【表現力研究04-描写】雑炊の恐怖(酩酊表現)


『味の輪郭が、静かに別の形へ濁る』


生々しい酔いによる感覚の乱れを入口にし、

匂い・温度・味覚が"正しくない方向"へ変化する瞬間を描きます。

説明よりも身体の違和感を優先し、

読者の内側に強烈な不安を打ち込むフック構造です。



『雑炊の恐怖』


 ひっく。すっかり遅くなった。眠い。

 電車を降りて、改札を抜けた。電灯がまばらについてるな。

 まぶたが下りる。視界が狭い。だけど、帰らなきゃ。うぇぷ。


 飲み会楽しかったな。クソ上司のネタであんなに盛り上がったんだ。ヒッ。また、行きたいな。金さえ続けば毎日だって、飲みに行きたいもんだ。それにしても、今日の締めの雑炊、美味かったな。足がぐらっ、おっと危ない。

 歩いて帰るの面倒だ。タクシー使って帰るか、おや。

 タクシーの前は並んでるなぁ。うっぷ。

 ふぇー。飲みすぎたかな。時計をみよう。目をぱちぱちする。十一時。また、かぁちゃんに怒られる。うーん。どうせ、怒られるんだ。夜風もいいし、頭も冷える。


 もう一杯、いこうかな。なんか、風も冷たいし、熱燗いいね。


 おっ! 屋台かぁー、いいね。鼻に出汁の匂いが飛び込んでくる。おでん屋かー、今どき珍しいな。こんな夜中には、ラーメンかおでんが昔からの定番だ。ひっ、ひっく。でも、屋台も最近見なくなったよね。日本の文化が廃れるのも困ったもんだ。コリャ、行って日本経済を救わなきゃな。目がかすんでるよ。ちょっとメガネが曇ったかな。屋台におっさんがかすんで見える。おっと、と。うぇぷ。あ、やばいな、うぇー。ゲロが出そうだ。


 かっこ悪いから、我慢だ、我慢。胸から何かがせり上がる。フェンス越しに線路が見えた。ホームも真っ暗だ。うっぷ。みっともないから、出さないように我慢した。


 ───うぅ!?


 ゲロが胃からせり上がる。


 米つぶが鼻まで埋め尽くす。のどまでつまってるぞ、やばい。息ができない。鼻の穴まで米だらけだ。指も入らない。急に酔いが覚めていく。

 やばい、やばい、やばい! 背中が一気に冷めてきた。


 やばい、こんなところで死ぬのかよ。体がくの字に折れる。膝を両手で押さえた。口を開け吐こうとした。出ない。やばい。苦しい。どうする、どうする。誰かに助けを求めるか。タクシー乗り場の列が小さいぞ。口から言葉も出てこない。どうする。


 ───一か八か。


 みっともないなんて言ってられるか。

 ふんっ。ふんっ。片鼻を押さえて思いっきり力を入れる。肺の空気は少ないぞ。

 鼻に向けて、息を出せ。


 ふん!! 鼻から米が飛び出した。


 ふん!! 反対の鼻からも米粒だ。


 少し、肺に空気が入った。あと少し。喉からゲロを掻き出すんだ。

 ウォーエー。


 でかいうめきが夜空に響いた。


 タクシーが走り去る音が遠くで聞こえた。よろよろと乗り場に向かう。

 明日から禁酒しよう。

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