第36話 再戦、ただし前哨戦。

 アルテア先輩ゲットだぜ!


 ということで団体決闘5種目の内、未確定の枠はボードゲームマスターことフランツ先輩の分のみ。

 ということでやってきました。

 フランツ先輩、ちーすちーす。


「私の読み通りですね。そろそろいらっしゃるころだと思っていましたよ」

「リリアもちょうどねー、そろそろいこうとおもってたんだー」

「でしょうね?」


 うん? と首をかしげるフランツ先輩。

 大丈夫、フランツ先輩はおかしくなってない。

 リリアちゃんがちょっと天然なところ出しただけだから気にしないで。


「そろそろ、ということはフランツ先輩のもとにもセドリックお兄様が?」

「ええ。参謀本部への推薦を約束するから右腕になれと。もちろんお断りしましたが」


 セドリック殿下、メンバー大丈夫かな……。

 やっぱり尊大な態度がダメなんじゃないかな、人にはちゃんと敬意をもって接しないと……ん?

 そう考えるとリリアちゃんという手札を使いながら諸侯を派閥に取り込んでいくユーフィリア殿下の手腕って……?


「ですが、あなた方の陣営として参戦するとも言っていません」

「え」

「簡単な話です。私とボードゲームをしてください。あの時の雪辱、今日こそ果たさせていただきます」


 負けたままというのは癪ですから。

 フランツ先輩はそう付け加えた。


 彼って、結構勝気なところあるよね。


 ということで、ボードを挟んでリリアちゃんとフランツ先輩が再戦することになった。


 今日は最初から全力全開。

 圧倒的な実力差でねじ伏せに行く。

 心理戦の余地すら残さない。

 言い訳の一つも許さない。

 そんな蹂躙劇。


  ◇  ◇  ◇


 ――なぜだ。


 フランツ・グランヴェールは困惑していた。


 ――なぜボクが翻弄されている。


 彼がボードゲームを始めたのは、参謀本部に勤める父の勧めがきっかけだった。先の展開を予想し手を打つ思考力を養うのによいと勧められ、フランツはボードゲームの深みにのめり込んでいった。 

 知略を巡らせることに長けた参謀本部の人間をもってしても、彼の読みの深さには敵わない。

 敗北の記憶など、幼少期に父と戦った時までさかのぼらなければいけなかった。

 新学期早々、リリア・ペンデュラムが現れるまでは。


 彼女との対戦で、フランツは盤外戦術というものを知った。

 相手を揺さぶり、ミスを誘うことも立派な戦術なのだと学んだ。


 なんだかんだ彼は子供で、参謀本部の人間もそこまで大人げない方法を使ってまで勝ちに来なかっただけで、出来ないわけではないということも。


 そして、今日はその集大成を見せる時だった。

 少なくとも、彼としてはそのつもりだった。


「おやぁ♡ フランツせんぱい、そんなあまあまな手でいいのかな~? リリアがこう動かしたらぁ♡ リリアのほうがゆうりになっちゃうよ~?」

「ふふ、できるものならどうぞ」

「うゅ」

「え」


 取られた。一切のためらいなく。


(ブラフだと見抜かれた!? うそでしょう!?)


 彼はこの一局に心血を注いでいた。

 研究に研究を重ね、ありとあらゆる盤面を精査した。

 だからわかる。

 彼が指した一手は、なにかありそうに見えるが何もない。

 ただ、誘いに乗れば展開が複雑化し、ミスなく進めるのは難しくなる。

 しかし、誘いに乗らなければ、多少の駒損こそすれど展開は限定的。


 複雑化する盤面を読みきるために持ち時間を使うか、多少の損を受け入れるか。

 彼が押し付けたのはそんな一手だった。


 ほとんどノータイムで返されるのは聞いていない。


(くっ、焦ってはいけません。大丈夫、多少苦しい盤面になりましたが、まだまだ研究の範囲内。この展開ももちろん想定済みです)


 想定外があるとすれば、ここで持ち時間をまったく削れなかったこと。

 これはまずい。


 勝負は終盤。彼はそう決めていた。

 盤面が複雑になる方へと勝負を誘導し、研究量の差で時間的有利を稼ぎ、最終的に時間に追われてミスを犯したところで仕掛けるつもりだった。


 それなのに、相手が早指ししてきては通用しない。


(そうです。早指しするということは、読みの深度をある程度のところで切っているに違いありません。どこかのタイミングで読み間違えが生まれる未来に変わりはありません)


 それが研究の範囲内で発生してくれるなら願ったり叶ったりだ。

 そう言い聞かせ、フランツは手を進めていく。

 が。


(な、なぜ!? 読み間違えない……っ!?)


 リリア・ペンデュラムの応じては完璧だった。

 彼が何度難しい手を打っても、そのすべてを最善手で返してくる。

 しかも、ほとんどノータイムで、だ。


 落ち着け、落ち着けと言い聞かせて、それでもフランツは動揺を殺しきれなかった。

 必然だ。

 勝負を仕掛ける以上、読み負ければ損をする。

 できる限り、相手が最善手でも差が広がらず、しかし読み間違えれば大きなリターンの得られるタイミングで仕掛けているとはいえ、積み重なれば差は開く一方だ。

 じりじりと、盤面が不利に傾いていく。


 息も詰まるような対局だった。


(っ!)


 そんな折、現れた、千載一遇の好機。


(来た! 読み間違えだ……!)


