第2話 若きメイド・ハンナ

  「あ〜、エリック様! ちょっとちょっと、聞いてくださいよ〜!」


 いよいよ冒険者としての旅立ちの日が明日に迫った。僕は荷造りをしたり武具や防具を揃えてもらったりして準備をしている。

 そんな時、メイドのハンナから声を掛けられた。

 

 「どうしたの、ハンナ? 僕は忙しいから後にしてもらえるかな……」


 「今じゃなきゃダメなんです! 大ニュース、ですよ! なんとなんと、わたしもエリック様にお供させてもらうことになったんです!」


 ……なんだって?


 あと一人、女性の同行者が付くことはわかってたけど、まさかハンナだったなんて……大丈夫かなぁ?


 ハンナは最近入ってきたメイドで、僕と同い年だ。正確には半年くらい先に誕生日を迎えているけどね。


 ちょっとドジだけどとにかく快活で可愛らしい。青みがかった短めの黒髪もよく似合っている。

 でも、とてもじゃないけど冒険者……戦闘向きとは思えない。


 「そ、そうなんだ。どういう理由で君に決まったの?」


 「ふっふーん♪よくぞ聞いてくださいました! わたしはですね、結構魔法の才能あるんですよ、こう見えても。水魔法と回復魔法を使えます! そこを見込まれたんですよ!」


 そうだったのか。意外な才能ってあるもんだなぁ。 

 ハンナはまだ若いし、伸びしろに期待されてるのかもしれない。


 「ちなみにハンナのジョブは? 魔導士? それとも神官?」


 「わたしは魔導士ですね! どっちかといえば属性魔法の方が適性あるみたいです!」


 「そっか。じゃあ僕のユニークスキルがあれば、すごい魔導士になれるかもしれないね。これからよろしくね、ハンナ」


 「こちらこそ、よろしくお願いいたします! あ、それでですね、ローラさんから夜になったらエリック様のお部屋に来るように言われてるんですが、何のことだかわかりますか? やっぱり、出発の日に関することですかねー?」


 ああ、そういうことね。たぶんこの子なんも知らないんだろうなぁ。そういう僕だって、数日前までは何にも知らなかったんだから人のこと言えないけど。


 「それもあると思うけど……ううん、なんでもない。とりあえず、来てみればわかると思うよ? それじゃあまた後でね」


 「うーん、エリック様、何か隠してますね? まあいいです、それでは後ほど!」


 僕は再び荷造りへと戻った。


 *


 「よう、エリック! いよいよ明日出発だな!」

 「アルフ兄さん……!」


 僕の兄弟の中で、特に尊敬している兄が二人いる。そのうちの片方が第三王子のアルフ兄さんだ。


 「剣聖」のユニークスキルを持ち、18歳にして騎士団で活躍している超エリートだ。武芸に関してはファーディナンド王家始まって以来の逸材とまで言われている。将来は騎士団長になるのは確実だろう。


 性格もちょっと荒っぽいけど明るく気さくで、話しやすい兄だった。


 「俺を超えるつもりで頑張ってこいよ、勇者サマ! まあそんなカンタンじゃねーとは思うけどな!」


 「はは……確かに難しそうですね。でも、その気持ちで頑張ろうと思います」


 「ところで、お前のパーティ、メイドが二人って聞いたんだけどマジか? 大丈夫なの?」


 「ああ、そのことなら大丈夫ですよ。僕のユニークスキルを考えると女性と一緒の方が都合がいいですから」


 「へぇー、そうなのか。父上も教えてくれないんだよなぁ、お前のユニークスキル。相当言い辛そうにしてたからなんかあるんだとは思うが……まあいいや、聞いても教えてくれなさそうだし」


 「隠しておいた方がいいスキルなのは事実ですからね。でもいつか兄さんにも話せる日が来るとは思います」


 「そうか。俺は、というか騎士団はこれから遠征だからな。お前の見送りには参加できねーからこれだけ言いに来たんだ。本当に頑張れよ。無事に帰ってくるんだぞ」


 「兄さんこそ、ご無事で……!」


 僕は兄さんと熱い抱擁を交わした。


 *


 出発の前日といっても、夜やることに変わりはない。もう荷造りも終えて武具も防具も揃えた。


 コンコン、とドアをノックする音がする。

 

 「どうぞー」

 「すみませーん! 約束通り来ました!」


 昼に話した通りにハンナがやってきた。といっても、いきなりするのは彼女を困惑させてしまうだろう。ローラさんがくるまでとりあえず他の話題で間を持たせないと。

 

 「ハンナももう準備出来たの?」

 「もちろんですよ! と、言いたいとこですけど、わたし忘れっぽいですからね。何か入れ忘れてないか心配です……」


 「あはは、それもそうだね。僕はたぶん大丈夫だと思うよ」

 「エリック様はしっかりしてますもんね。わたしもそこについては心配してないですよ」


 しばらく談笑を続けていると、またノックをする音が聞こえた。


 「ローラです。入ってもよろしいですか?」

 「構わないよ。ハンナはもう来てるから」


 いつものようにローラさんが入ってきた。薄着……というか露出度の高い、扇情的な格好だ。まだまだウブな僕には刺激が強すぎる。


 「あらハンナ、早かったのね。これからいろいろ説明することがあったり、やってもらうことがあるからよろしくね?」


 「そ、そうなんですね! わたし、頑張ります!」


 ちょっとハンナは緊張した面持ちだ。というか、なんとなく気合が入っているような。


 「さて、エリック様。陛下から例のモノは渡されていますよね?」


 「ああ、鑑定レンズのことだね。もう付けてるよ。いや、僕もぜんぜんまだまだなんだな、って」


 ついさっきのことだけど、鑑定レンズを父上から渡されたんだ。当然無くさないようにな、と念を押されたけれど。


 まず最初に僕自身のステータスを見てみた。


 NAME:エリック=ファーディナンド

 RACE:ヒューマン

 AGE:12

 SEX:男

 JOB:勇者

 LV:6

 HP:268/268

 MP:260/260

 STR:160

 VIT:157

 DEX:154

 QUI:158

 INT:155

 RES:157

 LUK:89


 【ユニークスキル】神に愛されし聖血 LV1


 【スキル】  

 剣術 LV2


 とまあ、こんな感じだ。とりあえずローラさんに伝えてみる。

 

