久方のどかの後宮お掃除日記

下藤じょあん

<乃流音娘々>

 従業員はちょうど10名、社長の久方光助(70)が率いるのが某県清(きよ)戸(と)市で営業している“久方ビルクリーニング”である。

 副社長は光助の嫁の花江だが、現在入院中で、妻の春子(68)が代理を務めている。

 その従業員の一人で光助と春子の孫の、のどか(19)が、会社の社用車を運転して帰途に就いていた。

 自宅は市街地から離れた田園地帯のはずれにある。

 後ろの座席には光助と春子が仲良く並んで座り、空いた助手席にはのどかのリュックが乗っている。

 「すまないね、のどか。大学の勉強もあるのに、会社の仕事までさせて。」

 「いいんだよ。私の学費を私が稼いでいるようなものだから。」

 のどかは大学に通う傍ら正社員として働き、講義が少ない日はビル清掃の仕事をしている。

 「おじいちゃん達こそ、仕事はいいのに・・一回引退したんだし。」

 「いいのよ。人手が足りないんだし、私達もまだまだやれるからね。」

 春子は明るく言い、光助もうなずく。

 と・・

 「エッ、何・・」

 のどかの目が強烈なライトでくらむ。

 トラックだ、でも今までそんな物見えなかったのに!

 ・・ぶつかる!!

 のどかはハンドルを握ってぎゅっと目を閉じた・・


 衝撃がない。

 眩しいライトもない。

 というか、周りは蓮の花が咲き乱れる広大な池だった。

 “久方ビルクリーニング”のラベンダー色の軽ワゴン車は、池の真ん中の白い石造りの東屋に停まっていた。

 「なに、ここ・・」

 「ふむ、」と光助はあごをなでる。「もしやここがあの世かな?」

 「えっ・・ちょっと、それは困るよ、おじいちゃん!明日も仕事入ってるし!」

 「心配召されぬよう・・あなた方はまだ死んではおりませぬ。」

 3人の目の前に、一人の女性が優雅な足取りで歩いてきた。

 「まあ、おきれい・・」

 と、思わず春子がつぶやく。

 白い肌はきめ細かく化粧が要らない美しさ。

 複雑に結い上げた黒髪に様々な花をかたどった銀のかんざしが挿されて、微かな光を放っている。身につける衣服は真っ白で袖口や裾に真珠が縫い取られていた。

 「私は転生と運命の女神ノルン。巍(ぎ)という国では乃流音(のるん)娘々(にゃんにゃん)と呼ばれ、王家の守護神とされています。あなた方に頼みがあって、ここに招きました。」

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