第6話 さよならの手前

翌朝、松村さんからのメッセージはなかった。


いつもなら「おはよう」か「今日も頑張ろうね」といった短い一言があるのに。


その小さな通知一つが、私の一日の始まりになっていた。


気になって仕方ないのに、


自分から連絡をする勇気も出ない。


昨夜の彼の表情が、頭の片隅に残っていたから。


コーヒーを入れながら、ふとスマホの画面を見つめる。


何も表示されていないホーム画面に、


自分の指がそっと伸びて――けれど、途中で止まった。


(このまま続けていて、いいのかな)


彼の奥さんが彼との関係を“許した”と聞いたあの日から、


何かが変わった気がする。


許されたことで、逆に“終わり”が近づいているような気がしてならなかった。


***


「おはようございます」


「おはよう」


いつも通り、オフィスで彼に挨拶をする。


ただ、それだけで胸の奥がざわついた。


時々、彼の様子を確認する。


(少し、顔色が良くなった気がする)


あの日の彼より、少し元気に見えて安心した。


(だったら、まだ、大丈夫…だよね)


彼からのメールがなくても、


私たちはきっと大丈夫。--そう、自分に言い聞かせた。


***


家に帰り、ソファーに腰を下ろしてスマホを確認する。


朝と同じ。メッセージは届いていない。


(会いたいな。でも、今そう送るのは…なんとなく違う気がする)


彼とのトーク画面を閉じて、信じるようにスマホを伏せる。


(もしかして、奥さんと何かあったのかな)


けれど、それは彼ら夫婦の問題であって、私には何もできない。


***


ベットに横になり、松村さんとの今までを思い返す。


二人きりになると、彼はいつも優しく包み込むように、愛してくれる。


けれど、左手の結婚指輪だけは外されなかった。


その光景を思い出すたび、胸の奥がじわりと痛む。


(私…自分が思ってる以上に、松村さんのこと…好きなんだ)


いつかは終わりを迎える関係だと、分かったいたのに。


(松村さんか、私か…どちらかが壊れる前に、終わらせなきゃ)


そう思うたびに、胸がギュッと締め付けられる。


「終わらせる勇気」なんて、まだ持ち合わせていない。


その事実に、溜息がこぼれる。


でも今夜は、伏せたスマホを取り上げる気力もない。


--これが少しずつ、”離れる”ということなのかもしれない。

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