第34話 調教、ただし競走馬。

 セドリック殿下に挑まれた団体戦な決闘で、リリアちゃんは障害競走(馬)部門で出場することになった。

 セドリック殿下、目玉飛び出ないかな。

 電気電子工学に出場すると読んでたみたいだし、このパターンは絶対予想できてないと思う。


 さて、ということでリリアちゃんは人目のつかない、つまり魔物学を担当してくれていたファーブル・ディスガイアの研究室付近の空き地に障害を並べて馬に乗るの練習をしていた。


「どう♡ どう♡」


 しかし不思議だ。

 リリアちゃんが馬をなだめようとすればするほど、興奮が激しくなる。

 煽ってるわけでもないのに、不思議だ。


「妙ですね。この馬は王宮で飼育している馬で、一流の調教師が調教した初心者にもおすすめな気性のおとなしい名馬なのですが」


 ユーフィリア王女殿下が不思議そうに小首をかしげる。


「うーん」


 落馬しそうになったので、曲芸師張りの身体操作でふわりと飛び去り華麗に着地。

 ユーフィリア殿下が「おおー」と感嘆しながら、拍手で迎え入れてくれた。


《おにーちゃん、このこなんて言ってる?》

(さすがに馬の言葉はわからないなぁ。怒ってるのは気配でわかるけど)

《なんで?》


 なんでってそりゃ、リリアちゃんが「おうけのうまなのにのせるひとをすききらいするの~? きっしょ~♡ プロいしきけつらくしてるんじゃないの~?」なんて煽ったからだと思う。

 それを皮切りに、最初は『なんだ、ユーフィリア殿下を乗せられるわけじゃないのか』っていうしょんぼりから『フーッ、フーッ、メスガキ理解わからす……!』って態度になっている状況。


 うん、因果応報だったわ。


「しかし困りましたね。これでは障害飛び越えの練習になりませんね。リリアさんなら乗馬もなんなくこなしてしまうと思ったのですが」

「あれぇ? リリア、ユフィちゃんにあおられてる?」

「いえ、素直に驚いているだけです。リリアさんにも苦手なことがあったんだなって」

「ぴっかーん」


 ぷっつーんね。

 光り輝いてどうするの。


「あせらないあせらない♡ リリアにふかのーはないってすぐにしょうめいしてあげるからさ♡」


  ◇  ◇  ◇


 できない。


  ◇  ◇  ◇


《おにーぢゃぁぁぁん!》


 どうどう。


(入れ替わる?)

《……もうちょっとがんばる。でも、たすけてほしい》


 偉いぞリリアちゃん!


 しかし、ふむ。

 リリアちゃん、ユーフィリア殿下にこのお馬さんの経歴を聞いてみて。


 ……なるほどなるほど。

 優秀な両親を持つ競走馬で、期待されていたが成績は振るわず。セカンドキャリアとして障害競走馬として活躍していたが、最近は調子を崩している。あるいは加齢かもしれない、と。

 麒麟きりんも老いては駑馬どばに劣る。

 まして馬ならなおさらということだろう。


 それでもリリアちゃんにおすすめされたのは気性が大人しく、御しやすいからだそうだが、文字通り馬が合わない、と。


 ふむ。

 まずは心を通わせるところからだな。


(リリアちゃん、お馬さんにこう囁いてみて。『走るのが好きなんだよね、もう一度あの日のように走ってみたいと思わない? もし思うなら、一緒に戦おう』)


「おやぁ? かつてのえいがはどうしたんでちゅかぁ~? いまじゃ見るかげもないでちゅね♡ よわよわあしこし♡ いんきょしちゃえっ♡ ざぁこ♡ ざぁこ♡」


 いやどんな変換した!?


 ――ぶるもぉぉぉぉ!


 ほらぁ、お馬さん怒っちゃったじゃん!

 ダメだよ、馬は繊細な生き物なんだから。

 鼻血が出たら出走停止になるし、全力で走ると骨折とか炎症とかすぐ起こすし、そんなに煽っちゃだめ!


「くやしかったらリリアをつかまえてみせてっ♡」


 そう言ってぐっと身をかがめると、リリアちゃんは勢いよくスタートダッシュを決めた。

 もちろん、身体能力強化の補助を使い、ボディイメージで理想的なフォームを維持した状態で、だ。

 リリアちゃんが何を考えているか読みきれたから、僕がとっさに手を貸した形だ。


 後ろから馬さんが追いかけてくる。


 さて。

 馬の最高時速は70kmにも及ぶ。

 距離で2、3キロくらいの距離なら平均時速60kmくらいで駆け抜けられる。

 それはこっちの世界でも同様だ。


 その馬をもってして、リリアちゃんから先頭の景色を奪えずにいる。

 いよいよリリアちゃんの身体能力が人間離れしてきたな。


 そのうえ、先に息を切らしたのはお馬さんの方だった。


「おやぁ? もうへとへとになっちゃったの~? なっさけな~い♡ おうけのめいばなんていわれてはずかしくないの~?」


 お馬さんはしゅん、と意気消沈してしまった。

 馬耳がぺたんとしおれて、尻尾がしょんぼりしている。

 リリアちゃんがにんまりと笑みを浮かべた。


「ちがうよね? ほんとうはぁ♡ もっとはやく走りたいんだよね♡ くやしいんだよね♡」


 ――ぶるるぅ。


 そも、古来より、馬が乗り物として人間の歴史と共にいたのは、乗りやすく、そして賢いことが理由だった。

 この馬も、リリアちゃんの言葉をいくらか把握しているのだろう。

 この言葉には反抗せず、耳を傾けるようにして聞いている。


「そのけしき、いっしょに見にいかない?」


 ぴく、ぴく。と、馬耳が動く。

 尻尾が左右に揺れている。


「リリアならぁ♡ お馬さんに、すぴーどのせかいをみせてあげられるんだけどなぁ~♡」


 お馬さんの尻尾がさらに大きく左右に振られる。

 垂れていた馬耳が、むくむくと伸びてきている。


 しばらく悩んだ挙句、お馬さんは頭を下げた。


「のるよ?」


 重力を感じさせない身のこなしで、リリアちゃんがふわりと馬にまたがる。


 人馬一体。

 騎乗した馬を自らの一部だと拡大解釈し、身体強化の魔法を適用する。


 効果は劇的だった。


 馬耳がピンとなる。

 走りたいという、馬の昂奮が伝わってくる。


「よしよし♡ それいけ♡ ざこうま♡ なけなしのぷらいどみせつけろ♡」

「ぶるるぅぅぅっ!」


 直線距離を、目にも止まらぬ速さで駆け抜ける影がある。

 現役を引退したはずの馬だ。

 その馬は翼を手に入れた。

 現役時代よりはるかに速いスピードで駆け抜けた。

 本来であれば骨が折れてもおかしくない速度で、しかし身体強化によって故障することもなく駆け抜けた。


「よぉし、つぎは障害とびこえだよ♡」

「ぶるるぅぅぅっ!」


 リリアちゃんに忠誠を誓った馬は、天を駆けるように障害物を軽々飛び越えていく。


「よしよし♡ ざこうまのくせにがんばりまちたね♡ えらいぞー♡」


 お馬さんは、一気にリリアちゃんに懐いた。

 速く走る、それが何よりの幸せだったんだとわかる、そんな喜びようを見せていた。


 これは馬ですか? いいえ犬です。

 といいたくなるような懐きっぷりを見せている。


「どう、ユフィちゃん!?」

「馬より速く走るのはおかしいと思います」


 さすがのユーフィリア殿下もドン引きなされていた。

 辛辣ぅ。

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