定期試験後のドキドキ

 定期試験の一週間前、部活動がなくなった光は暇をしている……というわけでもなく、教室に残ってほおずきに勉強を教えてもらっている。

 光の成績アップのために協力してくれると言ってくれたほおずきのためにも、光は頑張らなくてはいけない。

「なんだ、普通にできてるじゃないですか。」

 光が書いた回答を見て、ほおずきは呟く。間違えているところもあるが、どうやら数問程度だったようだ。

 勉強において、光は極端なところがある。できないところはすっ飛ばしてしまっているので、そのせいなのだろう。

「間違えたところが問題なんだ。何も分からん。」

「なるほど、光くんはグラフ系の問題が苦手なんですね。座標など、何も考えずに解いてしまっているでしょう。」

 ほおずきに指摘され、光はうっ、と声を漏らす。完全に図星であった。

「いやだって、そんな変な曲線とか知らないし。もっと計算メインの問題なら楽なんだよ。」

 光には計算力が備わっている。日々の勉強で身についたのかは分からないが、理系の光からすればありがたかった。

「その曲線も、きちんと規則性があるから成り立つのですよ。曲線に至るまで、それはただの計算式なんですから。」

「…………」

「??どうかしましたか?」

「いや、二年生からは文系と理系は分かれるじゃないか。いかにも文系って感じがするのになんで理系に。」

 文芸部の部長という肩書だけではなく、実際に文才なのだから誰が見ても文系だと思うだろう。

 それなのに理系のクラスにいるのが光からすれば不思議だった。

「文章というのは誰かに教えてもらうものではなく自分で考えるものだと思っていますから。それに……いえ、何でもありません。」

 ちらりとほおずきは周りの視線を気にすると、すぐに視線を戻した。

(なるほど、人気者って大変だな。)

 恐らく、ほおずきと同じクラスになりたいという邪な気持ちで文系を選ぶ生徒が多いと思ったのだろう。

 実際今年は例年に比べて文系の人が多く、進級時に理系のクラスの男子は驚きつつも嬉しそうに舞い上がっていた。

 かえって文系の生徒はかなりしょぼくれていたと月城に聞いた。ちなみに月城は文系である。

 将来の選択肢とも言えるのでほおずきという理由で決めていいのかは疑問だが、大して夢を持っていないからこその選択なのかもしれない。

「にしても凄いよな。そんなに文章が読めるのに計算もできるだなんて。」

「光くんだって計算は出来るでしょう。誰だって、理解さえしてしまえば出来ることですよ。」

 その理解することが出来なかったから、光は解けない問題ができてしまうのだが。

「ほおずきって、普段どのくらい勉強してるんだ?」

 光の質問に、ほおずきは思い出すかのように空を見つめる。

「具体的な数字は分かりませんが、一日はほとんど机に向かっていますね。もちろん、読書などの時間もありますけど。」

「趣味の時間とかは?」

「読書や勉強というのが趣味になってしまっているんでしょうか。あまり他の事をする機会はありませんね。」

「……凄いもんだな。できない人間としては感嘆するしかない。」

 勉強ができないものの意見としては、勉強を優先したくないという意思が存在するものだ。

 それを趣味にしてしまうなど光からすれば考えられない事だし、人生が楽しいものなのか不安になってしまうものだ。

 ただ、それが趣味になるのは必ずしもきっかけが存在するもので勉強を趣味にするきっかけというものが気になってしまう。

「なんで、勉強が趣味になったんだ?」

 光の問いを聞くと、ほおずきは少し固まってしまう。少し俯いたようにも見えるので、聞いてはいけない事かと心配してしまう。

「簡単に言えば……勉強をするのが当たり前にしなければいけなかったので、今もそれが生活リズムの一つに組み込まれている、という感じでしょうか。」

 あまり踏み込んではいけない領域なのかもしれない、と思い光はそれ以上聞くことをやめた。

 勉強をしなければいけなかった理由など、光には分からないので考えても仕方がない。

「なるほどな。んで、ここをもっと教えてほしいんだが……。お前の説明分かりやすいし、家で自習できるように解けるようになっておきたい。」

「ふふ……仕方のない方ですね。なんだったら、光くんの家にいって教えてあげたいものです。」

「それはぁ……色々面倒になりそうだからパスで。」

 光の家にほおずきが来ることになったら、間違いなく妹と会うことになる。もちろんほおずきの事は妹には話していないので、兄に女が出来たとでも勘違いされるかもしれない。

(ま、これも恋人の役としての言動だろうけど。)