 「年齢を考えたら十分に強いと思いますわよ? 年齢分のステータスアップは1年で+10程度ありますからね。20歳くらいまでに成長のピークに達し30代前半から少しずつ衰え始める……というのはご存知ですか?」

 「いや、知らなかったよ。教えてくれてありがとう」

 「一応私もエリック様のトレーニングに付き合う予定ですのでご安心くださいね。まあ体術程度しか出来ませんが……」


 そんなローラさんのステータスはこんな感じ。


 NAME:ローラ

 RACE:ヒューマン

 AGE:29

 SEX:女

 JOB:武闘家

 LV:28

 HP:725/725

 MP:46/46

 STR:497

 VIT:443

 DEX:166

 QUI:365

 INT:122

 RES:399

 LUK:55



 【スキル】  

 体術 LV5

 剣術 LV2

 土魔法 LV2


 鋼鉄級冒険者だっただけはあって、今の僕よりは全然強い。

 せっかくだから、彼女にステータスの見方を教えてもらうことにした。


 「ステータスの意味するもの? そうですね……HPというのは体力、生命力のことです。これが無くなると死んでしまいます。MPというのは魔法を使う時に消費されるものですわね。これが切れると魔法が使えなくなってしまいます」


 「うんうん、それで?」


 「STRというのは筋力ですわね。剣術や槍術、体術の威力に関わってきます。それと対になるのがVIT、これらの物理攻撃に対する防御力です。DEXというのは器用さ、弓の命中率などに影響します。鍛冶師などのスキルもこれに依存しますわ。QUIというのは動きの素早さですね」


 「すごいですね、ローラさん! 物知りなんですね! わたし全部初めて知りました!」


 「ハンナ、まだまだ続きはあるのよ? INTというのは知力、そのまま魔法の威力に影響します。それと対になるのがRES。魔法への耐性を意味しますね。最後にLUK、これは運ですね、いわゆる。一生変化することはないのである意味一番才能に依存しているかもしれません。この数値が高いとここ一番で急所に当てられたり、逆に致命傷を避けたり出来るようです。長々と手早く説明してしまいましたが、ご理解いただけましたか?」


 「うん、だいたいわかったよ、ありがとう。すごく分かりやすくて助かる」


 「わたしはあんまりわかりませんでした……」

 

 「エリック様、お褒めいただきありがとうございます。ハンナは少しずつ覚えてきいましょうね?」


 よし、これでだいたいわかった。


 「お勉強もいいですけれど、ハンナをここに呼んだのには他の理由がありますからね?」


 「あ、それですそれです! なんかエリック様も隠してるみたいで気になってたんですよね!」


 「うーん……それは僕のユニークスキルに関することなんだけどね……」


 「どういうことなんですか?」


 「それは……私から説明させてもらいます。エリック様のユニークスキル”神に愛されし精液”というものは、直飲みすることであらゆる怪我や病気を治し、健康な人間ならばステータスの一部が上昇するというとんでもない壊れスキルなの」

 

 「え!? なんですかそれ! めちゃくちゃすごくないですか?」


 「それでね、ハンナも血を飲んだらどれくらい伸びるのか確認しておきたくて」

  

 「そうですね……わかりました。エリック様、血を分けてください!」


 この前と同じように、ローラさんが銀の針で僕の指に軽く傷を付ける。


 「んっ……ぺろっ、わあ、甘くておいしい! ほんとに血なんですか、これ?」


 「あはは。最初はびっくりするよね。おいしかったら何よりだよ」


あ、そう言えばハンナのステータスを確認しないと。


 「そうだ、ステータスがどれくらい伸びたか教えてあげるよ」


 「えっ! すごく気になります、エリック様! はやくはやく!」


 鑑定レンズに映るステータスを、紙に書いて彼女に渡してあげた。


 NAME:ハンナ

 RACE:ヒューマン

 AGE:12

 SEX:女

 JOB:魔導士

 LV:5

 HP:81/81

 MP:238/238

 STR:31

 VIT:45

 DEX:83

 QUI:86

 INT:171

 RES:148

 LUK:32

 

 【スキル】  

 水魔法 LV2

 回復魔法 LV1


 「とまあ、こんな感じだよ。さっきよりMPが2、INTとRESが1ずつ伸びてる」


 「わあ、わたしの能力ってこのくらいなんですね。早速伸びてるんですか! エリック様のユニークスキルって本当にすごいですね! 大魔導士になるのも夢じゃないかも……えへへ」


 ちょっと妄想の世界に入ってニヤニヤしているハンナを放置して、僕はローラさんに話しかけた。


 「それじゃ、ローラさん。明日は8時出発だよね?」


 「ええ、そうですわ。忘れ物ないようにお願いいたしますね。しっかり睡眠を取るようにお願いします。それではエリック様、お休みなさいませ。また明日。ほら、ハンナ、妄想はほどほどになさい! 帰りますよ?」


  ローラさんは妄想の世界に浸りっぱなしのハンナをズルズルと引っ張って、僕の部屋から出ていった。


 いよいよ明日は出発だ。楽しみと若干の不安が交錯したまま、僕は眠りについた。

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