二章 第5話

「都築いつも有り難う」

「べ、別に特別な事してるわけじゃねーし。っていうか千納時は客で来てるんだからっ」

「もしかして、照れてるの?」


 コーヒーを一口、口にした千納時が悪戯っぽく笑う。


「そ、そんな事!!」


 彼の言葉に咄嗟に反論しよと声を上げるも、少々大きかったようで、千納時が、人差し指を彼自信の唇前で立てる。自分は一回大きく溜息を溢す。


「ご、ごゆっくり、どうぞ」

「また、何かあったら都築にお願いするよ」

「コーヒー以外の御指名は聞かねーからな」


 少し彼の顔に自分の顔を寄せ小声で話すと同時に睨みを効かした。すると彼はやんわりと笑みを浮かべたのだ。


(コイツわかってねーだろ絶対!!)


 疑いの視線を送りつつ、自分はバックへと戻る。

 先日の絡み案件から一週間が過ぎ、時より楽しげな笑いが耳を掠めるといったいつもの日常に戻った店内。しかし怪我をした数日は、店や学校で、思いの外心配してもらった。と言うのも、警察が店や学校に訪れたのだ。また学生という事で、怪我の後遺症の有無諸々もあって警察側も少々過度に配慮した感じも受けた。が、それが少なからず大事になってしまい、店も学校もザワツく事となったのだ。今はその熱りも冷めた状況であり、通常通りの日々を送っている。まあそれはあくまでも、自分の身の上のみだが、千納時の場合は、かなりの事件になっていた。と言うもの、彼が暴力沙汰に巻き込まれたらしいとう話が定時制の生徒の間でも話題にあがったのだ。然う然う、全日制生徒の話題を定時制生徒はしないのにも関わらずだ。この現状からしても、千納時はだいぶ大変な事になっているのではないかと容易に想像がつく。


(まあ、例の一件後の数日は疲労感が滲み出てたもんな)


 だが今はだいぶ落ち着きを取り戻している。ただ、それ以降ある変化がおきているのだ。自分の名を呼び、会話し、笑うようになったのだ。

 あまり経験しないような事を一緒に乗り越えた事による親近感が沸いたのかよく分からない。ただ、以前とだいぶ雰囲気が違うので戸惑う自分がいた。なのでなるべく平常心を保とうとしているのだが、それが出来ないのだから非常に情けない。


(本当、千納時みたいにさりげなく出来ないもんかね)


 そんな事を思い、厨房に入る数歩手前で、英語が聞こえると共に、肩を数回叩かれた。俺は振り向くと、白い髭を蓄えた白髪の外国人が立っていたのだ。いきなりの事で数回瞬きをする中、白髪の主が口を開く。


「Excuse me」

「え、は、えきゅすきゅーみーってことはっ」


 明らかに英語であり、自分は思いっきりテンパる。というのも、自分は英語が大の苦手。なので、英語で質問されても、対応出来ないのだ。尚も、外人客は英語で話しかけられるものの、頭が真っ白になっていく。そんな中、自分の背中が叩かれ、振り向くと、多持が立っていた。自分が英語苦手を理解しているので、ヘルプに来てくれたのだ。自分はお礼を言うと、外人客に会釈し、バックに生還しる。すると、みこが自分にニタリと笑いかけた。


「最後の最後に地雷きたわね」

「本当。焦っちゃいました。多持さん感謝っす」

「にしてもインバンド客増えてびっくり」

「そうなんすよ。だから自分も英語覚えないといけないのわかってるけど、なかなか」


 今はインバンドも増加しているので、ある程度英語対応必須といっても過言ではない。


(でも何やっても入ってこないんだよな)


 しかも担任が網谷であり、英語教師という事で、いつも渋い顔されている状態なのだ。そんな顔が頭を過り再度溜息を突いた。


 だが、この数時間後予想だにしていなかった事が身に降りかかったのだ。その前兆は舞ぶれもなくいつもの日常である日直による、担任網谷の所へ足を運んだ時に起きた。


「都築君。どうあの一件から一週間だけど、どこか痛いとか違和感とかは?」

「特にない、と思う」

「なら良いんだけど、君もそうだけど定時制の生徒は昼間働いている人がほとんどだし、あっという間に期末テストでしょ。それに学校も全日制で文化祭あったりで校内も空気と違ってくるからね。いつもと比べて環境が違うと本人が気づかないとこで不調きたしたりするから。まあそれは大人も変わりませんけど、兎角都築君色々あったし、出来れば常日頃からベストコンディションでいて欲しいと言うか。なんせ都築君の場合、定時制の中でトップの成績だから。英語以外」

「何か棘ないっすかその言い方」

「そうかなーー でもそれは大目に見てよーー 担任の専攻科目がいつも赤点って。採点する僕はその点数を突きつけられて肩を落とさないとでも思ってる? 他の科目はほぼ満点なのに英語だけ……」

「だって、本当苦手で…… それなりに勉強はしてんっすよ」


 すると、網谷が不気味な笑みを浮かべる。


「せ、先生?」

「ふふふ。そこで、君にちょっとしたミッションをお願いします。といっても、拒否権ないけど」

「はあ? 何それっ、しかも拒否権ないって!! それ大人の横暴っすよ!!」

「なんと言われようが、僕は構わない。これは都築君の事を思っての仕業だから、ここは心を鬼にしてね」

「はあ」


 柔和な雰囲気を常日頃漂わせている網谷だが、いざとなると願として引かない傾向があり、こうなると、一歩も彼は意見を曲げないのだ。自分は一回深く息を吐く。


「わかりましたよ。で、自分何やるんっす」


 その言葉を待ってましたとばかりに、机の横に積まれた書類の上の用紙を自分に渡す。


 「二週間後、校内で英語スピーチコンテストをやるんです。以前は全日制の生徒だけだったけど、今回は定時制の生徒もエントリー出来るようになったんです」

「ふーん。でも何でここに来て定時制の自分等もエントリー可能になったんすか?」

「校長の方針が変わってね。同じ高校に在籍しているのに、生徒間の交流が少な過ぎるという事みたいですけど。まあ確かに、今までなかったですからね」

「そうだけど…… っていうか、自分それに出るの? わけわかんねー生徒の前で?」

「それはないかな。とりあえず、校内放送でやるらしいから。実際スピーチの席にはエントリー生徒と放送部員、後僕もいるよ」

「待て待て。コンテスト事態もそうだけど、完全アウェー感半端ないじゃないっすか!!」

「だね」

「だねって!!」

「初めての事だから色々あるよねきっと」

「そおっすよっ」

「まあある程度の事は予測済みだし、僕だってそうは鬼ではないよ。君の指導も勿論だけど、それなりの秘密兵器を投入する予定なんだけど…… 多分大丈夫なような気がする」

「秘密兵器って言っているわりに、確定じゃないって何なんっすか!!」

「兎に角。悪いようにしないから」

「いや自分は悪い予感しかしないんですけど」


 丈夫肩を落とす自分に対し、網谷はいつもの表情で一言閉め括る。


「とりあえず、頑張ろうか」




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