 頬杖をつきながらため息を吐くと、ほおずきはキョトンとした表情で光の事を見る。

「……な、なんだよ。」

「いえ、あらかじめ家に行く旨を説明すれば困惑は起こさないと思うのですが。」

 確かに、普通の家庭ならそうなるかもしれない。ただ光の妹は少し変わっているのだ。少し光に依存気味というか、光に女友達が出来たというだけでも探ってくるレベルだ。

 だから事前に連絡を入れようが、妹が面倒な状況を作るのは目に見えている。

(仮に普通の家庭でも、息子が急にこんな美人を連れてきたら腰を抜かすと思うが。)

 のほほんとそんな事を考えていると、話を聞いていないと思われたのかほおずきに細い目を向けられた。

 教えてもらっているのに話を聞いていないと怒るのは当然なので、光はしっかりと勉強に向き合うのだった……。



「あぁ~、疲れた。」

 光は自宅に帰ってきて、荷物を置くとソファにどっしりと座る。

 そんなリビングで、トトト、と軽快な音が近づいてきていた。光はため息を吐きながらすっと立ち上がる。

「ぶへっ!!」

 近づいてきた光の妹、霧山椎名はソファに全力ダイブしていた。そんな全力で抱きついてこようとしないでほしいものだと思ってしまうが、椎名なのだから仕方ないと光は考えてしまう。

 そろそろ兄離れもしてほしいところだが、事情が事情なのだから依存してしまうのも無理はない。

「ちょっとお兄ちゃん!!なんで避けるの!!」

「なんでもくそも、素直に抱きつかれるわけがないだろ。」

「まったく、お兄ちゃんも素直じゃないねぇ。本当は妹ちゃん大好きな筈なのに。」

「大好きと抱きつかれたいは必ずしも一緒に存在する気持ちじゃないからな。」

 光の返しに、椎名はへっ、と変な声をあげて固まってしまう。

 相も変わらず椎名の事は分からないが、光は試験の為に勉強があるのでとっとと夕食を済ませようと準備を急ぐ。

「??やけに急いでるけど、どうしたの?」

「もう試験一週間前だからな。高校生ってのは勉強で忙しいんだよ。」

「勉強……って、お兄ちゃんこれまで勉強にそんなに力入れてなかったじゃん。というか試験一週間前って、演劇部の活動もない筈でしょ?一体、何をしてきてこんなに遅れたの?」

 途轍もない圧を放ちながら椎名は問い詰めてくる。その頭の良さを、何か別の事に活かしてくれないかと考えてしまう。

「別に、学校で頭良い奴に教えてもらってただけだよ。」

「それって、女?というか急に勉強に前のめりになった理由は?」

「人の事をそれって言うなよ。あと女だとしてもお前には関係ないだろ、男だけどさ。」

 自然に嘘を吐く光だが、椎名は細い目を向けて疑ってくる。信頼がないのか、悲しいものになってくる。

「勉強にはもともと前のめりだった。ってか自習してるの知ってるだろ。」

「だとしても、こんな遅くまで勉強することなんてなかった。どうせあれじゃないの?好きな人が出来て、その人は勉強できる人以外興味ないから勉強ができるようになりたいとかでしょ。」