 フランツは鼓動が早くなるのを感じだ。

 手に汗を握る。

 やはり早指しは無理があったのだ。

 どこかで読み間違えするという読みは間違っていなかったのだ。

 そう思いながら、それを咎める一手を返す。


「せーんぱい♡ テンション・リダクションこうかってしってるぅ?」

「は?」

「おかしいとおもわなかった? さいぜんては、こっち♡ なのにどーして、こーんなあまい手をうったのか♡」

「そ、それ、は……」


 嫌な予感がして盤面をのぞき込む。

 何か大きな罠に仕掛けられたのだろうか。

 否。

 フランツの守りは堅牢で、ここから数手で駒は得をする。

 そのルートから外れる展開はない。

 大局的にも局所的にも有利展開である。

 そのはずである。


「読めましたよ。そうやって私の動揺を誘うのが狙いですね? 無駄ですよ。私は自らの弱点を克服しました」

「そう? じゃあ、みじめにほえづらかいちゃえっ♡」

「吠え面かくのはあなたの方ですよ、リリアさん」


 数手進むがフランツの読みに誤りはない。

 事前に研究していた通り彼の有利に進んでいく。


(よし、この駒交換で得たアドバンテージは大きいです。これだけ攻め手があれば勝てます……!)


 詰みではないが、詰みの一歩手前。

 相手が応じ手を誤ればそのまま終局一直線という手で果敢に攻める。


(この一手で相手のキングは逃げ場のないフィールドに誘い込む……!)


 と、読んでいたのだが……。


「は?」


 まさかの、突撃。

 自軍との連携を断ち切るような、空中戦への、単騎特攻。


 王自ら戦場の矢面に立つような蛮勇である。


「そんな!? まさか」


 彼は盤面をのぞき込んだ。


(いや、だって、こっちには攻め手がこれだけ豊富にそろっているんですよ!? そんな無茶な進め方をしたら……)


 詰め切れる。

 そう確信をもって読み進めて、絶望する。


(……詰め切れない!? 躱しきっているのか!? こんな無謀な回避の仕方で!)


 そんなはずはない、と必死に読みを巡らせて、しかし、その方法は見つからない。


(甘かった)


 リリア・ペンデュラムを見くびったつもりはない。

 だが、底を知った気にはなっていた。

 研究しつくした範囲内であれば、一手上回ることも不可能じゃないと思っていた。


(この展開に先はないと見切りをつけていた……! ここから先は、研究の範囲外……! 本当の意味での、実力勝負……!)


 勝てるのか?

 この、読みの怪物を相手に本当に勝てるのか?


 フランツ・グランヴェールはひしひしと嫌な予感をかぎ取っていた。


  ◇  ◇  ◇


《ねえ、おにーちゃん? さいぜんてがあっちなら、なんでゆるいてをうったの?》

(持ち時間の使い方、かな)


 お互い、ほとんど時間を使っていない。

 それは実力が拮抗しているから、ではない。


 フランツ先輩の読みの速さは、前の対局で把握している。

 しかし、この一戦において、彼はその読みの速度を明らかに上回って打っている。

 自ら盤面をひっかきまわし、複雑化させに動いているにもかかわらず、だ。


(たぶん、あらゆる展開を予想して、既に一度並べているんだよ。読みで劣る相手から勝利をもぎ取るなら、予習と経験で上回るしかない)


 その予習と経験を蹂躙する形でまくったのが前回の対局なのだが、今回はその強みを補強して仕掛けてきた形。


(こちらが最善手を打ち続けても、勝ち筋を残して追いすがってくる。たぶん、研究の範囲内で勝ちパターンをほぼすべて解明してるんだ)

《え!? それってまずいんじゃ?》

(そう。だから一度、研究の範囲から抜け出す必要があった)


 一見不利に見えて、しかしそこまで不利ではない状況。

 それがこの盤面。


(ここで、フランツ先輩は予習という手札を失った。後は自力の勝負だ)


 僕が予想するに、フランツ先輩は本来、時間的有利を駆使して僕の終盤のミスを狙っていたんだと思う。

 しかしこうなればそっくりそのまま反転。

 時間に追われるようになるのは、読みの速度で僕に劣るフランツ先輩の方。


 要は、彼が仕掛けようとした作戦をそっくりそのまま意趣返しした形になる。


  ◇  ◇  ◇


「……ありません」


 研究の範囲を外れたフランツ先輩から、じりじりと差を広げて、牙城を食い破った。

 結局、どう受けても詰む形で彼が投了。

 リリアちゃんの勝利で対局は幕を下ろした。


「……悔しいな」


 フランツ先輩が、悲鳴交じりのしゃくりを上げる。


「勝つ、そのつもりで、挑んだのに……!」


 ……やりすぎたかな。

 ヴィルくんを見てると勘違いしてしまいそうになるが、敗北というのは簡単に受け入れられるものではない。

 負ければ苦しいし、場合によっては挫折するのが人間だ。

 勝ちを譲ってあげるべきだったかな。


「だっさ~♡」


 どうしたものかと悩んでいると、リリアちゃんが口を開いた。


「まけたくらいでないちゃうの~? なっさけな~い♡ ないてるひまがあったらぁ♡ かつためのどりょくでもしちぇば~? ま、かてないけど♡」

「な、泣いてなんかいません!」

「そう? リリアにはなきがおにみえたけど~?」

「~~っ」

「せんぱいはさ、すごかったよ? リリアがきびしい手でせめても、うけとめてきた。いっぱいいっぱいがんばったんだってつたわってきた」


 とてとて、とボードを置いたテーブルの外周をまわって、リリアちゃんがフランツくんのそばに歩み寄る。

 それから手を取り、微笑みかける。


「せんぱいはぁ♡ まけたんじゃなくて、けいけんをつんだだけ♡」


 息を詰まらせるフランツくん。


「つぎは、もっとたのしいたたかいをきたいしてるね♡」

「……ええ、当然です! 団体決闘で、さらなる成長を見せて差し上げますよ!」




・フランツせんぱいが パワーアップ した! ←NEW!

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