第3話
街を歩きながら、私は震えていた。
――視界の情報量が多すぎる。
いや、“多い”なんて言葉は生ぬるい。暴力的だ。
前方を、丸々太ったタコ星人が腕をぶるんぶるん揺らしながら横切る。
墨みたいな匂いが追いかけてきて、鼻にへばりついた。
反対側では、小人の男が通行人に体当たりしては財布を抜き取り、
それを別の小人へノールックでパスしていた。
――チームプレーとして普通に完成されているのが腹立つ。
空を見上げると、エルフが箒で弧を描きながら飛んでいた。
ビュッと耳を刺す風切り音に、思わず肩が跳ねる。
そして道の角では、ドワーフと宇宙人が共同開発したらしい。
二足歩行ロボットが、観光案内をしながらくるくる回っていた。
そのロボットを見た瞬間、ようやく理解する。
( ああ……だからこの世界にスマホがあるんだ。
文化が混ざりすぎて、文明そのものが爆発してるタイプね…… )
私が納得したわずか一秒後。
ロボットがキュイと関節を鳴らし、ぐいっと顔を寄せてきた。
「 こんにちは。本日は8月7日。天候は概ね良好。
よろしければオススメの観光スポットをご案内します 」
目のパネルが“満面の笑み”に切り替わっている。怖い。
「 あ、結構です 」
反射的に距離を取る。
しかしロボットはシャッシャッと規則的な音を立てながら後を追い続けた。
( ちょっと待って、距離感の概念が初期不良なんだけど……?
大体、喋る機械なんて論外だし )
観念して、胸部のコインスロットへ小銭を押し込む。
「チップをありがとうございます。
ソーシャル株式会社【ディスタンス】を今後ともよろしくお願いします」
画面に花びらのような“感謝アイコン”が弾け、
ロボットは別の客を探し始めた。
( ディスタンスなら取ってよ、距離を )
ため息をつき、財布を見下ろす。
この国の通貨は紙幣・金貨・銀貨・銅貨の四種類。
銅貨は1円、銀貨は100円、金貨は1000円、紙幣は10万円ほど。
理解はしている。しているけれど――。
( いや……数字で見ると私の貯金、驚くほど少ないな…… )
財布の重みはあるくせに、胃は軽くヒリヒリ痛む。
働かなければ死ぬ。
いや、死なないにしても普通に詰む。
だから私は、この世界での勤務予定地――
【南部区支部所】へ向かう。
来月から働く予定だ。
少しでも下調べしておかないと、泣きを見るのは私。
スマホで覚えた地図を頭に浮かべながら人混みを抜けたその先で、
ひときわ静かに佇む“洋館”が目に飛び込んできた。
思わず足が止まる。
西洋風で、花壇は丁寧に手入れされ、
窓ガラスには歴史の皺のようなゆるいゆがみがある。
古めかしいランプは、なぜか光源だけ最新式で無駄に眩しい。
三階建てのその建物は、周囲の喧騒から切り離されたように静かだった。
( ここで働くのか、私…… )
胸の奥で、不安と期待がゆっくり混ざり合う。
( 海外ドラマの中でしか見たことなかった場所だけど……
まさか自分がこの扉を開ける側になるなんて。
怖いけど、ちょっとだけ――嬉しいかも )
自動扉をくぐると、
暖房の柔らかい風と、人々の熱気がふわりと身体を包む。
( 混んでる……まあ、昼間なら仕方ないか )
深呼吸して受付に進み、声を掛けた。
「 すみません。本日、職場見学をお願いしていた浅井です 」
受付嬢はにこやかに微笑み、私を奥へ案内していった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます