第2話

 ――私は、いつもひとりだった。


 別に壮絶な過去があったわけじゃない。

 ただただ、私がコミュ障でオタクだからだ。


 まともな会話を続けるとボロが出る。

 だから、ひとり。

 同じような人を見つければ孤独は紛れるけど、 自分より変な人と喋るのもしんどい……という致命的な欠陥があった。


 ゲーセンで金を溶かし、砂糖をぶっこんだ水を飲んで寝る。

 時々、家に帰る気力すらなくて外をフラフラ。

 そんな生活をただ繰り返していた。


 誰かに大迷惑をかけた記憶は……まあ特にない。

 空気を凍らせたり、仕事で足を引っ張ったりといった。

 細かい罪なら積み上がっているが、地獄行きには足りないはず。


 もちろん、異世界なんて縁もゆかりもなかった。


 ……はずなのに。


 どうして私は今、こんな状況に巻き込まれているんだろう。


 柄にもなく、過去を振り返りながら“始まりの場所”を思い出す。











 ――目を覚ますと、知らない部屋にいた。


 背中に鳥肌が立ちながら、ゆっくり起き上がりまわりを見る。

 マンションの一室……っぽい。だが心当たりは皆無。


( え、まさか朝チュン……?

 ついに私にも大人の春が?

 ……アッ、想像したら吐き気する )


 胸元を押さえながらもう一度見渡す。


 生活に必要なものだけが並ぶ、やたら無機質な部屋。

 誰かの部屋に転がり込んだのかと焦ったが、見れば見るほど違和感があった。


 家具の配置。物の少なさ。雰囲気。


 ――私の部屋にそっくりだったのだ。


( 私のストーカーが再現した? いや、手間が不自然すぎる )


 頭を抱える。

 考えていても埒が明かないので、勇気を出して棚という棚をひっくり返した。


 そして――予想はしていたが、それでも息が止まる。


【浅井 時澄】

【ブレイラスリート王国 南部区 113-70 在住】

【国民情報管理公務員】


 鏡を見る。

 黒髪、黒目、長めの無造作ヘア。

 163cm。胸、足の大きさ……すべて記憶通りの私だ。


 転生ではない。

 成り代わりだとこの姿に説明がつかない。

 けど、トリップにしては辻褄が合わない。


 どうして普通に“私としての生活環境”が整えられているのか。


 そして、誰もが心の中でツッコんだだろう。


( ブレイラスリート王国って何処? )


 情報を求めて、玄関に掛かっていた鞄からスマホ型の端末を取り出す。

 顔認証であっさり解除されるあたり、私本人なのは確定だ。


 マップを開くと、この国の全体図が表示され、 私はスクショとメモ帳を駆使して情報をまとめていく。


 ──ブレイラスリート王国。


 人間の王が代々統治する国。

 かつては複数の人間属の国があったが、数百年前の魔王襲来で連合し一つになった。


 王国は五つの区に分かれている。


 〇中央区

 王城、国会、騎士団本部がある政治・軍事の中心。

 騎士団は二種――

 ・ギャランドゥ騎士団(警察的役割)

 ・魔道協会(魔物・魔族研究、構成員の上層はエルフ)


 〇北部区

 貴族街と工場地帯。その外れには“魔王の因子”封印の山が存在する。


 〇西部区

 温泉街と一般市民の住宅街。外れに貴族の洋館。


 〇東部区

 山岳地帯。天気が荒ぶるため、幻獣種やエルフの森があると言われる。


 〇南部区

 治安は悪いが最も栄えている区。

 人間、エルフ、小人、ドワーフ、そして宇宙人まで暮らしている。


 そこまでまとめたところで、私はスマホを放り投げて床に倒れ込んだ。



( 情報量……多っっ………… )



 唇を噛む。呼吸が浅くなる。



( てか宇宙人……??? )



 情報を整理しようとすると、また新しい情報が飛んでくる。


《 まさかのジャンル:時代ごっちゃ混ぜ異世界 》


 胃がひっくり返りそうになる。


( いやいや、喜べよ。全オタクの夢のトリップだぞ? )


 励ましてみるが、冷や汗は止まらない。



( せめて“俺TUEEEE系”の世界が良かった……!

 なんでよりによってこれ……! )



 窓枠に頭をぶつける。

 状況は何も変わらず、ただ痛いだけだった。


「 ……はぁ 」


 諦め半分、覚悟半分で身体を起こす。


 仕事が始まる前に、必要な情報を集めなければならない。


 幸い、鞄の中には外出に必要な物が揃っていた。

 用意されていた新品の服に着替え、私は外へ出ることにした。


 ――この世界で、私が何者として生きていくのか確かめるために。

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