作者からの返信

    新田さんは足利討伐の総大将なんで、楠木さんよりは価値が高いんです^^;
    しかも新田さんの首については、足利サイドの梅松論に伝わっており、太平記には伝わっていないんですよね……。
    だからホントかどうか怪しいです。
    和睦を提案したのは史実っぽいですが^^;
    いずれにしろ、拙作では首を差し出せと言っているので、そんな相手に「気にするな」は、たしかにヤバい(笑)
    野生児・新田さん的には逃げた方がいいかもしれません^^;

    ありがとうございました。


  • 編集済

    02 逆襲 への応援コメント

     こんばんは、御作を読みました。

    「北条だろうが足利だろうが構わないので武家方につきまーす」

     と一周回って頑固な河野家中興の名将? 河野通盛さんのような例外はおいといて、瀬戸内も九州も水軍は朝廷側が抑えていたはず――だったんですよね。
     が、この時は瀬戸内海の海賊たちも尊氏の応援をして、細川さんズ(兄弟の数が多い)が指揮しているから、本当に四面楚歌(;'∀')
     正成さん、きっついですね。面白かったです。

    作者からの返信

    河野通盛さんは周囲の状況に翻弄される人生でしたね……^^;
    まあそれはさておき、制海権を取られてしまったのは痛いですね。
    だから海陸両方からの攻撃という展開になってしまうし。
    というか、それだけ人心が朝廷から離れていっている、ということなんでしょうね。
    だからこその逆境です。

    こんな逆境で戦えなんて言われたら、そりゃ死ねと言われていると同義ですが、正成さん、どうするつもりなのやら……。

    ありがとうございました。

  • 03 酒宴への応援コメント

    義貞さんは中途半端に出自がいいから、色々とこじらせてそう。
    自らを悪党と任じていた正成さんとは立場が違うにしても世評を気にしすぎたんですね。

    それと常に高氏の後塵を拝していたというのも……。
    なかなかに辛い立場です。

    作者からの返信

    義貞は、傍流ですけど河内源氏の当主ですから、お坊ちゃんなところもあったと思います。
    それでもって、鎌倉攻めという大金星を得てしまったため、それがかえってストレスだったと思います。
    正成は正成で、千早赤坂という大金星があるわけですが、得宗被官としてすでに武名が鳴り響いてますから、恬淡としていたのでは。
    だからこそのメンタルケアだったと思います。

    また、義貞にとって、高氏という河内源氏の嫡流は、たしかにプレッシャーだったでしょう。
    同じ河内源氏だろ、同じ武士だろ、同じ六波羅=鎌倉陥落の手柄があるだろ、と。
    だから足利討伐の大将軍に擬せられちゃうし。
    これで気にするなというのも、無理な話です。

    ありがとうございました。

  • 03 酒宴への応援コメント

    快男児と言われた正成と武骨な義貞。二人の会話の機微がいいです。また、焼き魚を囲む囲炉裏端で、顔にはねる火の粉や魚脂の焼ける香りすら想像できそうな味のあるワンシーンで、作者の確かな手腕を感じさせました。

    作者からの返信

    正成は得宗被官、悪党として苦労を重ねていて、一方で義貞は御家人としていちおうお坊ちゃんだったわけで……その辺の経験というか性格の差が出ているのではないか、と思っています。

    囲炉裏端の酒と肴。
    時代ものならではのグルメシーンなので、頑張りました^^;
    お褒めいただき、嬉しい限りです。

    ありがとうございました!

  • 01 敗北への応援コメント

     こんばんは、御作を読みました。
     この時、正成さんが動かせた兵はたしか700程度のはず。
     足利側は盛りに盛られているので、ただしい数字はわかりませんが――
     少なく見積もってなお、朝廷軍を圧倒していた。

     やっぱり、建武の新政への失望が大きかったんだろうなあって。

     後醍醐の帝が切り口こそ先進的でも、人事や賞罰については不得手だったのは、本当、そうだったんだろうなあって。胸に痛いですが面白かったです。

    作者からの返信

    千早・赤坂の頃はかなりの兵と、非武装民を味方にしていた楠木正成も、この時点では寡兵でした。文字通り。
    こりゃ駄目だと言いたくなります。

    一方で足利は、全国の武士が続々と味方についているから、そりゃあ凄かったんだろうと思います^^;

    おっしゃるとおり、これらの現象は、建武の新政がアカンかったことでしょう。
    後醍醐はこの国のかたちを作るのは優れていたのですが、じゃあ動かす時はどうかというと、やっぱり公家たちの朝廷のみかど、というポジから逃げられなかったんでしょうね。

    ありがとうございました。

  • 02 逆襲 への応援コメント

    捲土重来できる地方を持っている高氏と京を捨てたら何もない朝廷。
    戦略的には最初から詰んでますよね。

    さて、最後に残された手とは何でしょうか?

