<女神の賭け>

 「ぎ、ですか。」光助が首をひねる。「聞いたことがありませんなあ。」

 「あなた方の世界とは違う世界に存在する国ですから。そうですね・・あなた方の世界には“三国志演義”という書物があるでしょう?あの時代のような雰囲気だと思ってください。ただし、戦の時代はすでに終わり、太平の世となっておりますが。」

 「なのになんか困ってるんですか?」

 のどかがカジュアルに言い放ち、春子がこれ、と小声で諫める。

 それでも娘々は優しげに微笑んだ。

 「巍は今、3代目の皇帝厳(げん)の治世です。国情は安定し、文化が興隆してそれは華やかなものです。ところが、4代目皇帝となるべき延(えん)が、皇太子になるのを拒否しています。」

 「はあ。」

 「しかも、これを好機と見て弟の凱(がい)を皇太子にせんとする一派がおり、延派と凱派で宮廷内で暗闘が繰り広げられております。父の厳はこれをやめさせ、延を皇太子にしたい旨、私に奏上し、供物を捧げて参りました。」

 「はあ。でも、なんで、厳さんは延さんの方がいいんです?」

 「延は子どもの頃からよく書を嗜み、詩文を作ることに優れ、法にも詳しい。対して凱は武術に才を示し、一軍の将として名を馳せるほど軍略に優れています。ですが、巍は太平の世。故に皇帝厳は延を皇太子にしたいのです。」

 「えー・・でも、皇帝でしょ?したいようにすればいいんじゃ・・」

 「凱派の筆頭が右丞相なので、その勢力を蔑ろにできないのです。右腕たる左丞相は延殿を推挙していますが、身分の上では左丞相が上でも、財力や人脈では右丞相が上回っているのです。」

 「皇帝様にとっては、なかなか複雑ですなあ。」

 「ええ。それで、私の頼みなのですが。半年以内に巍の皇太子の座を、あなた方に確定して欲しいのです。」

 「は?」

 「あ、あの、私ども・・ですか?」

 「いやいや、私どもはこの通り、ただの清掃業者です。皇太子様がどうこうとは・・」

 久方家はさすがに腰が引けたが、女神は譲らない。

 「そこを曲げてお願いします。どうか、何卒・・」

 「あの、何か訳があるんですか?」

 「そうですね、女神様、なにか訳がお有りですか?」

 のどかと光助に聞かれ、

 「・・・・」ノルンはしばらくうつむき・・「実は賭けをいたしまして・・」

 「賭け?」


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