「想像力豊かだなお前。」

 ほおずきと一緒に創作活動でもした方が良いんじゃないか。椎名は必ずやらないだろうが。

 といっても、確かに一学年の時は勉強には精を出していなかった。そんな奴が急に勉強に前のめりになったら怪しいだろう。

 ただ、そこまで言い訳という言い訳は思いつかない。だけど光の事を監視していない椎名は簡単に否定することは出来ないはずだ。

「単純に、友人と点数勝負することになって賭けるものがでかいんだよ。」

「……賭けるって、女?」

「どんだけ結び付けたいんだお前は。」

 いくらなんでも発想の飛躍が怖すぎる。光は今まで女性に興味を示してこなかった。そんな光を近くでずっと見てきている椎名は変な勘違いをしないと思うのだが。

「とにかく、台所綺麗にして待ってろ。今日はハンバーグだ。」

 光の言葉に、目を輝かせながら万歳をする椎名を愛い奴、と思い調理を進めるのだった……。



 それからも、ほおずきによる勉強会は続いた。時には烏丸たちも参加してきたが、文系の科目でも教えられるほおずきは素直に尊敬する。

 周囲の視線に突き刺される中、光は鬼のような集中力で乗り切ることができた。

 ちなみに、自分にも教えてほしいといった事を言う生徒は軽々とあしらわれた。ほおずき曰く……

「あなたに教える利点がないので無理です。」

 との事だ。あまりにもきっぱりしていて、これまでほおずきに近づいた生徒が全員フラれたのを思い出した。

 そんなほおずきの対応にびっくりしている間も時は流れ続け、気づけば試験も終わっていた。

「はぁ~、やっと終わった。」

「お疲れ。にしても今回はすげぇやる気だったな、何かあったのか?」

「いんや、ただの気分。」

「いや、お前そんな気分で勉強するような奴じゃないだろ。」

 烏丸にいたいところをつかれてしまったが、言う必要もないので黙っておく。

 どこでほおずきが聞くのかも分からないため、自分の胸に秘めるのが一番いいのだ。といっても、少し察しはつけられていそうなものだが。

「で、手ごたえとかはどうなんだよ。一番できてそうな科目とか。」

「まぁ今までに比べたらそりゃ何倍も出来てる感じはあるぞ、数学とか特にな。」

 今まで良く分からない問題が数問あったものが、問題の解き方は全て分かったのだ。計算ミスは置いておいて。

 これもほおずきが根気強く教えてくれたおかげなのでありがたく思う。

「ちょっとだけ気になるけどね。数学なんて、私たちの方はないからさ。」

 試験の終わった月城は、烏丸と会うためにクラスを訪れていた。月城は文系クラスなので、理系クラスとは受ける科目が少しだけ違う。

 とはいえ、ほおずきがちゃんと勉強を教えていたし勉強嫌いな月城でも赤点の取りすぎなんて事態にはならないだろう。

「朱莉。そうは言うがお前は数字見ただけでも気分落ちるんだからやめとけ。」

「確かに極度の数字嫌いだけどさ、興味自体はあるんだよ?すま君が解いてるわけだし。」

「お前じゃどうせ解けないから意味ない。」

 光が言い放つと月城は頬を膨らませながら光を睨みつけ、すぐにほおずきの元に駆け寄っていった。

「ずっちゃん!光がいじめてくる!!」

「えっ、えぇ……!月城さん……?」

 急に抱き着かれるもんだからほおずきは驚きの声をあげ、月城の名を呼ぶ。月城はすぐボディータッチをするため、ほおずきには是非とも警戒してほしいものだ。

 月城に攫われ、半ば強引にほおずきもこの場にやってくる。

「月城お前なぁ……流石にそれはほおずきにも迷惑だろ。」

「迷惑もなにも、最初に光がいじめてきたんだし。」

「え、ええと……なにがあったんですか??」

「じゃれあいだから気にしないで良いよ。でも光を悪者に仕立て上げれば面白いかも。」

 目の前でとんでも発言をしてくる烏丸を細い目で見つめ、次の瞬間には声に出しながらため息を吐く。

 試験後で疲れているというのに何故こうも更に疲れさせてくるのか。

「こっちは疲れてるんだ。少しは休ませてくれ。」

「この程度で疲れるなんて、体力ないんじゃない?ずっちゃん言ってあげてよ。」

「いえ、光くんは本当に頑張っていたので。特にこの一瞬間、本当に頑張りましたね。」

 ほおずきの急な労いに、光はぱちぱちと瞬きをして恥ずかしい気持ちが表面に出そうになる。

 それを何とか抑えようとするが、完璧には抑えられず少しだけ嬉しさが出てしまうと思うと……。

「あっ、光照れてる。」

「まったく、初心な奴よのぉ~。」

 二人の言葉に腹が立ったので、烏丸の足を踏んずけた。

「なんで俺だけっ!?」

「連帯責任。」

 流石に月城に手を出すとコンプラ的にも精神的にも終わるため、烏丸に手を出すしかない。それにそんな威力もないし、烏丸が変に痛がってる様子もないので大丈夫だろう。

 この程度は馴れ合いの範疇の為、特に気にすることもなくなった。

「それで光くん、試験はどうでしたか?」

