第7話

 食事処の個室に通されると、ウァートは椅子に深く腰掛け、私が来た理由を根掘り葉掘り聞いてきた。

 隠すような話でもないので、職場の状況から招待状を見つけた経緯まで、素直に話す。


 話を聞き終えたウァートは、つり目を細めて何度も真剣に頷き、腕を組んで考え込んだ。

 優しげに見えた雰囲気は影を潜め、赤髪のウルフカットと中性的な声が相まって、急に“警察らしい鋭さ”が際立つ。


「 なるほど。同僚が音信不通……そこに、この招待状、ですか 」


 手元の招待状を指で弾きながら、意味ありげにつぶやく。


「 しかし、本当にタイミングが良かった 」


「 タイミング……? 」


 続きを促すと、ウァートは満足げに頷く。


「 何せ、あの会場は『招待状がある男女の正装のペア』でないと入れませんから。


 いえね?実は以前からあの洋館は怪しいとにらんでいたんです。どうやって潜入するか考えていたところでした 」


( ……つまり、私はたまたま潜入の鍵を持ってきたお人好し一般人、と )


 だんだん場違い感が増してくる。


「 ……じゃあ、その招待状お渡ししますので、私はこれで── 」


「 えっ、ちょ、待ってください! 」


 立ち上がろうとした瞬間、ウァートが慌てて私の腕をつかむ。


「 その招待状は、男女一組。しかも“正装”でないと入れません 」


「 え、そんな面倒な…… 」


 なんのパーティーだ。宗教か。


 ウァートは深く息を吸い、私の隣に無理やり移動してきた。距離が近い。圧がすごい。


「 そこで提案です 」


( あ〜〜〜聞きたくない。絶対ロクな提案じゃない )


「 耳を塞いでも無駄ですよ? 」


 ぐいっと手を引かれる。強引にも程がある。


「 私と一緒に来てください。ドレスはこちらで用意します 」


( いやだぁぁぁ……! )


「 な、なんで私なんですか?部下の方とか…… 」


「 部下は別件で動いてますし、騎士団の女性は二人しかいないんです。しかも今動けるのは私だけ 」


 なるほど、と渋々納得しかけたところで、ふと疑問が浮かぶ。


「 いや、そもそも男役は……? 」


「 それはもちろん私が……──え? 」


「 ? なんですか? 」


 ウァートが固まった。

 つり目がまん丸になる。


「 な、ぜ……私が“女”だと……? 」


「 いや、普通に見ればわ、

……え、違いました? 」


( やば、無礼だった!? )


 骨格も声も完全に女性だったが、この世界の基準が違う可能性もある。


 しかしウァートは慌てて手を振った。


「 あ、いえ。女です。合ってます 」


「 なんだよ…… 」


 無駄な緊張を返してほしい。


「 すごいですね。“男に見える”ってよく言われるんですよ、私 」


 ウァートはキラキラした目で言う姿に、違和感を強く覚える。

 普段から“男に見えるように”わざと立ち振る舞っている仕草が目立っているのに、「よく気づきましたね」と言われても。


「 さて、疑問はこれで全部ですか?


 私は身長190。女として振る舞うには大きすぎますが、

 男として振る舞うには問題ありません。

 女性兵士は今動けない。そして、ちょうどここにいるのは── 」


 つー、と指が私を指す。


「 貴方ただ一人、ですね? 」


 目をそらしても伝わる覇気。

“断られる気がゼロ” の態度。


(ここはやはり沈黙……! 沈黙こそ抵抗……!)


「 では肯定による沈黙ということで 」


「 い~~~や~~~だ~~~!! 」


 叫ぶ間もなく、ウァートに腕を引かれ、私はそのまま連れて行かれた。



 ***


 さて、戻ってきた。


 よくわからない店で、よくわからない女の人に、よくわからない化粧と着替えをされ、

 最後には意味不明な理由で拘束されるという地獄の儀式を終え──

 私はなんとか人間の姿に戻った。


 待ち時間、ウァートから“あの洋館”についての説明を聞かされた。


 名前は【ヴァイヴァルディ】。

 招待状にも書いてあったらしい。覚えるべきだった。


 主は“宇宙で名を知られた貴族夫妻”。

 定期的に不特定多数へ招待状をばらまいているらしい。


 そして何より──

 ここを訪れた者は“行方不明になる”。


 今までは、証拠不十分で探ることすら出来ていなかったようだが、ようやく本腰に入れるとウァートは機嫌よく話していた。


 ウァートの目的は、この事件が国際問題寸前になる前に解決すること。


 らしいが───


( いや……寸前どころか普通にアウトでしょ )


 ため息をつきながら彼女を見ると、

 当の本人は涼しい顔で道行く人へ愛想を振りまいていた。


「 イケメンとパーティに行くなんて、そうそうない経験でしょう? 」


「 ……はは 」


 適当に返す。鳥肌の処理で忙しい。

 私はもっと白髪で、戦場帰りの魔法使いみたいなやつが好みなんだよ。

 若々しいのは守備範囲外だ。


 視線を無視して門番に招待状を差し出すと、

 さっきの近衛兵が目を丸くした。


「 うぉ、さっきの二重人格女 」


「 言われてますよ 」


 ジト目でウァートを見上げると、首を振られる。


「 いや、あなたの事だと思いますよ。私は彼とは初対面なので 」


「 え 」


 近衛兵を見ると、重く頷かれた。


「 だってお前、嫌な奴だと思ったら急に真顔で丁寧に謝るし……普通に怖いって 」


( ……言いたい放題言いやがって )


 拳を握って耐えていると、横でウァートがくすくす笑っている。

 本気で一発殴ろうかな。


「 とりあえず中に入っていいぜ。パーティまではまだ時間あるけどな 」


 門番が道を開ける。


「 ……気を付けろよ 」


 礼を言おうと口を開いた瞬間、門番が何か呟く。

 思わず振り返ろうとするも、ウァートに腕をつかまれて、そのまま強引に引っ張られた。

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