    作者からの返信

    強くてニューゲームな尊氏。
    ライフはとっくにゼロの朝廷。
    こんなん勝負にならへんわ、と投げ出したくなるワケです^^;
    それでも正成は考えて、あの戦いへとのぞみます。
    果たして、何を考えたのか……。

    ありがとうございました。

  • 02 逆襲 への応援コメント

    いっそのこと、帝を連れて京都を脱出して赤松のところに逃げ込み、足利といっしょに京都攻めん?
    …って無理ですよね。
    後醍醐天皇がシン京都造営に邁進して京都から動かないうえに、足利が光厳上皇を味方にしてしまいましたからね。
    どの勢力に味方しても満足な見返りが手に入れられない超政治不信な状況では、みんな常に「より有力な在野勢力」に味方しますよね。旧態依然たる荘園公領の収入でなんとか体面を保っている在京の公卿も完全に手詰まりだし。
    まあ、正成ほどの知将でなんともできなかったんだから、なんともできないですよね。というか、このあと、そのなんともできなかった京都の状況を打開してしまった尊氏集団(それでも一時的には弱体化した南朝に京都を取られていますが)すごいってことになりますか。

    作者からの返信

    この時の公家たちが足を引っ張ったせいで……という向きの方が多いです。
    実際そうでしょうし、拙作は物語なのでそういう風に描いています。
    でも、たとえば坊門清忠という公家がいて、正成の京都トラップ策を一蹴したと伝えられていますが、史実では一蹴していないようです。
    この清忠は事務方で、おそらく事務が止まるのを避けたくて、そういう意向を伝えただけなのでは。
    公家は公家でエゴイスティックな面もありましたが、政府を回す者、京都に住む者としての面もあり、その辺の意見を出し、最終的に後醍醐はそちらを選択した、ということではないでしょうか。

    あと、廉ちゃんがいるから、赤松への亡命はアウトだったと思います(笑)
    赤松のこと嫌いだし^^;

    正成は、そういう公家たちの意見を押さえないと無理、という意味で献策したのかもしれませんね。
    尊氏は、そんなん無理でしょとばかりに院宣ゲット&上洛してしまうわけですが^^;
    結局尊氏が頑張ったおかげで、このあとの時代は何とかなったと思います。
    南朝は……下手に有能な親房とか正儀とかいるから、勝っちゃうんですけど、その正儀が時代を読めるから、逆にエンディングを迎えちゃうところが何とも言えません^^;

    ありがとうございました。

  • 01 敗北への応援コメント

    関西弁の楠木正成……! 有能なおっさん感がいいです。
    よく歴史物では目下の忠言をきかないで悪い方向に向かう御輿が出てきますが、あれ、実際にはどうなのでしょうね。たとえ忠心からのものであると疑わなくとも、周囲との兼ね合いや、そちらに実権が移ることを懼れて、そうそうきけないのも確かなことのように想うのです。歴史は結果が全てなのでどうとでも云えますが。

    作者からの返信

    やっぱ関西の人やから関西弁使わんと損や、思たんです(笑)

    さて、この時の後醍醐天皇の場合、足利尊氏は謀叛人ですから、朝廷としては討伐以外の選択肢がなかったんじゃないでしょうか。
    これが朝廷じゃなくて、有力大名とかそういうのだったら和睦もありえたんでしょうけど、朝廷であり政府である以上、謀叛を起こした時点で許すことができなかったのでしょう。

    一方で、楠木正成は戦いのエキスパートとして、足利の勢いは侮りがたしと思うわけです。
    だから和睦した方が現実的ですよ、と提案しているわけですが、後醍醐天皇はみかどとして政府元首として、イエスと言えない……そういうことだったと思います。

    まあ、単純に厭なことは聞きたくないと言って耳を閉ざした君主は多々いますけど、そういう人はたいていバッドエンドを迎えてました^^;
    後醍醐はいろいろわかっている人だし、タフだからこのあと南朝を作っちゃうし……だからこそ、何でこの時イエスと言わなかったのか、と思われちゃうんでしょうね^^;

    ありがとうございました。

  • 01 敗北への応援コメント

    なんというか、本当にダメダメですね。
    足利とそれを支える武士の強さを分かっていない。

    自分たちは戦に出るわけでもないのに、勝手なことばかり。

    作者からの返信

    せっかく正成が提案しているのに、それを聞き入れず、悪い方向へと舵を切っていく。
    このあたりの朝廷は確かにダメダメです。
    後醍醐天皇にしても、創業の時は、「しかたなく」しがない得宗被官の正成の言うことを聞いていたのかなぁ、と思ったりします。

    ありがとうございました。