<延殿下、お部屋の戸をぶっ壊していいですか?>
さいわい廊下は丈夫な石造りで、重いカートでも傷やへこみができることはない。
先程梅や桃が咲いていたことからして、どうやら巍国は春のようだが、天気が良いのに石の廊下の足下はひんやりしていた。
廊下に面して部屋がいくつか並んでいたが、そのうち開けた手入れの良い庭が見え、ひときわ美しい装具が施された柱と、紺地に銀の竜が飛ぶ浮き彫りが施された円形の飾りが付けられた、観音開きのドアに行き当たる。
「もしかしてここが延殿下のお部屋ですか?」
皇帝と掖廷官長官の訪れに、仕えている女官2人と宦官2人、衛兵2人が並んで頭を下げる。
のどかの問いに「うむ。」とうなずいたものの、厳は不審な顔で陽を見た。
「何故女官と宦官がこの4人しかおらぬのだ。延が東宮殿に入るとき、それぞれ10人ずつは付けたはずだぞ?」
「あの・・それがまた誠に申し上げにくいのですが・・延殿下が辞めさせてしまわれました。大した用事も無い故、民の税金の無駄だと仰せられ、凱殿下や瑞香公主様のお世話に回しておしまいに・・」
「何故わしに報告しなかった?!」
「申し訳ございませぬ!」陽は拱手して石床に額を付ける。「殿下に堅く口止めされまして・・・お父上に妙な心配を掛けたくない故、絶対に言うなとの仰せでございまして!」
「この有様の方が心配するわ!延!!延!おるのか?!出て参れ!!」
父であり皇帝である厳が呼びかけているのに、部屋は無反応だ。
いかつい陽の顔の色が悪くなる。
女官と宦官達も拱手して顔を伏せたまま、ぴくりともしない。
(厳さんってやっぱ偉い人なんだなあ・・)
と思いながら、のどかは延の部屋の扉を見た。
大枠は頑丈な太い材木を使っているが、観音開きの2枚の扉の中央にドーンと飾られる三爪の竜が描かれた丸い飾り板の周りは細い木でできた組木細工で、隙間は風を通さぬよう光沢のある厚めの布が張られているようだ。つまり・・
「陛下、この戸なんですけど、」
「うむ。」
のどかは扉の隅っこ近くの組木細工をトントン、と叩いて言った。
「ここ、壊しても良いですか?」
陽の顔が一気に青くなり、女官と宦官と衛兵が息をのんだ。
部屋の中で、カタ、サラサラッ、と音がした。
「許す。」
「んじゃあ、行きます。」
「ああっ、へ、陛下・・待て、娘・・」
両足を縦に開くとすっ、とのどかの腰が軽く落ちた。あげた片方の足が不意にバネが弾けるかのように組木細工に突き刺さった。
バリッ!!、と音を上げて、扉の隅に直径30㎝ほどの穴が開く。
女官と宦官が思わず悲鳴を上げ、厳と陽と衛兵が目を見張る。
のどかは開いた穴から中をのぞき込んだ。
その向こうに梅の枝を行けた大きな花瓶を抱えた長髪の若い男が立って、こちらを睨んでいる。
「延殿下ですか?」
「ならば、どうした。」
「おはようございます。久方ビルクリーニングの者です。お部屋のお掃除に参りました。」
のどかは営業スマイルを貼り付けて言った。
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