「前よりもずっといいと思う。本当に分からなかった問題は全体で見ても片手で数えられる程度だし。」

 ほおずきとの勉強あってか、確実に解けるようになっていた。それは数学だけの話ではなく、英語などの他教科もだ。

「改めて、教えてくれて……。」

「その言葉は、結果が見えてからで大丈夫ですよ。」

 光が感謝の言葉を紡ぐ前に、光の口の前でしーっと人差し指を立てるほおずき。

 そんな事をされるとは思っておらず、動揺してしまうがすぐに気を取り直すとほおずきの人差し指を退ける。

「別に、成績関係なくお礼自体はしたいんだけど。」

「ですので、それは後日で大丈夫ですよ。周囲に生徒がいる時ではなく、二人っきりの時に目を見て言って欲しいので。」

 ……確かにこの発言をした方が恋人だなとは思うが、何もここまでしなくても良いと思ってしまう。

 というか、このようなことを言われて平常心でいられる人間など存在しない。天界の使者と呼ばれるほどの美少女の言動に、固まる生徒は少なくなかった。

「あ、あはは~……じゃあすま君、もう帰ろっか。」

「あ、あぁ。そうだな、またな光。霧島さんも。」

 この場にいるのが気まずくなったのか、烏丸たちはそそくさと帰っていった。いや、二人きりにされる方が気まずいんですが、と光はツッコみたかったが声にはできない。

 というより、ここで恋人感を増すような演技をしなければいけない立場なのだ。

「そ、そっか。今日も一緒に帰りたいからさ、このまま自己採点でもしないか?」

 光の言葉にほおずきはくすりと微笑みを零し、こくりと頷いた。

 自分の席から問題用紙を持ってきたかと思うと、光の机に広げる。光も問題用紙を取り出して手元で確認する。

「それじゃあ、まずは英語から答え合わせをしていきましょう。」

「はい、よろしくお願いします先生。」

「私は先生ではなく彼女なので、その言葉は適切ではないのかもしれませんね。」

 さらっと平気でそんな指摘をしてくるほおずきに驚いてしまったが、事実でもあるため光は表情に出すことはない。

 ほおずきの答えと違っているところが大体間違っていたので、改めてほおずきの凄さに感嘆する。

 それでも、普段と比べると明らかに点数は伸びていそうだったので光は内心でガッツポーズをするのだった……。



「ねぇお兄ちゃん、そろそろ文化祭の出し物決まった?」

 家に帰ってくると、椎名がうきうきした様子で問いかけてくる。うちの学校は中高一貫であり、行事も同じくらいの時期になってしまう。

「いや、中学の方が若干早いんだし高校はまだ試験が終わってホッとしてるんだよ。」

「ふぅん。私の方はもう決まったから、お兄ちゃんも来てね!」

 もちろん女抜きで、と一言付け加えてくる椎名に光は嘆息すれば良いのか。

 毎年妹の学校の行事には行っているし、もちろん一人なので疑ってこないほしいものだ。

「それで、お前のクラスは何するんだ?」

「私のとこはね、プリンだよ!お兄ちゃんが大好きな物!!」

「……提案者は??」

「私!!」

 グッ、とサムズアップをする椎名に光は呆れの意を込めた視線を向ける。クラスの総意ならば大丈夫かと思うが、椎名が提案するものの引き出しが光なのが気がかりなのだ。

(というか、プリンか。……不安だなぁ。)

 高校生の手作りでも少し腹を壊すか不安になるというのに、中学生となるともっと不安だ。椎名の家庭力が通常よりも高いのは分かっているが、みんながみんなそういう訳でもない。

 折角だし、椎名のクラスの出し物なので絶対に食べるのだが……。

「それで、お兄ちゃん。今日はテスト最終日でしょ?午前中に終わってるはずなのに、どうして遅いの??」

 とんでもない眼光で睨まれているが、何を疑われているのか。

「別に、頭のいい奴と自己採点してただけ。」

「……女??」

「男だよ。」

 息を吐くように嘘をつくのは良いことなのか悪いことなのか分からないが、仕方ないことだ。

 椎名にほおずきの存在がバレた時に、一体どんな反応をされるのか。考えただけで肩が落ちる。

「それじゃ、俺は夕食の準備をするから……って。」

 途端に背後から抱きつかれ、光は呆気に取られる。

「……どうしたんだよ、急に。」

「お兄ちゃんは、どこにも行かないでね……。」

椎名の力ない発言に苦笑を零し、椎名の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

「行かないよ、俺はどこにも。」

「……うん。」

にへへと眉を下げて笑う椎名を可愛いと思い、夕食の準備をするからと引きはがした。

(どこにも行かないで……か。恋人ができたとしても、俺は椎名を……。)

内心でずっと秘めている思いを呟いて、光は夕食の準備を進めるのだった……。

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