【表現力研究12-文体】笑う葬式(方言語り)
『笑い声の奥で、過去の記憶がほどけていく』
方言の柔らかさで読者を近くに呼び込み、
声の質感で"その土地の物語"を一気に立ち上げる構造です。
笑う葬式という異文化の違和感を
語り手の温度で包み込み二つの感情の重ねる合わせを意識しました。
『笑う葬式』
スマートフォンをちゃぶ台に置き、ボイスメモを動かした。
ここは○○県の小さな山村。
私は大学の先輩に『笑う葬式』のことを教えられて、専攻する民俗学のレポートのためきた。
お婆ちゃんの家は差し造りね、いわゆる古民家。
だから、少し古びた畳の匂いがした。
悲しいのに笑わなくちゃいけない葬式。
世界には西ガーナのような例もある───
だけど、日本の文化や風習で笑うというのはそぐわない。
だから、薄寒い気持ちがしていた。
目の前にいるのは、戦時中に特攻で夫を亡くしたお婆ちゃん。
長年の苦労が刻まれた皺でわかる。
事前にお婆ちゃんには、結婚式のことを聞きにきたと話している。
そうしないと、お葬式のことを話してくれないから。
これは先輩から教わった聞き取りの鉄則だ。
お婆ちゃんの目線が上がる。
どうやら、昔のことを思い出しているようね。
───わしが十五のときじゃった。相手は隣の家の三郎でね。そりゃ賢うて、ええ男やったわ。まぁ、同じ村に住んどったら好きになるんは当然やちゃ。婚礼じゃ、村中で祝ってくれたんやわ。
唇がわずかに微笑んだ。
───白無垢着るのが楽しみで、前の日に袖通してくるくる回ったら、かぁかにひどく叱られたんやちゃ。婚礼の日は角を隠して三郎の家まで歩くんやけど、近いからすぐ着いちゃうの。みんな呆れて「村外れから歩けばよかったのに」って笑ったわ。
お婆ちゃんは朗らかに笑った。
───三郎の家には、親戚みんな来とった。腹抱えて笑っとったわ。儂らも笑ったの。婚礼も葬式も一緒やったけどの。
「葬式」の言葉に思わず、お婆ちゃんの顔を見た。お婆ちゃんの目には涙が溜まっていた。
───三郎のとぉとやかぁかも笑っとったよ。だって、三郎は一枚の紙切れやったんや。「死亡告知書」っていうハガキ一枚じゃ。戦争終わって物はないけど、村のみんなは白い喪服を着とったわ。儂は笑ったよ。声高らかにやちゃ。
膝の上に置いた手が震えているのがわかった。
───あんた、葬式のこと聞きに来たんじゃろ? うちの葬式は他の村とは違うんや。婚礼の装束でやるんや。そして、高らかに笑う。死者が安心して浄土に行けるようにな。
なぜ、なぜ……お婆ちゃんは、笑うんですか。
───わしの中じゃ、三郎は若いままなんや。わしはそれが嬉しいんやちゃ。
お婆ちゃんは、涙を流しながら、ずっと笑っていた。
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